前回会ったときの話から始める

初めて会う人はもちろん、お客さまや職場の人など身近な人とも、より距離を縮めたいときに役立つのが“雑談”です。とりとめのない会話ができる関係だと、コミュニケーションもスムーズにとれますよね。今回は雑談を自然に盛り上げ、相手との距離を縮めるコツについてお伝えします。

雑談は「始め」「中」「終わり」と分けられます。そのうち特に大切なのは、始めと終わりです。

雑談というと何を話そうか悩むかもしれません。しかし相手との距離を縮める、親近感を持たせることが目的の雑談においては、何を話したかという話題そのものはあまり関係ありません。あなたの人柄が出るのは、話の中身ではなく始めと終わりです。まずは、ここの部分だけをより意識してください。

始めの部分で必ずしていただきたいのが、前に相手と会ったときの話。メールや電話でなく対面で会ったときの話がいいのは、共通体験が絵として思い出せるからです。「この前はこうでしたよね」といった共通体験から切り出し、雑談を始めます。

イラスト=アヤコオチ

五感を入れると、共通体験が思い出しやすい

話をするときは、ぜひ五感を入れましょう。「この間のケーキは甘すぎず美味しかったですね」といった味覚などの五感です。そうすると相手は即座に共通体験を思い起こし、互いの距離が近づきます。

悪い例は「この前は、いろいろありがとうございました」。これも前のことを言ってはいますが、話題がピンボケしています。「何のことだっけ?」と相手はすぐに思い出せずストレスを感じます。この場合、「この前は、コーヒーを何杯もおかわりするぐらい長時間かけて丁寧に教えていただき、ありがとうございました」などといった伝え方はどうでしょう。コーヒーの香りとともに相手の感覚を呼び起こすことができます。

挨拶として天気ネタがよいといわれるのも同じ理由です。「寒かったですね」といった天気ネタは同じ意見にまとまりやすく無難です。さらに五感がついてきます。

最初に共通体験を思い出し、五感も共有することで、相手との距離がぐっと縮まります。ですから人と会う前は準備が必要です。今日会う人と、この前はいつ、どこで会ったか、どんなことをして、どんな共通体験をしたか、しっかりと思い出しておきましょう。それを雑談の始めに伝えるのです。中の話題に入っていくのはそれからです。

終わりは次回予告で、関係が続くことを伝える

始めと同じぐらい大事なのが、終わりです。終わりは“次回予告”です。つまり「次は○○に会いましょう」「今日習ったことを来週、試してみますね」などと、その人間関係における予告ということ。この関係はここで終わらずに続くものですよ、と伝えるためのものです。テレビドラマの最後にある次週予告と同じですね。情報番組ではアナウンサーがこのようなせりふで最後をしめます。

「明日の放送では、今が旬の○○についておすすめのお店を紹介します。明日も9時にお会いしましょう」

最後に雑談の中身についてです。お伝えしたとおり、話題そのものはあまり重要ではありません。趣味のことだろうが、最近見た映画のことだろうが何でもいい。大事なのは「より物理的に近い距離を何回も」です。心理学では、これを“単純接触効果”といいます。

人というのは、より近い距離で、より多く会った人に親近感を抱くという原則があります。ですから、最初に「前に会ったときはこうでしたね」と、共通体験で前の接触を思い出してもらうことは伏線になっているのです。

「より近い距離で」という意味で言うと、雑談するときの位置もポイントです。対面より横のほうが距離は近くなります。食事の席などで距離を縮めたい人がいたら、対面ではなく横に座りましょう。もし対面になってしまったら、意識的に距離を縮める場面をつくります。

たとえばテーブルの真ん中にメニューをおいて、相手が身を乗り出して、のぞきこめるようにする。「この写真を見て」とスマホを出してもよいでしょう。そのときには、相手との間にあるナプキンホルダーやパソコン、資料などをよけ、物理的に距離を近づけるようにしましょう。

基本的にどんな人でも自分の話を聞いてほしい

写真=iStock.com/itakayuki

そして、可能なら相手に触ります。タッチングです。「同じだね」と握手をしたり、「ほら、そうだったじゃない?」と相手の腕に触れたりすると、自然と距離が縮まります。いずれも大切なのは、話す内容ではなく、どの位置に座って聞くか、どんな顔をして聞くか、どんな姿勢で聞くかといった、非言語・ノンバーバル表現なのです。

聞き方には、もうひとつコツがあります。それは聞き役に徹するということです。

基本的にどんな人でも自分の話を聞いてほしいという欲求があります。その欲求に応えましょう。そのためには、目上の人なら「最近はいかがですか?」、目下の人なら「調子はどう?」といった、答えが限定されないオープンクエスチョンで雑談の中身に入ることがおすすめです。「最近も仕事忙しい?」というようなクローズドクエスチョンだと、YES・NOという答えのみで会話は終わってしまいます。

オープンクエスチョンなら、たいていの人は自分からとりとめもない話を始めます。もしかすると「仕事はうまくいっているんですけれども、彼とけんかして……」など、プライベートな話が出てくるかもしれません。そのときは相手がプライベートな話をしたいとき。受けとめてあげましょう。

何げない雑談でも、こうした自分らしい表現を入れながら私プレゼンをしていくと、あなたの存在感を印象づけることができるでしょう。

矢野 香
スピーチコンサルタント
長崎大学准教授。NHKキャスター歴17年。心理学の見地から「他者からの評価を高めるスピーチ」を研究し博士号取得。政治家、経営者やビジネスパーソンに信頼を勝ち取るスピーチやコミュニケーションを伝授。著書に『最高の話し方』(KADOKAWA)など。