5分前行動が守れないと、容赦なく罵声が飛んでくる。軍隊のような新人研修に逃げ出したくなった日々――。そんな彼女を変えたのは、見上げるほどの巨大重機だった。高校卒業後、建設に入社し、ダムや住宅造成地など日本全国の現場を渡り歩き、巨大な重機やダンプを扱う女性の仕事哲学とは――。
大崎友里●1984年、宮城県生まれ。県立高校を卒業後、水谷建設に入社。重機を扱う資格を取得し、全国の建設現場に勤務。仕事終わりに先輩や同僚と飲みに行くこともある。

内向的な性格が「現場」でキャラ変した

水谷建設の重機オペレーター・大崎友里さんは時折、昔の自分を思い出して、「変わったなァ」と思うことがある。

たとえば、キャタピラのついた重機を操作しながら、現場の仲間と作業手順のやり取りをしているとき、あるいは休憩時間に先輩社員と気さくに冗談を言い合い、笑っているときなどがそうだ。

「中高生の頃の私は、どちらかといえば内向的なタイプでした。でも、この会社に入ってからは、本当によくしゃべるようになりました。宮城県の実家に帰ると、親やきょうだいに驚かれるくらいです」

さまざまな重機が同時に作業を行う土木の現場では、オペレーター同士のコミュニケーションが何よりも大切だ。安全かつ効率的に土を掘り、運び出すためにも、チームプレーは欠かせない。

「それに――」と彼女は言う。2003年の入社以来、北は北海道から南は島根県まで、日本全国の現場を渡り歩いてきた。

「転勤のたびに、初対面の人たちと仕事をするので、慣れてきたんでしょうね。いちいち人見知りをしていたら、とてもじゃないけれどやっていられない。言われる前に言う、みたいな姿勢が身についたんだと思います」

この仕事に興味を持ったのは、高校3年生のとき。就職活動を始めてすぐの頃、「こういう仕事もあるぞ。大崎にはデスクワークは向いてなさそうだし、どうだ?」と、所属していたバレーボール部の顧問にすすめられた。顧問は土木科の教師だった。

女性オペレーターの、ダンプ姿にあこがれて

「私は普通科だったし、親族にも建設・土木関係の仕事をしている人はいなくて、全く未知の世界でした。普通免許も持っていなかったし。でも、やりたいことが明確にあったわけでもないので、『とりあえず』という気持ちで就職試験を受けてみたんです」

(上)工事の進み具合を確認。長期の現場になると、他社の重機オペレーターとも親しくなる。(下)自分の名前が貼ってある重機は大切な相棒。不具合を自分で調整することも。

水谷建設に興味を持ったのは、就職活動の過程で、一回り年上の女性オペレーターがダンプを運転する映像を見せてもらったからだ。それは以前、同社が取材を受けたテレビ番組で、颯爽(さっそう)とダンプを乗りこなす姿に「カッコいい!」とあこがれた。

初めて重機に乗ったのは、入社後の研修中のこと。車両系建設機械の資格を取るための講習で、小型のバックホウを操作した。

「レバーを上げ下げして土を掘り起こす作業でしたが、ガンダムを操縦しているみたいで面白かったですよ」と彼女は振り返る。

「ただ、福島県にある研修センターでの日々は、厳しかったです。挨拶の仕方とか時間厳守とか、ごく基本的なことなのですが、5分前行動に少しでも遅れると怒鳴られて。それがほぼ毎日です(笑)。この会社でやっていけるかな、現場にちゃんと溶け込めるかな、と心配ばかりしていました」

最初に配属されたのは、北海道のダム建設現場。その広さに圧倒され、「これからここで働くんだ」と身が引き締まったが、不安もあった。

「ダムの建設現場なんて見たこともないし、北海道も初めてでしたから。でも、重機の前に立ってみて驚きました。ダンプやバックホウが家みたいに大きくて、研修で使っていたものの5倍くらいあるんですよ。それを見上げて、『これを私が動かすんだ』と思うと、ワクワクしてきたんです」

初仕事で担当したのは、主に土地を転圧するローラー車。最初はまっすぐに走らせるだけでも一苦労だったが、慣れてくると、自分の手で重機を操作するのが面白くなっていった。

「現場で一緒になるのは、父親と同じぐらいの年齢の人が多いんです。最初は戸惑いましたが、かえって新人の私を娘のように見てくれたのか、仕事を丁寧に教えてもらえたのがうれしかったです。先輩の女性オペレーターにも指導を受けながら、だんだんと現場に馴染んでいきました」

結婚や出産で辞める女性が多い中、続けている理由

重機オペレーターの仕事場は、数カ月から1年おきに変わることが多い。大崎さんもその例にもれないが、現在は、東京郊外の大規模な宅地造成地にやってきて5年目。長く同じ場所で働いていると、仕事仲間との間に連帯感が生まれるし、先輩の仕事ぶりを見ながら、自分の操作テクニックを磨いていくことにもやりがいを感じている。

Essential Item●ヘルメット、安全ベスト、安全靴は建設現場の定番。女性用の靴は近年、軽量モデルも豊富になった。

「先輩たちの技術にはとても及びませんが、私はダンプが得意なので、それだけは誰よりも上手になろうと思っています。たとえば、掘った土を積み込んでもらうとき、いかにバックホウの操作をしやすい場所に停めるか。そして土をどこに降ろすか。そうした動きをいちいち指示されなくてもスムーズにできるよう、いつも意識しています」

オペレーターは現場の経験によって操作技術を磨いていく。いまは驚くほど無駄のない動きと速さでバックホウを操る先輩たちも、新人の頃は失敗し、何度も怒られながら腕を上げてきたという。そうした話を聞くと、「自分ももっと、頑張らないと」と思う。

「転勤が多い仕事なので、結婚や出産を機に辞めてしまう女性もけっこういて、現場に出ている女性社員のなかでは私が最年長になってしまいました。それでも、続けられる限りは続けたい。そのためにも技術をもっと向上させていきたいですね」

▼大崎さんの1日のスケジュール
(5:30)起床
(7:00)家を出て現場へ
(7:30)朝礼
(8:00)作業開始
(12:00)お昼休憩
(13:00)作業再開
(17:00)終業
(17:30)夕食
(18:00)帰宅
(20:00)テレビ・入浴など
(23:00)就寝