2018年のNHK大河ドラマ「西郷どん」の原作を書き上げた作家・林真理子さん。物おじせず女性の思いをはっきりと言葉にしてきたエッセイや小説は、多くの女性ファンの支持を集めてきました。実は「つらい時期も多くあった」という30代、40代の頃から、「泣きながら書いた」という『西郷どん!』の話までを聞きました――。

――林さんの30代、40代はどんな時期でしたか?

【林真理子さん】(以下敬称略)私は結婚が遅かったので、30代はやっぱりこのまま結婚できないで、1人で生きていくのかと悩みました。40代で結婚し、子どもを持った後は本当に自由がなくなったけれど、それも仕方がない。

作家の世界では、30代、40代ってすごく重要な時期で、その後どんな40代、50代になるか、ひいてはどういう一生を送るかはその時期の過ごし方で決まると思っています。

――それはなぜでしょう?

【林】30代、40代は自分がどう仕事と向き合っていくかはっきりわかり、仕事に対するスタンスを完成させる時期だと考えています。

――その時期に迷いはなかったのでしょうか?

【林】もちろん迷いはありました。すでにその頃にはある程度の知名度はあったので、子どもを生んで、適当にエッセイだけ書いて食べていくことはできましたが、そういう生き方は嫌だなと。この仕事は手を抜いたらズルズルときてしまうので、もう必死で手を抜かないでやってきたというのが、今では自慢できることですね。

今回の『西郷(せご)どん!』も、実は私にはすごい冒険で、幕末って本当に難攻不落、もう歯が立たないぐらいつらい執筆だったんです。最終回を書くときに泣いたくらい。あまりにつらかった日々を思い出したのと、西郷隆盛の最期がかわいそうだったのと、我ながらよく頑張ったって思って。

――そんなに大変だったんですね。

【林】「いやいや、もう無理、あんな難しい偉人を書くのは無理!」ってお断りしたくらいです。でも、背伸びしなきゃ絶対成長しない。「もう絶対無理」と思う仕事をしなきゃだめだと思うんですよ。今の時代にこんなことを言うのは問題かもしれませんが、徹夜を何日しても取り組まないといけないことがあるとしたら、私にとって西郷隆盛ってそのくらいすごい大冒険でした。だからこそ、それを終えていま、すがすがしい気分だし、それは30代、40代で手を抜かないできたおかげですね。

――ベテラン作家の林さんでも、基礎づくりの時期や今でも乗り越えるべきハードルに向かわれることがあると聞くと、ホッとします。

【林】『西郷どん!』を書くとき、夫が「別に林真理子の原作なんか読まなくたって、司馬遼太郎を読めばいいじゃん」って言ったんですよ。確かにそう思う人はいっぱいいるでしょう。歴史観がないとか、つまらんとかいろいろ言われるかもしれないと本当はビクビクしているし、だからこそ書くのも怖かった。ここまでくると、もう肝を据えて待つしかないですけどね。

でも、この2年間、自分の楽しみよりも資料を読み込むために時間を費やし、鹿児島にも何度も行き、月に1度は勉強会を開いて学者さんから話を聞いて取り組んできました。歴史の事実からどれをピックアップしてストーリーを作るかが作家の裁量。歴史オタクではない私だからこそ、何が面白いかを突き詰められたと思っています。

――2018年は大政奉還から150年で、西郷さん同様、幕末期に活躍した人物に注目が集まっていますね。

【林】私は高知が好きで、坂本龍馬の魅力もすごく感じています。薩長同盟を結ぶ際にも10日間にらみ合っていた2つの藩に「あんたたちはいったい何やってるんだ!」と龍馬が涙ながらに怒るんですよね。龍馬の涙と説得が、歴史を動かした瞬間。一介の浪人なんですけれども、みんななぜか龍馬の言うことは聞く、すごく魅力のある人なんです。

▼息抜きは高知に旅行
(左)気分転換に高知を旅するという林さん。大政奉還明治維新150周年を記念した「志国高知 幕末維新博」のための講演会に高知を訪れていた林さんにオススメスポットを伺いました!
(右)坂本龍馬や西郷隆盛について、尾﨑正直高知県知事と対談。幕末の面白さについて語りました。

――林さんは高知の観光特使もされているんですよね?

【林】はい。プライベートでも何度も訪れています。食べ物がとても美味しいし、高知の方って非常に人懐っこくて、優しくて、どこに行っても楽しいですね。高知の女性は「はちきん」と呼ばれていますが、市場で会う女性たちも非常に活動的で熱意もあってステキ!

――林さんは、女性たちの生き方に細かく目が向くのですね。

【林】そうですね。今は、高知出身の宮尾登美子さんの伝記も書かせていただいています。一方、幕末は男の物語だから、どうしても女は脇役になってしまいます。でも、お母さんがどういうしつけをしたかとか、西郷隆盛が愛人のおトラさんの働く姿に魅了された様子とか、そういうところを大事に書きましたね。私が今持っている力のありったけで書いた作品です。

――最後に、読者の働く女性にメッセージをお願いいたします。

【林】読者の働く女性たちならわかると思うんですが、仕事で得られる充足感というのは、すごく高いものがありますよね。やっぱりこれを一回知ったら手放すのは嫌だと思うし、何とかこれをもっと充実させていただきたいなと思います。それができるよう、30代、40代で基礎をつくっていくといいですね。

▼高知のおすすめスポット
(左)朝市で新鮮な食材を
「曜日別に市内のあちこちで開かれる朝市は、地元ならではの新鮮な食材が豊富で、ついいっぱい買って東京に持って帰りたくなるんです」
(中)女性でも楽しめる芸者遊び
「高知に残る芸者さんは2人だけですが、高知を盛り上げようという気持ちがあっておもてなしが素晴らしいんです。女性でも気軽に芸者遊びが体験できますよ」
(右)お城が目の前の高知城歴史博物館
「新発見の龍馬の手紙など、価値ある資料が残っていて感動しました」。ここも会場の1つとなり高知県内24の歴史文化施設などで「志国高知 幕末維新博」が2019年3月末まで開催。
林 真理子
作家・エッセイスト
1954年山梨県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後コピーライターに。82年、エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』で注目を集め、84年より執筆業に専念。直木賞、柴田錬三郎賞など受賞多数。大河ドラマの原作『西郷どん!』(KADOKAWA)発売中。