全国に約100支社を展開する日本生命保険の中で、藤井美千子さんは数少ない女性の支社次長だ。宇都宮支社の同職に就いたのは昨春。現在、彼女を含めて同ポストを務める女性はわずか3人である。
生命保険会社の営業・事務職はほとんどが女性だが、支社長や次長、人材育成や営業を統括する管理職には、男性社員が就任することが常だった。
宇都宮支社でも次長職に女性が就くのは初めてで、「最初は周囲の雰囲気も興味津々という感じでした」と藤井さんは振り返る。
「当社では、それこそ創業から100年以上にわたって、ほとんどの支社で男性は管理職、女性は営業か事務でした。ですから、部下たちにしてみれば『えっ、今度の次長は女性?』となります。私自身はあまり意識していませんでしたが、私を受け入れるみんなのほうは緊張していたようです」
支社次長は、支社の運営全般を取り仕切る立場にある。支社・営業部の運営経費や事務職の人事管理、保険の新規契約がきちんとルールにのっとって行われているか、社内監査から苦情対応まで、滞りなく仕事が進められているかどうかを管理する。支社長が不在の際は、その代理を務めるポストでもある。
「私が仕事のうえでいつも考えるようにしているのは、とても単純なことなんです」と彼女は言う。
部下の話をよく聞いて一緒に解決していく
「まず相手の話をきちんと聞くこと、それから、その人の立場でものを考え、何をしてほしいと思っているのかを想像すること。たとえば、営業部長が忙しくて書類を提出していないと、事務職の社員は困りますが、『早くしてください』とは言いづらいわけです。そんなとき、『じゃあ、私から電話しておくね』とフォローしたり、次からは遅れないように部長にさりげなくクギを刺したり。ささいなことですが、そんなことを積み重ねるうちに、だんだんと周囲に受け入れられていったと感じています」
上司である太田裕治支社長は、彼女についてこう語る。
「近年は部下の働き方の価値観が多様化し、以前の男性職場にあったような画一的な強いリーダーシップだけでは部下を育てられなくなりました。ですから管理職は自分たちが経験していないやり方で、部下を育成していかなければならない。彼女は特に、部下の話をよく聞いて、一緒に物事を解決していこうとする姿勢がいい。上司が誘導するのではなく、部下自身が『自分で考えて判断した』と思えるようにする粘り強さを、時代に合った育成手法として評価しています」
広島生まれの藤井さんは、1997年、九州大学を卒業後に日本生命へ入社した。大学では理学部に通い、カブトガニの血液から生活に役立つ物質を抽出・分析する研究室に在籍した。
就職活動では、製薬会社などの研究職を目指したが、当時は就職氷河期。女性が長く働ける職が少なく、文系の職種に志望を広げる中で出会ったのが日本生命だった。当時としては異色の経歴だ。
1年目に配属されたのは、博多支社(現・福岡総合支社)。その後は大阪、静岡、千葉、東京と転勤を繰り返してきた。
営業、総務、販売と、幅広い業務を経験してきた一方で、「自分のキャリアプランについては、ほとんど考えるヒマがなかった」と話す。
自分が結果を残すことで女性のポストが増える
「理学部の出身でしたし、入社した頃は保険はもちろん、経済や法律のことも正直、何も知りませんでしたから。でも、いま思えば知識やスキルがないからこそ、かえって与えられた職場で精いっぱいやっていこうという気持ちになれた気がします。目の前に新しい仕事がやってくるたびに、必要なことを一つ一つ身に付け、できる限りのことをするしかない、と」
そんな彼女が初めて「自分のキャリア」のあり方を意識し始めたのは、いまから3年ほど前。東京本社の総務グループの担当課長に異動したときのことだった。
「異動前に私が担当していた千葉支社の支社担当部長は、これまで女性が就いたことのないポストでした。うれしかったのは、その後任が女性になったと聞いたときです。『今年からあのポジションの女性が増えたんだよ』と上司に言われ、自分たちの世代がきちんと与えられた場で結果を残すことが、会社を少しずつ変えていくことにつながるのだと実感したんです」
以後、その役割を自分がいかに果たしていくかを意識するようになった、と彼女は続ける。
宇都宮支社次長になってから、「身近な目標」と考えているのが、次の異動でも別の支社で次長を務めることだという。そのことが女性管理職を社内で増やし、より多くの活躍の場をつくっていく一つのきっかけになると思うからだ。
「当社には女性が次長職に採用されたことのない支社が、まだまだ多くあります。だからこそ、宇都宮支社での経験を活かして、他の支社も変えていきたいですね。自分が関わった職場を、そこで働く人たちと一緒によくしていく。そうした目に見える成果に、私はやりがいを感じるんです」