先輩や同僚はもう慣れっこで、手をつないであげたり、SNSの友達申請も承認してあげているけど、私は絶対に嫌! その上司とは帰る方面が同じなので、懇親会後に終電がないときなど、タクシーに同乗することもあって、引っ越そうか本気で悩むけど、引っ越し代だってかかるわけで……。これってセクハラといえるんでしょうか?
▼答えてくれたのは……一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会の方々
協会代表理事・FP 鬼塚眞子さん/弁護士 丸尾はるなさん/弁護士 山岸潤子さん/税理士 林 良子さん
証拠がないと上司に損害賠償請求は難しい
【山岸】職場におけるセクハラは、男女雇用機会均等法(以下、均等法)を用います。均等法11条1項では、行われたセクハラが「性的な言動かどうか」「職場において行われたか」「労働条件に不利益を得たか」「就業環境を害するか」という視点で考えます。
さらに慰謝料請求ができるかどうかは、証拠の有無と、その行為が「社会通念上許容される限度」を超えているか、という視点も必要になります。
そうやって考えると、正直申し上げて、今回のレベルでは社会通念上、弁護士から上司に慰謝料を請求するといったことは難しいのが現状だと思います。
キスされた、肉体関係を強要されたなど、もうちょっと具体的に何かがあって、証拠がないと。
【丸尾】ただ、「慰謝料の請求」ができないからといってすべて「泣き寝入りしなきゃいけない」わけではありません。「嫌なものは嫌」と言うことは、日本国憲法13条の「個人の尊厳」に由来する基本的な人権です。
均等法11条は、事業主である会社に職場のセクハラを防止するために必要な措置を講じなければならないと定めています。
今回のように職場の懇親会であれば、職場の延長と認められる可能性が高いですし、手をつなぐ、触る、肉体的な接触は性的な言動にあたると思います。
「SNSを教えろ」だけだと性的ではないですが、そのほかの言動と併せて性的言動にあたる余地があります。
会社にとっても今回のケースは放置すべき内容ではないと思いますから、ぜひ相談すべきですね。
【山岸】上場企業には社内にコンプライアンス委員会(以下、コンプラ委員会)があると思います。匿名性を意識していますから、まずはここに相談する方法があります。大企業だと外部の弁護士などを入れて第三者委員会をつくって検証することもあります。
社内に相談するのに抵抗があれば、外部の弁護士や、行政の相談窓口もあります。
【丸尾】2016年厚生労働省告示の「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(以下、ガイドライン)には、かなり詳しく会社が講ずべき内容が記載されています。
たとえば、就業規則等に「セクハラはやってはいけないこと」「やると懲戒処分がある」と規定して、みんなに周知徹底しなさい、と書かれています。この流れを受けて、いまはほとんどの会社にセクハラに関する規定があります。
またこのガイドラインには、「会社はセクハラの相談を受けたら迅速かつ適切な対応をすべきだ」とも書かれています。
行為者の懲戒処分や配置換え、謝罪させる、また、再発防止などの措置を講じるべきということも具体的に書いてあります。プライバシーの保護や、労働者がセクハラの相談をしたことで、職場で不利益な取り扱いを受けないように配慮すること、相談者に協力した人も不利益を受けないこと、なども記載されています。
そうすると、会社に相談窓口がないとか、相談しても「まあ、君、もう少し頑張れよ」などと言って全く対応をせず放置したら、それ自体が均等法違反です。
慰謝料請求はハードルがありますが、早いうちに相談に来ていただければ、方向性を決めて証拠を集めていくことができるので、「よし! ここまで証拠が取れたのならやりましょう!」となることもあります。
女性のみなさんには、泣き寝入りしないでいろんな方法があることを知っていただきたいと思います。「嫌なことは嫌だ」と、声をあげることはできるのだと、勇気を持っていただきたいですね。
「セクハラ」専門家4人の本音トーク
【鬼塚】会社の相談窓口に行くとき、あらかじめどういうものを準備するといいのかしら。
【丸尾】まずはどんなことでも情報を伝えることですね。「昨日の飲み会で○○さんから、こんなことを言われて、すごく嫌だった」、これだけでも、会社としては相談を聞かないというわけにはいきませんから。
【鬼塚】じゃあ、録音、メモをしていなくてもOKなんですか。証拠はいらない?
【丸尾】最終的には、いりますよ。だから、何かされたら必ず、証拠に残すこと。でも初動としては、口頭で注意してくれるだけのこともあるでしょうし、これから気をつけて様子を見てもらうということだけでも、大きな意味があるので。
【鬼塚】物的証拠がなかったら、某政治家秘書のように、ICレコーダーやスマートフォンで会話を録音したり、プライベートな内容のメールやLINEがきたら必ずとっておくということも必要でしょうか。
【丸尾】いまどきセクハラをする方というのは脇の甘いことをしがちなので、証拠を残す傾向があります。証拠を取っておいてと伝えると、なんらかの形でお持ちになる相談者が多いですね。
【林】会社に相談しても「酔った席での話だから」で済まされることも多いように感じます。
【鬼塚】そうそう。私たちが20代のころは、“これが当たり前”という世の中の風潮だったわよね。嫌でも何でも、もう適当にあしらうしかないって感じで。いまはお酌させるのもセクハラになる?
【丸尾】その人が嫌ならセクハラです。確かに昔は、酔った席なんだからという文化もあったと思うんですけど、いまは酔っていたとしてもセクハラは駄目、というのが原則だと思いますね。
【鬼塚】おじさんたちは数十年前の感覚のままだから、いまの時代は違うんだっていうことを、会社からもっと強く言ってもらわないと駄目なんだけど。いまだに男性社会を感じる場面は結構あるものね。
【林】そう。でも多少は変わってきましたよね。若い人は断りますもんね、「行きません」「飲めません」と言う人も増えてきたような。
【鬼塚】ただ、やっぱり飲みニケーションっていうのもあることは事実じゃない? 飲みの席を断ることで、今後の自分の仕事の優位性が変わってしまうんじゃないかとか、全く懸念しないことはないですよね? そういうのは先生、どうですか?
【山岸】飲みに行かないから、労働上不利益を受けるとなると、それも問題が出てくると思います。
【丸尾】うまく対応する人のまねをするとか、ストレス耐性を上げていく必要はあると思うんです。でも同時に、泣き寝入りはしなくていいというメッセージも伝えたい。複数の女性で、声をあげるとかもいいと思います。先ほどのケースでは「他の人は慣れっこ」のようですけど、「実は嫌だけど我慢している」っていう人もいると思うんですよね。私は嫌だって言える環境を、みんなでつくっていくのが大事ですよ。
【鬼塚】均等法11条に会社の中に相談窓口を設置しないといけないとあったでしょう? コンプラ委員会などの女性の比率は何%以上とか、そこまでは決まっていないんですか?
【山岸】いまのところないですね。でもみんなで声をあげていけば、いずれは女性が半数とかに改正されると思います。
【丸尾】SNSでつながるかどうかも、たとえセクハラにあたらなくても、私生活に関わることに上司から不当に干渉されたくない、と思うのは当然のことだと思うので。そういう意味では、プライバシーに対しても、「嫌なものは嫌」って言うのが、これからの流れなんじゃないかと。
【林】国税庁や東京税理士会には電話による無料相談窓口があるのですが、弁護士会にはそんな窓口はありますか?
【山岸】法務省の「人権擁護局」、厚生労働省・各都道府県労働局の「雇用環境・均等室(部)」では無料で相談ができます。ほかに弁護士会の「法律相談センター」では15分の電話無料相談を受け付けていますから、会社に相談窓口がないときはそこを利用する方法もありますね。
【鬼塚】社外に頼るとき、電話はハードルが低くていいですね。本当に相談したほうが良いのかその手前か、ということを知りたいだけということも多いので、電話でその確認ができるだけでも安心。
【丸尾】ほかの女性たちにとってもいい方向に向かうかもしれませんから、なにかしらの行動に移すことをお勧めします。それから、もし業務中のセクハラで精神障害になったら、労災申請もできます。心配な場合は、医師の診断を受けましょう。
「職場セクハラには2つの定義がある」
男女雇用機会均等法11条1項では「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」と定義しており、セクハラは2つの型に分けられます。
●「対価型セクハラ」……職場で性的言動をされたことで、仕事上の不利益を受けること
●「環境型セクハラ」……性的言動をされたことで、職場の環境が不快なものになって、労働者の能力に大きな悪影響が生じること
均等法は事業主に対して「労働者からの相談に応じなさい」「適切に対応するために必要な体制の整備をしなさい」「その他の雇用管理上、必要な措置を講じなさい」と義務づけています。
弁護士、税理士、社会保険労務士、FP、金融関係者、医師、不動産関係者、介護福祉関係者、不用品回収業者、印刷業者など、それぞれに活躍する実務経験豊富な各分野の専門家で構成。契約企業に出向き、介護・事業承継・相続問題のほか、夫婦・家族の問題などに悩む社員の個別相談にワンストップ・ワンテーブルで対応。セミナー研修などを行っている。
鬼塚眞子
一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表理事・FP。大手雑誌社勤務後、出産のために退職・専業主婦に。その後大手生命保険会社の営業職として社会復帰。業界紙記者を経て、保険ジャーナリスト、FPとして独立。認知症の両親の遠距離介護を機に、同協会を設立した。
丸尾はるな
弁護士。弁護士登録7年目で独立し、「丸尾総合法律事務所」開設。弁護士歴約10年でありながら、個人の一般民事事件、家事事件、企業の法律相談、訴訟案件など、幅広い相談に対応し、時代にあわせたサポートを行う。
山岸潤子
弁護士。仕事と子育てを両立する、弁護士歴約20年のベテラン。非常勤裁判官経験もあり、現在は東京家庭裁判所調停委員も務める。子どもの権利委員会、少年法委員会、男女共同参画推進プロジェクトチームほか、多くの弁護士会の活動にも携わる。
林 良子
税理士。一般企業の経理などをしながら税理士試験に合格。現在は内山・渡邉税理士法人の社員税理士であり、租税教育の講師も行う。得意分野は資産税(相続税・譲渡所得税)を中心とした税務コンサルティング、法人税、所得税の節税対策。