人前で話すことになったら準備すること
「大規模なイベントのパネルディスカッションに登壇することになりました。そうそうたるメンバーの中で、企業の担当者目線での意見を述べることになります。初めての経験で、どのような準備をするか考えているところです。このような場合に注意すべき点をアドバイスいただけないでしょうか」
これは先日、プレジデントウーマンセミナーに参加してくださったSさんから届いたご相談です。読者の皆さまの中にも仕事で似たような場面に直面する方が多いことでしょう。今回はこのビジネスシーンで人前で話すことになったら準備することについて考えてみましょう。
どんな準備をすればいいのか、というご質問ですが、その準備に入る前に、大事なことがあります。それは“立ち位置を確認する”こと。自分の役割を確認するということです。
Sさんのようにビジネスでパネルディスカッションをするのであれば、並びの他社さんとの関係を考えながら、自分の果たすべきミッションやプレゼンテーションで言うべきことなど、広い視野で自分の役割を確認しなければいけません。
たとえば、ある議題に対して弊社は賛成の立場であるけれど、残りの2社は反対の立場であるなら、「賛成」ということを強めに言わないといけない。あるいは、他は公的機関だから民間の立場をより強調しておこうなど。自分の役割を再確認することで、話すべき立ち位置が見えてくるわけです。
Sさんのように、こうした大舞台が初めての経験であれば「失敗したらどうしよう」「人前でうまく話せるのかな」など、とかくプレゼン自体のよしあしについて悩みがち。しかしこれは、すべて個人の悩みです。ビジネスであればあくまでも、何をもって成功とするのか、会社としての成功を確かめておいてほしいのです。「受注がとれた」「同意を得た」「提案が通った」など、何かあるはずです。
そもそもスピーチやプレゼンの目的は“聞き手の行動変容”です。「反対していた人が賛成する」「買う気のなかった人が買う」など、聞いた人の行動が変わることが最も重要。ですから、プレゼン後に相手の行動がどう変わればいいのか、を明確にしましょう。これは上司に聞いたほうがいいときもありますし、チームプレゼンであれば、チーム内での共有は必要でしょうね。こうした個人ではなく、公を基準にプレゼンを考える、という気持ちの持ちようが準備の前段階で大切なのです。
では、実際の準備はどうすればいいのか? 非言語的な要素について、具体的に3つ、ご紹介します。今回は、論理的なスピーチ構成など言語的な準備は当然のこととして、ここでは触れませんのでご了承ください。
まず1つ目は、当日着ていく“服装”の準備です。してはいけないのが、人前に出るから“新しい服を買う”といったおしゃれ。日ごろは着ないジャケットを着るぐらいなら問題ありませんが、普段はカジュアルなのに結婚式に出るようなドレスアップをしたり、普段はパンツスタイルなのにスカートをはいたり、いつもの自分とかけ離れている格好はNGです。
なぜかと言うと、相手があなたのことを知っていたら「今日はどうしたの?」と思われてしまうからです。この思いがノイズになってしまい、聞き手は話に集中できないのです。たとえ聞き手が初めての相手であっても「今日はおしゃれして頑張っている」という身内のスタッフの空気感は伝わりますので、やはり日ごろとのギャップは持たせないのが正解です。
2つ目の準備は“目線”。人前で話すときは当然、前を向いて話しますが、あえて手持ちのカンニングペーパーに目を落とす作戦があります。そのタイミングは、数字や固有名詞を言うとき。ニュースのアナウンサーがしているのも、まさにそれです。
たとえば「国の来年度予算案の概算要求がまとまり、要求段階での一般会計の総額は101兆4707億円になりました」というニュースを正面を向いたままのカメラ目線でずっと言われると「この人、覚えているのかな」「その数字、間違えていないのかな」とむしろ疑念を持たれます。ですから、たとえ数字を覚えていても、わざと原稿に目をやる。そうすると、原稿を確認しながら、数字をきちんと伝えている人に見えます。
パワーポイントを使うときも同様に、ここぞというときは振り返ってスライドを見てください。話し手は前を向いているのがふつうなのに、その人がわざわざ振り向いたということは、よほど見てほしいスライドだということを表現するからです。原稿をわざと見る、あるいはスライドを振り返って見るという“目線”を生かしてください。どこで目線を向けるかという計画を事前にたてて準備しておきましょう。
そして最後、3つ目の準備は、“会場チェック”です。初めての場所は誰でも緊張するもの。ですから、他社の会議室や知らない会場で話す場合は、事前に下見しておくのが理想です。そこで自分が話す様子をシミュレーション、イメージしておくと緊張の度合いが全く変わってきます。
さらに、その際マイクチェックをして、マイクを通した自分の声を事前に聞いておきましょう。可能なら、いちばん後ろの席から話してみましょう。スピーカーから聞こえる自分の声の音量や張りの程度を知っておくことが大事です。緊張しながらプレゼンを始め、自分の調子をやっとつかみかけたところで終わりとなるのではなく、いちばんよいエンジンがかかった状態でプレゼンが始められるようにする。そのためには会場を見ておく準備が欠かせません。
相談のあったSさんからは、後日以下のような連絡をいただきました。
「スクリーンと聴衆への目線に気をつけながら話しました。練習していたので舞い上がることもなく、上司からもお褒めの言葉をいただきました」
よかったですね。
信頼を勝ち取る「正統派スピーチ」指導の第一人者。NHKキャスター歴17年。大学院で心理学の見地から「話をする人の印象形成」を研究し、修士号を取得。現在、国立大学の教員として研究を続けながら、政治家、経営者、上級管理職などに「信頼を勝ち取るスキル」を伝授。全国から研修・講演依頼があとをたたない。著書に『「きちんとしている」と言われる「話し方」の教科書』(プレジデント社)などがある。