毎日お金は使っているけれど、“経済”と言われたとたんに拒否反応が……。そんなアレルギーを取り払ってくれる9冊を、評論家、翻訳家の山形浩生さんがご紹介。節約も貯金も、資産運用も、読んだらもっと身近で楽しくなるはず。

いまでこそ、ピケティなど経済書の翻訳を多く手がけていますが、昔は経済書に苦手意識がありました。しかし、20年ほど前に『クルーグマン教授の経済入門』(ちくま学芸文庫)の原書を読んだとき、「経済にとって大事なことは3つしかない。(中略)生産性、所得分配、失業だ」と書かれていて、一気に視界が開けました。

難解な議論や用語はひとまずわきに置いて、まず根幹さえ理解してしまえば、論点を大きく外すことはなく、経済書も恐れるに足りないと知ったのです。骨となる経済の仕組みや枠組みがわかるものとしては、その名もずばり、『世界一わかりやすい 経済の教室』などが最適です。

さらに経済を身近に感じるために読んでほしいのが、経済学の中でも比較的新しい分野である「行動経済学」の本です。お金の話だと思っていた経済学のイメージが、ガラッと変わります。人間の日常的な行動や思い込みを観察、分析した『ヤバい経済学』は、相撲の八百長や出会い系サイトなど、従来の経済学では扱われなかったトピック満載で、どこからでも読めます。

また、『自滅する選択』は、主に人間の陥りやすいダメさについて行動経済学で解説し、ダイエットを続ける方法、各種依存症、やるべきことを放置する癖をどう直すかなどの処方箋も書かれていて、説得力があります。

楽しく読める経済エッセイとして、『エコノミストの昼ごはん』もぜひ。変わった経済学者のおじさんが、おいしいものに安くありつくにはどうすればいいかという、実践的な方法を経済学の視点で語ってしまった異色の本です。

最後に、投資や運用などをやってみたいけれどなかなか手が出せないという人に『ウォール街のランダム・ウォーカー』を紹介します。投資と株のもっとも基本的なことがわかる良書で、株暴落のニュースなどは、ここに立ち返れば意味が理解できて心強い一冊です。

▼行動経済学がわかる

(左から)『ヤバい経済学[増補改訂版]』スティーヴン・D・レヴィット他/東洋経済新報社、『自滅する選択』池田新介/東洋経済新報社

『ヤバい経済学[増補改訂版]』スティーヴン・D・レヴィット他/東洋経済新報社
経済学がお金の話だというのは、完全な嘘ではないけれど、経済はそれだけでは動かない。人間のさまざまな選択がすべて経済学的な考察になると実践した本。大相撲の八百長やギャングの活動などが事例に挙げられ、読み物としても秀逸。経済学のイメージががらりと変わる本。

『自滅する選択』池田新介/東洋経済新報社
経済学は「人に何かをやる気にさせる」=インセンティブの話でもある(お金はその一部)。しかし人は後悔するのがわかっているような選択をするし、ダイエットには失敗するし、とても合理的な存在とはいえない。それを分析するのが行動経済学で、これはその成果をまとめたもの。

▼お金や投資の仕組みを知る

(左から)『ウォール街のランダム・ウォーカー 株式投資の不滅の真理〈原著第11版〉』バートン・マルキール/日本経済新聞出版社、『これでわかったビットコイン[生きのこる通貨の条件]』斉藤賢爾/太郎次郎社エディタス

『ウォール街のランダム・ウォーカー 株式投資の不滅の真理〈原著第11版〉』バートン・マルキール/日本経済新聞出版社
株の仕組みについてはいいかげんな「必勝法」の本が山ほど出ているが、まずはとにかくいちばん基本的なことから。取引の考え方から、もうけ話のまちがい、株屋の心理等々、高度な内容まで押さえた必読書。もうけ話を聞いたら、ここに立ち返ろう。世の中おいしい話はありません!

『これでわかったビットコイン[生きのこる通貨の条件]』斉藤賢爾/太郎次郎社エディタス
仮想通貨ビットコインは、一時は取引所破綻などダークなイメージがついてまわったが、その根底にある技術自体は実は非常におもしろい。本書は薄いブックレットだが、技術的なツボやその背景にあるお金の存在原理、倫理的なお金の在り方といった大きな話にまで広がっていく。

▼経済学の基本を学ぶ

(左から)『世界一わかりやすい 経済の教室』飯田泰之/中経の文庫、『新装版 レモンをお金にかえる法“経済学入門”の巻』ルイズ・アームストロング/河出書房新社、『ミクロ経済学 戦略的アプローチ』梶井厚志・松井彰彦/日本評論社

『世界一わかりやすい 経済の教室』飯田泰之/中経の文庫
世の中にあまたある入門書のなかで、経済学を一から学ぶのに最適。本の構成も内容も非常にわかりやすくできている。経済とはどういうものか。日本の経済はどうなっているのか。ニュースや政策はどう捉えればいいのか、マクロ経済学の基本的なポイントがすべて押さえられる。

『新装版 レモンをお金にかえる法“経済学入門”の巻』ルイズ・アームストロング/河出書房新社
薄い絵本だが、レモネードを売る店を舞台に、主人公の試行錯誤を一緒に追いながら、市場価格、初期投資、経営、労働問題、競争、利益、合併や資産の流動化まで、経済学の基本と企業経営の基本があっという間にわかってしまう非常によくできた本。続編ではマクロ経済も扱っている。

『ミクロ経済学 戦略的アプローチ』梶井厚志・松井彰彦/日本評論社
経済学といえば「需要と供給」からはじまる。よい解説書はたくさんあるけれど、この本はそれをゲーム理論をもとに新たな視点で説明しなおしている点が斬新で、退屈な教科書よりおもしろく読める。体裁は教科書風だが、ミクロ経済とゲーム理論とが一度に学べる一挙両得の本。

▼経済問題が見えてくる

(左から)『エコノミストの昼ごはん コーエン教授のグルメ経済学』タイラー・コーエン/作品社、『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』松尾 豊/角川EpuB選書

『エコノミストの昼ごはん コーエン教授のグルメ経済学』タイラー・コーエン/作品社
世界各地でおいしいレストランや食事にありつくにはどうすればいいかを、経済学的な発想に基づいて考察した本。経済学を変わったものに適用している。ついでに「エコ」や「スローフード」といったお題目のインチキさ加減についてもきっちり分析してあり、読んで損なし。

『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』松尾 豊/角川EpuB選書
AIについて扇動的に取り上げた本はかなり出ているが、AIは何ができて何ができないかをかなりきちんとまとめている。経済の本ではないものの、今後経済に関わってくる問題で、人間が経済を考えるうえでの前提を変える可能性がある、多大な影響力をもつ技術の話でもある。

山形浩生
評論家、翻訳家。大手シンクタンク勤務。1964年生まれ。マサチューセッツ工科大学大学院修士課程修了。著書に『第三の産業革命』(KADOKAWA)、共訳書にT.ピケティ『21世紀の資本』など。文学、SFの翻訳も。