テロリストは外からやってくるだけではありません

ホームグロウン・テロリズム(home-grown terrorism)とは、広義には、自分が生まれ育った国で起こすテロのことである。外国人が入国してきてテロを実行する形態との対比で使われている。ホームグロウンというカタカナ表記が一般的だが、あえて訳せば「国産テロ」になるだろうか。ここには右翼テロとか左翼テロの多くも含まれ、どの国でもありふれたことなので、各国でホームグロウン・テロリズムの法令上の定義がなされているわけではなく、ましてや国際的に共有された定義もない。

ただし今日、この言葉は、欧米各国で生まれ、あるいは幼小の頃からそこで育ったイスラム系移民の2世、3世がその国で起こすテロという意味に限定して使われることが多い。

そのような狭義のホームグロウン・テロリズムが世界的に問題視されるようになったのは、約10年前に起きたロンドン同時テロ事件からである。2005年7月7日、地下鉄3カ所とバス1台がほぼ同時に爆破され、56人が死亡し、約700人もが負傷した。実行犯の4人のうち3人は、親がパキスタンからの移民で、自身は英国で生まれ育った移民2世であった。もう1人はジャマイカ生まれながらも、5歳のときから英国で育っている。4人全員が英国国籍を取得していた。そして、後にアルカイダが声明を出したように、イスラム過激派によるテロであると見なされた。

生まれ育った欧米で、いつの間にかイスラム過激派の思想を身につけてしまう。テロ組織には所属していなくても、何らかの接点があったりする。そういうテロが、21世紀になってから欧米各国で非常に目立ち始めた。

各国は、ホームグロウン・テロリズムを防止するための政策や戦略を発表。イスラム教徒が多く住んでいる地区でのコミュニティの活性化や、社会参加を促す試みなどソフトなアプローチも多い。

 

しかし、テロリストになった人々のプロフィールは多種多様であり、貧困や差別などがテロの原因であると一言で片づけられる話ではない。順調に学校生活、社会生活を送っているように周囲から思われている人物がテロリストになったり、テロではない犯罪で収監されている人物が、刑務所の中で過激思想に感化されたりと、さまざまである。専門家の間では「過激化(radicalization)」と言っているが、いまやその研究には数多くの論文や、関係機関、シンクタンクによる報告書が蓄積されている。だが、人が過激化してテロに走る背景や要因は1つや2つではなく、それらを除去したり減らしたりする施策に簡単には結びつかないのが実際のところである。

イスラム過激派のテロが多いと、反イスラムのテロも比例して発生する。ノルウェーで起きたブレイビク事件は近年稀にみる大惨事であった。たった1人で、1日のうちに爆弾テロと銃撃で77人を殺害したアンネシュ・ブレイビクは、首都オスロで生まれ育ち、反イスラムの思想に凝り固まり、その対極にある多文化主義を推進するノルウェー労働党を憎悪していた。この事件もまたホームグロウン・テロリズムにほかならないのである。

最後に、日本はどうだろうか。日本でホームグロウン・テロリズムは、欧米各国のような深刻な安全保障問題にはなっていない。そもそも移民や難民をほとんど受け入れない国であるし、イスラム教徒にいたっては日本国内に約11万人しか居住していない。欧米主要国はそれより1ケタ多いのである。いまの日本にはホームグロウン・テロリズム対策といえるものもない。しかし、テロリズムは、そういう人数比で脅威評価できる単純な問題でもない。国内情勢と欧米各国の動向を、関係機関や専門家が注意深く分析し続けている。