2014年までの年収は300万~450万円くらい。将来のことが心配で、お金の勉強には積極的だったそう。そんな羽田さんの年収は、2015年の芥川賞受賞で約10倍に! お金に対する価値観や使い方は変わったのでしょうか。
1つの作品を書き上げて130万円
【羽田】山崎さんのご著書を初めて読んだのは3、4年前のこと。すごくシンプルな内容で(笑)。
【山崎】私は証券会社の社員でもあるので、高齢者にはこの商品、若い人にはこれ、女性には……と、タイプ別に買うべき金融商品でも紹介すべきなのかもしれません。でも、結局それらは売る側が売るためにつくった有害なフィクションにすぎない。先入観を一皮むいてシンプルに、必要な運用だけすればいいと伝えたいと常々考えています。
【羽田】どうして僕がお金の本に手を伸ばしたのかといえば、貧乏人が貧乏生活から抜け出したいから。でも結局、「100万円を年、数%で運用しても、たった数万円の利益しか出ない」「人的資本が大事」なのだと再認識できたことはよかったです。それに山崎さんはお好きな競馬についても、「お金を使うことでしかできない経験のためにお金を使うなら、それは悪い使い方じゃない」といった言い方をされている。お金を殖やす以外にも大切なことがあると気づかされました。
【山崎】私は吸った息を吐くようにお金を使ってしまうので、あまり参考には……。それはさておき、何をしてどう稼ぐかは、お金の豊かさに一番影響します。羽田さんは、芥川賞を受賞する前と後で、“稼ぎ”の部分が大きく変わったのではありませんか。
【羽田】受賞する前の原稿料は400字詰め原稿用紙1枚4000円くらいが目安。200枚の作品を書いても80万円くらいにしかなりません。それを純文学の文芸誌に載せてもらう形に仕上げるまでには、半年から1年弱はかかるんですが。また、ハードカバーの単行本の場合、発行部数は初版で4000部程度。それが1200円の本だとすると印税10%で48万円。つまり、1つの作品で約130万円しか入ってこないのです。実際の年収は300万円から450万円という状況でした。
【山崎】ちょうど勤労者所得の最頻値あたりのレンジですね。
【羽田】それで2015年は、受賞作の『スクラップ・アンド・ビルド』が1300円×印税10%×発行部数20万部で約2600万円。加えて、これまでずっと世間から無視されてきた(笑)、ほかの作品も文庫化され、本の収入だけで計3000万円くらいになったんです。
【山崎】小説にしても小説以外の著述物にしても、産業としてみると著述業でお金を稼ぐのが難しくなっていますよね。しかし、売ることだけを目的に書くのではつまりません。
【羽田】普通に自分の書きたいことを書くより、売れる確率が高くなる方法は確かにあるんです。たとえば映像化しやすいような話の流れをつくるとか。でも、自分が小説を創作するうえでは、そういう考えに縛られたくありません。
【山崎】「ここだけは譲りたくない」というものは、どんな人にもあります。金融マンですらありますから。明確にわかる、コアとなるスキルや価値を確立し、動かさないことは何より大切でしょう。一方、正しいことばかり言っていて商売になるのかという問題は、現実には常にあります。
【羽田】そのためには、小説を書く以外の方法でもお金を稼ぎ、お金に困らない状況をつくることも一つの方法かなと思うんです。テレビにたくさん出演し本の宣伝をしつつ出演料で稼いでいるのも、その意味では役立っています。
【山崎】お金はあくまで将来の自由度を拡大する手段だと割り切ることは、大変いいことなのだと思います。次に考えたいのは、手段としてのお金とどう付き合うかという方法論ですね。
【羽田】僕のような貧乏人ほど、お金のことを考えるわけですよ。将来が不安だから。給料の高い人と話をすると「確定拠出年金って何?」などと何も知らない人も多い。でも、僕は貧乏時代に多少なりともお金について調べたり考えたりしたおかげで、収入が急に増えても無駄遣いせずにすんでいます。
【山崎】どんな形で貯蓄や運用をしてきたのですか。
【羽田】山崎さんの本を手にしたのは、確定拠出年金を調べるためでした。拠出限度額の月額6万8000円を、それにあてています。個別株も買ったりしました。でも、数千円、数万円でも損することが何度かあると、もうビビっちゃって、今は控え気味です。
【山崎】将来もらえるであろう国民年金は、今の貨幣価値で月額6万5000円程度。これだけでは足りません。そこで確定拠出年金に目を付けるというのは賢明です。毎月の掛け金は所得控除されますし、運用期間中は儲かった分に非課税というメリットがあります。
【羽田】じつは株式投資で少し痛い目に遭ってからは、高配当銘柄ばかり買った時期もありました。投機的な短期売買で稼ぐよりは、長期投資だったら安心だし、かつ高配当銘柄なら効率よく稼げるんじゃないかと考えたのです。
【山崎】極端な言い方をすれば、「高配当」は「不人気」と読み換えられます。ただ、それが必ずしも悪いわけではありません。人気者がさらに人気を集めることに賭けるより、不人気者がちょっとだけでも人気が出るほうに賭けるほうが効率がいい場合もありますから。とはいえ、配当や分配金で客を釣るといったマーケティングは現にありますので、配当などのインカムゲインに気をとられすぎるのは要注意です。
【羽田】インカムゲインということで言うと、たとえば6000万円の貯蓄があり、5%で運用できれば、年300万円の不労所得を得られますよね。このシステムがあれば心の余裕になるだろうなと考えることがあるんです。
【山崎】昔の金利生活者みたいなものですね。気持ちはわかります。でも年金基金や大きな機関投資家が株式に対して設定している利回りが5%前後です。株式100%で運用してそれという想定ですから、個人での5%運用は厳しいでしょうね。むしろ若い人であれば、手取り所得の、たとえば3割を貯蓄やインフレに負けない程度の運用にまわすことを考えたほうが安心です。
【羽田】そうなると、お金をたくさん殖やすことを考える時間を捻出するよりも本業にいそしみ、その一方で普通預金に比べてマシな利回り2.3%程度のシステムを考えたくなります。
【山崎】それは結構、危険思想かもしれませんよ。金融商品のセールスマンにだまされやすいゾーンがそこにあるんです。たとえば社債のような金融商品があって「2%のほぼ確定利回りで運用できます」と売り込まれたとします。2.3%であれば、あまり欲をかいているつもりにもなりませんから、大丈夫だろうと思うじゃないですか。しかし先般、レセプト債を発行していたファンドが破たんした事案では、「国」「病院」といったキーワードをちらつかせ、「安全性の高い商品」として年利3%の触れ込みで売られていました。それでだまされた人がいたわけです。
【羽田】心のすきを突かれた形ですね。
【山崎】今は10年債でもゼロ金利の時代です。冷静に考えれば、1.2%でも利回りが乗るなら金融機関が自分で利用するはず。それをほかの人に提供するということは、何かしらのリスクというか難点があって当然なのです。
絶対買ってはいけない3つの商品
【羽田】今、安全に運用するうえで一番いい金融商品は何ですか。
【山崎】個人向け国債の変動金利10年型です。破たんする順番を考えれば、銀行より国家のほうが安心です。また変動金利なので、将来の金利上昇局面においても元本割れしません。さらに、0.05%の最低金利保証があります。
【羽田】定期預金よりは有利ですね。
【山崎】1つ、注意点があります。個人向け国債は、100万円売っても5000円しか銀行や証券会社に手数料が入りません。ですから、これを買いに行くと手数料の高い別の商品を薦めてくるはず。「個人年金保険」、手数料の高い「投資信託」、それから「ラップ口座」、これらはとにかくやらないこと。目の前のセールスマンを養うだけで、自分のお金はやせ細っていきます。
【羽田】老後に年金を受け取れるのか、また格差解消のため資産が多い人は没収されるのではないか、あるいは全世界的に高齢化が進む中、株の買い手はいるのだろうかという不安もあります。
【山崎】30年後を考えて今のお金の戦略を立てるのは得策ではありません。「老後の不安」と「インフレのリスク」という二大テーマは金融界にとっての重要な商材。いわば脅し売りのネタなんです。世界を見渡せば日本より所得の低い国はたくさんあるわけで、生きていけなくなることはなさそうです。ただし、働くすべを持っていて、健康であることが重要でしょうけど。
【羽田】僕も作家を続けていくためには、目の健康を保つことが何より重要と考えているんです(笑)。
【山崎】年金の将来についてですが、確定拠出年金は他人のお金とまざっていませんので、受給権保護の面からは公的年金より安心できます。公的年金は、現状より2.4割減というイメージ。「年金はもらえない」と決めつける必要はありませんし、「年金があるから大丈夫」と期待することもできません。
確定拠出年金の制度が拡充されたり、NISAの対象が広がったりしているのは、「将来の公的年金は今ほど頼りにならないから、新たな仕組みを用意するので官僚を責めないでね」という政府からのメッセージだと思えばいいわけです。でも、羽田さんは確定拠出年金に気づいていらっしゃるということから考えて、およそお金のマネジメントについては心配なさそうですね。
【羽田】貴重な講義を受けられてよかったです。ありがとうございます。