証券会社に勤務していたころ、「なぜか投資家はみんな似たような失敗をする」と気づいた経済コラムニストの大江さん。その謎が解けたきっかけは、「行動経済学」という学問に出合ったことでした。私たちが投資や資産運用において間違いを犯してしまうことには、ちゃんと理由があったのです。果たしてそれは、一体どんなことでしょうか。

投資家は決まって同じような行動パターンをとる

人間はしばしば、なぜか自分が損をするような行動をとるものです。その理由を研究した学問を「行動経済学」といいます。私は証券会社に勤務していたころ、投資家が決まって同じような行動パターンをとり、結果的に損をするのを何度も見てきました。それはなぜなのかを考え続けていたある日、行動経済学と出合い、この謎が学問の理論によって説明できることに気づいたのです。その代表的な例をお話ししましょう。

経済コラムニスト 大江英樹さん

まず、行動経済学にはプロスペクト理論というものがあります。

プロスペクト理論の柱は2つあります。まず一つが「損失回避」。当たり前ですが人間は損が嫌いです。ただ、その嫌い方が激しすぎる。たとえば10万円儲かったときと10万円損したときを比べてみましょう。同じ10万円ですから、喜びの大きさと悲しみの大きさは同じはずです。ところが10万円儲かったときのうれしさを1とすれば、10万円損したときの悲しさは20から25くらいになるということがわかっています。

プロスペクト理論のもう一つの柱が「参照値」です。ものごとを判断するときは絶対値で決めなければいけないはずですが、実は人間は絶対値ではなく、ある基準となる値を設定、そこからの変化率でものごとを決定しているのです。

「損をしたくない」という不安感が期待感を上回る

このような人間の思考のクセは、特に株式投資に大きく影響してきます。たとえば買った株が上がり始めたとしましょう。すると相反する2つの気持ちがわいてきます。つまり「まだ上がるかもしれない」という期待感と、「下がると嫌だ」という不安感です。しかし人間は損を嫌う気持ちのほうが強いので、損をしたくないという不安感が期待感を上回ります。そのため、本当はもっと儲けられたかもしれないのに、早めに売って利益を確保してしまう。

逆に下がったらどうなるか。やはり損を避けたいという心理になります。下がっている株はこれからも下がり続ける場合が多いので、早めに手放したほうがいいのですが、損を嫌うあまり、「今売ると損が確定してしまうから売りたくない」と思ってしまう。つまり「損切り」のタイミングを逃してしまうのです。

この下がっている株を売りそびれるという心理には、さきほどの「参照値」も関係しています。つまり人間は、自分が株を買ったときの値段を基準にしてしまうので、買い値より安い値段では売りたくないというわけです。

次に、保険と投資信託、銀行預金についても、「認知バイアス」という概念で説明できる現象があります。認知バイアスというのは、心の錯覚のことです。

まず保険に関する勘違いでよくあるのが、「お祝い金をもらえる保険はいい保険」という誤解です。でもお祝い金は、誰がくれるのでしょうか? 保険会社の社長がポケットマネーからくれるならうれしいけれど、これは自分が払い込んだ保険料のストックから支払われるものです。ですからまったく得ではないのですが、それでもなぜかお祝い金としてもらうとうれしい。これは明らかにメンタルアカウンティング(心のなかで別の財布になっている)という現象です。

これと似ているのが、投資信託の分配金を、銀行預金の金利と同じだと考えてしまうことです。

投資信託の分配金は性質が違う

預金の金利が上がればうれしいし、喜んでいい。なぜなら銀行預金とは、正確にいえば、お金を預けているのではなく、われわれが銀行にお金を貸して、それを銀行がリスクをとっていろいろな企業に融資することで増やし、それで預金者に金利を払っているからです。

でも投資信託の分配金はそれとは性質が違います。高い分配金が支払われるとうれしくなってしまいますが、それは運用会社が自分の儲けを削ったわけではなく、投資家の資産(つまりあなたが預けたお金)が削られているだけです。その証拠に、たとえば基準価額が1万2000円の投資信託があったとして、ここから3000円の分配金が出たとしましょう。すると基準価額は9000円になり、分配金が出たあとは9000円で運用が続けられることになるはずです。それだけでなく、分配金は税金で約2割引かれてしまうことも知られていません。

ということは、10万円の分配金でも手取りは約8万円です。たとえば100万円を投資信託会社に預けて、それが1年後に120万円まで増えたとします。しかし10万円の分配金をもらうと、投資信託の基準価額は110万円に下がります。さらにもらった10万円の現金から約2万円、税金で引かれて支払われますから、手元に残る現金は約8万円。分配金をもらわなければ120万円のままなのに、もらったために約118万円に減ってしまうのです。だから分配金などもらわないほうがいいのですが、実際はみんな分配金をほしがる。これもメンタルアカウンティングの罠なのです。

大江英樹
大手証券会社で25年にわたり、個人の資産運用業務に従事。2012年9月にオフィス・リベルタスを設立。行動経済学、資産運用等をテーマとし、寄稿や書籍の執筆、講演など幅広く活動を行う。『投資賢者の心理学』(日本経済新聞出版社)など著書多数。CFP、1級ファイナンシャルプランニング技能士。