親の介護。不安なだけでは解決しない

親が要介護状態になったらどうしよう……。親が60代、70代ともなれば、そんな不安と無縁ではいられませんが、漠然と不安を持っているのは不健康。要介護になったときに利用できる「介護保険」について、ざっくりと知っておきましょう。

友紀さん(49歳)は3人兄弟の長女。両親の近所には弟家族が住んでいます。70代半ばの友紀さんの父親は神経系の疾患で首の手術を受けることになりました。

手術は成功し、リハビリも受け、約1カ月で退院が決定。本人も家族もとても喜びましたが、さあ、ここからがまた大変。退院後は在宅療養ということで、ベッドから起き上がるための設置型の手すりや入浴介助用の福祉用具などさまざまな準備が必要だったのです。

介護保険を利用するには「介護認定」を受ける

介護保険を利用すれば、そういった福祉用具の購入やレンタルの費用も軽減されます。

介護保険は40歳以上の人が加入する公的な制度で、40歳~64歳の人は健康保険料と一緒に、65歳以上の人は年金から天引きで介護保険料を支払っています。介護サービスを受けられるのは65歳以上で介護が必要な人で、40~64歳でも、認知症や脳血管疾患、末期がん人などは介護サービスの対象になります。

いずれの場合も、介護サービスを受けるには「介護認定」を受ける必要があります。認定は身体の状態などで判定され、身体上または精神上の障害によって入浴、排せつ、食事などの日常生活に、全部、あるいは一部介助が必要な人は「要介護」(1~5の5段階)と認定されます。身支度、掃除、洗濯、買い物などに支障があり、その状態の軽減、悪化防止に支援を必要とする人は「要支援」(1、2の2段階)とされます。

どの区分に認定されるかによって、受けられるサービスの内容や、支給される金額の上限が決まっています。サービスを受けた場合、費用の1割(所得が多い場合は2割)を自己負担します。

実は友紀さんは、父親の入院直後から介護保険の申請を検討していました。とはいえ、なかなかの難問。「手術して、リハビリして、これから元気になろうとしているのに、介護保険の認定受けようと言ったらどう思うかな……」と父親の気持ちを案じたからです。

案の定、父親は浮かない顔。機嫌のいいときを見計らっても同じ反応でした。

そうこうするうちに退院が決まり、大慌てとなったのです。

友紀さんは看護師さんの勧めで、病院のソーシャルワーカーに相談しました。ある程度の規模の病院にはソーシャルワーカーがいて、治療費のことから精神的なケア、退院後の生活などについて相談にのってくれます。

事情を話すと、「すぐに介護保険を申請すること。その際、すぐに福祉用具が必要だと話すこと」とアドバイスしてくれました。

状況によっては、さかのぼって介護保険が適用され、購入費やレンタル料が自己負担1割で済むケースもあるそう。業者によっては、一定期間、無料で試用できる例もあるようです。

すぐに市役所の中にある地域包括センターへ問合せ。さかのぼって適用されるには細かいルールがあることがわかりましたが、退院は待ったなし。10割負担になることを覚悟し、取り急ぎ、最低限必要なものを揃えること、また父親を説得して介護認定を受けることを決めました。

ソーシャルワーカーから、「退院するために必要な手続き、という位置づけで話せば本人の理解も得やすい」という助言もあり、渋々ではあったものの、なんとか父親を説得できたそうです。

協力者を得る。ケアマネも大切

介護保険の申請を進め、必要なものを手配し、父を見舞い、自宅療養の指導(入浴介助の仕方など)を受け、退院後に通院するリハビリ病院を手配(ソーシャルワーカーの協力を得られる)……と、目の回る忙しさでした。これを、入院中の父親の体調を気にしながら、仕事もしながら行うのですから、なかなかハードです。

友紀さんは、「父のケアをするのは70代の母親。プレッシャーやハードワークで体調を崩したらどうしよう……」と不安になり、なるべく、子どもたちで連絡を取り合って孤立させないように配慮したそうです。家族以外でも、日頃から協力者となり得る親類などと連絡を取り合っておきたいものです。

福祉用具の準備については、「取扱い会社は介護の知識が豊富で、状態を話すと的確に必要なものを選び、素早くセッティングしてくれた。本当に助かった」と友紀さん。病院から、会社を紹介をしてもらったのが良かったようです。

奔走の結果、必要な環境が整い、父は退院。

すぐに介護認定のための調査員が自宅に来て、身体の状態や困っていることなどについて質問を受けました。本人が「なんでも自分でできる」と話してしまう例もあるようなので、家族が付き添い、事実をしっかりと伝えることが大切です。

主治医の意見書も含めて、要介護度が決められます。

ちなみに介護認定の調査は入院中でも可能で、その場合は調査員が入院先の病院に来てくれます。

友紀さんの父親は、約1ケ月後、要介護2に認定されました。これで介護保険が利用できるということで、ケアマネージャーを選び、どんなサービスが必要かを一緒に考えます。公的な保険を利用するため、どれでも自由に使えるというわけではなく、サービスの必要性を審査されるのです。

ケアマネは市区町村が指定する会社などから利用者側が選びます。

自治体が作成したパンフレットやインターネットで情報収集。自宅から近いこと、実績が豊富なことなどから絞り込み、電話での感じがよく、看護師出身のケアマネが在籍していて医療の知識も期待できる事業所を選びました。

実際に会ってみると、父の話も、母の話もよく聞いてくれて、元気がいい、頼りになる人でした。

「友人の中には、ケアマネさんと親の相性が悪くて交代してもらった人もいる。ケアマネさん選びは大事なようです」と、友紀さん。知人などから口コミ情報を集めるのもよさそうです。

介護保険で人と繋がる。プロの助言が役立つ

現在、友紀さんの父親は、介護保険を利用して週1度の通所リハビリテ―ションに通っています。

送迎付の通所リハビリなら家族の付き添いも不要。他人と車を同乗するのはいやなど、父は気乗りしなかったのですが、身のまわりのことは自身で出来る今の状態をキープして欲しい、家族以外の人とも交流して欲しい、外の空気に触れて欲しいなど、ケアマネが寄り添うような言葉で説得してくれたそうです。

自宅の廊下やトイレ、浴室には、手すりも取り付け、移動もスムーズ。これもケアマネが提案してくれたことです。

手すりの設置や段差の解消、便器の取り替えなど、1回限り、20万円を限度に住宅改修として介護保険から給付が受けられます。「どこに手すりを付けると安全か、危険な個所はないかなど、介護に詳しい業者をケアマネから紹介してもらったので助かった」と、友紀さん。自己負担は1割です(収入によっては2割)。

通院が大変だからとあきらめていた歯の治療も、介護保険で訪問歯科を利用できることがわかり、自宅で受けたそうです(肺炎予防などにも有効)。

訪問看護、訪問介護、生活援助、通所介護、通院等乗降介助、福祉用具貸与、購入、住宅改修など、介護保険にはさまざまなメニューがあります。特別養護老人ホームなどの施設への入居という道もあります。

制限もあり、介護保険だけで完全とはいきませんが、大きな助けになることは間違いありませんし、ケアマネなど、知識や経験が豊富な人に介在してもらうことで知識や安心感も得られます。「友人や仕事関係の知人に父について話したら、親が介護状態にある人は意外と多いことがわかったの。色々と教えてもらえたし、気分的にも救われた」と友紀さん。どんどん頼る、SOSを出す、ということが大切かもしれません。

いざという時に慌てないよう、頭の片隅に置いてください。

フリーライター 高橋晴美(たかはし・はるみ)
1989年よりライターとして活動。資産形成、投資信託、住宅ローン、保険、経済学などが主な執筆テーマ。