モノが売れず、さらにはやり廃りのサイクルが速くなっている現代において、人々に待ち望まれるよいモノを生み出し、届け続けるためにはどんな方法があるのでしょうか。

テクノロジーの進化により、今までになかった「新しい仕事」が生まれています。この連載では、リクルートライフスタイルのアナリストであり、データサイエンティストとして活躍する原田博植さんを聞き手に迎え、新しい仕事の領域を切り開くフロントランナーにインタビューを行います。

今回はレコード会社、ワーナーミュージック・ジャパンの執行役員であり、人気アーティストが多数所属する邦楽レーベルのヘッドを務める鈴木竜馬さんにお話を聞きました。

大衆ではなく、“教室の端っこの10人”に届くものを

【リクルートライフスタイル 原田博植さん(以下、原田)】竜馬さんは、山下達郎や竹内まりや、Superflyなど多くのメジャーアーティストを抱えたレコード会社、ワーナーミュージック・ジャパンの執行役員です。また、同社の中で、RIP SLYME、きゃりーぱみゅぱみゅ、ゲスの極み乙女など、エッジの効いた個性的トップアーティストを擁する邦楽レーベル、「unBORDE」(アンボルデ)も率いています。

【ワーナーミュージック・ジャパン 鈴木竜馬さん(以下、鈴木)】unBORDEを立ち上げ、6年目に入ったところです。立ち上げのスタッフは8人だけ。今は12~3人くらいでしょうか。僕は職責上は邦楽のほとんどを見ています。そのため、unBORDEを除いてもトータルで20組以上のアーティストを、30人近いA&Rと呼ばれるアーティスト制作担当者でマネジメントしています。

 その中で、unBORDEは社内の“ダメそうなやつ”ばかりを集めて、自由にやろうと始めたんですよ。アーティストも、ちょっと変なのばかり。レーベル名のunBORDEは、スペイン語で「境界線」や「エッジ」を意味します。本流じゃなくてエッジ、端っこを走っているけれど、今の時代を象徴できるようなアーティストのレーベルです。

鈴木竜馬(すずき・りょうま)さん。株式会社ワーナーミュージック・ジャパン 執行役員 邦楽第1クリエイティブルーム本部長 unBORDEレーベルヘッド。1993年、株式会社SONY CREATIVE PRODUCTS(SONY MUSIC GROUP)に入社。99年、ワーナーミュージック・ジャパン入社。RIP SLYMEのデビューから、山下達郎、竹内まりやなどの販売促進担当として各プロジェクトに携わる。2004年よりRIP SLYMEのA&Rとして、新たなアーティストのプロモーションスタイルを構築。05年より並行してBONNIE PINKのA&Rを担当。10年、社内に邦楽レーベル「unBORDE(アンボルデ)」発足。きゃりーぱみゅぱみゅのプロデュースなど、レーベルの陣頭指揮を執りながら現在に至る。

【原田】音楽性はバラバラですが、時代性を感じさせます。

【鈴木】大衆に向けた音楽ではないけど、時代感があるように意識しています。きゃりーぱみゅぱみゅなんかは、明らかに10年、20年前のアーティストとは違う。この時代だからこそ生まれたアーティストです。他のアーティストもみんな、個性がはっきりしていて志向性が明確です。

【原田】竜馬さんは、大衆受けするものは狙わないんですか?

【鈴木】僕は、大衆に思いっきり受けるものが分からないんです。クラスの全員が喜ぶものは分からない。でも、教室の端っこにいる10人くらいが「かっこいいな」と思うようなものは分かります。

日本国内の音楽ソフト・有料音楽配信といった日本の音楽市場は、かつては5000億円規模と言われていました。それがここ10年を見ると、2007年をピークに減少に転じ、2014年には3000億円を割り込むこととなりました。

“ミリオンセラー”という言葉に象徴される通り、音楽の世界ではアルバムが100万枚売れれば大ヒットと言えます。消費財などと比べると、比較にもならないニッチな産業なのです。そんなニッチな縮小市場において、アーティストたちを音楽家としてどのように世に問うていくか、その戦略を描くのが僕の仕事です。

10万枚を10作品、支え合って息長く活動

【原田】会社に対しては売上というミッションもあります。どのような戦略で目標に向かわれるのですか。

【鈴木】僕は2002年に、RIP SLYMEでミリオンセラーを経験したんですが、この頃から“届け方”を意識し始めたように思います。例えば、同じ100万枚を人々に届けるのであっても、100万枚売れるものを1つ作るというやり方もあるし、20万枚のもの5作品、10万枚のもの10作品というやり方もある。unBORDEは、10万売れるものを10積み重ねるやり方で行こうと思っています。

【原田】最近は音楽に関わらず、物事のはやり廃りのサイクルが早くなっているように感じます。対策はありますか。

原田博植(はらだ・ひろうえ)さん。株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 アナリスト。人材事業、販促事業、EC事業にてデータベース改良とアルゴリズム開発を歴任。2015年データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。

【鈴木】一過性にならないよう、アーティストには長く活躍してほしいと考えています。いいアーティストだと分かっていても、いつヒットするかは読めません。どんなアーティストにも、アップダウンはある。そのため、複数いるアーティスト同士でアップダウンを支え合うのがいいと思っています。実際、unBORDEはそうなっていますね。

【原田】竜馬さんの仕事のモチベーションは?

【鈴木】元々映画や音楽のようなエンタメが好きなので、楽しく仕事ができていますね。中でも音楽は、赤ちゃんからお年寄りまで、ターゲット層がものすごく幅広いのでおもしろい。

地方に行ったりすると、道行く小学生を見て「もしこの人にまで作品が届けば、トータルでどれくらい売れることになるんだろう?」と想像することがありますね。「300万枚売るためには、どんな人に、どうやってどこで届ける必要があるのか」と、逆算することも多いです。

人の組み合わせで、「1足す1を3にする」

【原田】レコード会社の仕事は、一般の人にはなかなか分かりにくいところもあると思うのですが、竜馬さんはご自身の職業、役割は何だと考えていらっしゃいますか?

【鈴木】「自分は何か」と問われれば、僕はプロデューサーだと思います。プロデューサーって、いろんな業界で使われる言葉で、それぞれ厳密な役割は異なっています。テレビでドラマを制作している現場のプロデューサーは、どんな脚本で、どんな役者をキャスティングして、どの時間帯の番組を作るかを決める人という感じですよね。レコード業界の場合は、職種を表す場合と、係長や課長などと同じような職責を表す場合もあります。

でも本来、プロデューサーは、ものごとを組み合わせてコーディネートすることで、「1足す1を3にする」人だと思います。そういう意味で僕は、ものすごく“プロデューサー”なんです。今思えば、unBORDEでもプロデューサーの役割をしています。ゼロから1を生み出す人たちを集め、単なる1の総和以上のものにする。

「人の組み合わせを考える」のが得意なのも、プロデューサー的かもしれません。たとえばきゃりーぱみゅぱみゅは、僕が直接プロデューサーとして担当したわけではありません。でも、彼女はとにかく強烈な個性を持っているので、きっと同じくらい強烈で変わったプロデューサーを組み合わせるべきだと考えた。それで、個性的な女性プロデューサーを付けたところ、非常にうまくいっています。この2人は、年は一回りくらい違うけど、親友のように仲良くなっているし、うまく育っていますね。

人には個性、適性があるので、僕にできないこともある。じゃあ、誰ならできるだろうと考えて組み合わせます。だからこそ、いろいろなプロデューサーが必要なんです。

監督はするけれど放任

【原田】上司としての竜馬さんは、どうやって部下を育成していますか? 個性が求められるプロデューサーを、どうやって育てるんでしょうか?

【鈴木】ワーナーミュージックという会社は、ほかの大手レコード会社に比べると小さくて、船に例えるとクルーザーくらいの規模です。巨大軍艦や豪華客船に比べると、機動力は高いし判断も早い。その中で、それぞれのプロデューサーは、言ってみればモーターボートの船長です。大きな船が寄港できない、小さな港、マイナーな港にも行ける。行き先は船長がそれぞれ決めればいいんです。僕は、監督はしているけど放任ですね。最初にセブ島に行くと言っていたのに、間違えてグアム島に行こうとしていれば止めますが(笑)、そんな程度。「あるアーティストの作品を、どうしたらより多くの人に届けられるのか」ということに、方程式はありません。手取り足取り教えても育ちません。それぞれが自分で考え、マーケティングするしかないんです。

【原田】unBORDEのスタッフは、「ダメそうなやつを集めた」というお話でした。

【鈴木】スタッフ8人のうち2人が、降格人事の経験者なんですよ。普通、降格経験のある会社員なんて、なかなかないですよね(笑)。まんべんなく平均的にできる人ではなく、バネがある人ばかりです。例えば、経費精算は全くできないけど、新人の音を聞いて目利きをする力はすごい、とか、特定のアーティストは担当しないけど、全体のバランスをとるのがうまい人もいます。

【原田】きゃりーぱみゅぱみゅさんの担当プロデューサーは女性とのことですが、プロデューサーには女性も多いのでしょうか?

【鈴木】多いですね。Superflyの担当は、子供が2人いる女性です。男性を否定するわけではないですが、この仕事は女性がすごく活躍できると思います。男性は物事を「出世につながるか」などの損得勘定で捉えがちなところがありますが、女性はひたすら、「自分の担当するアーティストをどう世の中に届けるか」を考えることに、おもしろさを感じている人が多いように思います。もっと増えてほしいですね。

■インタビューを終えて
竜馬さん、ありがとうございました。コアな100万人に深く届く才能を“野生の勘と経験”で見抜き、マスに振り向いてもらう戦略を“ロジカルに広げる”手腕を尊敬しています。また、「お酒は子供や老人は飲まないけど、音楽は全年齢が対象」という業界の俯瞰も印象的でした。“プロデューサー竜馬”を人工知能にしたいとおっしゃっていたので、読者の皆様、unBORDEの今後にご期待ください。竜馬さん、これからも教室の隅で「かっこいいな」と思えるものを待っている人たちの、ハートのど真ん中に投げ込んでくださいね。(原田博植)
原田博植(はらだ・ひろうえ)
株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 アナリスト。2012年に株式会社リクルートへ入社。人材事業(リクナビNEXT・リクルートエージェント)、販促事業(じゃらん・ホットペッパー グルメ・ホットペッパービューティー)、EC事業(ポンパレモール)にてデータベース改良とアルゴリズム開発を歴任。2013年日本のデータサイエンス技術書の草分け「データサイエンティスト養成読本」執筆。2014年業界団体「丸の内アナリティクス」を立ち上げ主宰。2015年データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。早稲田大学創造理工学部招聘教授。