経済小説は、生身のビジネスパーソンの苦悩や成長の過程が描かれているため、感情移入しやすい。そして、「リアルな情報」がたっぷり入っていて、自己啓発書のような効果も期待できる――。これまで1200冊以上の経済小説を読破したという、東京経済大学学長・堺憲一氏お薦めの24冊とは?

ビジネス書にはない魅力と学びとは?

「小説ならではのワクワクする娯楽性」「ビジネス書をしのぐリアルな情報」「自己啓発書のような気づき」。これら3つの魅力を兼ね備えた経済小説は、「一粒で3度おいしい」のです。ビジネス書もいいけれど、教科書的で面白みに欠ける――。そう感じたことのある人は、ぜひ経済小説を読んでください。

経済小説には、生身のビジネスパーソンの苦悩や成長の過程が描かれているので、スムーズに感情移入ができます。そして、綿密な取材や調査に基づく「リアルな情報」がたっぷり入っており、楽しみながら専門的な知識が身につきます。さらに、主人公の働き方や生き方に刺激され、自分自身の成長の糧にする――。そうした自己啓発書のような効果まで期待できます。

経済小説にもトレンドがあります。1990年代半ばまでは、大企業を舞台に男性の主人公が活躍する作品が一般的でした。作家も読者層も、中高年の男性が大半でした。しかし、2000年以降になると、「お仕事小説」と呼ばれる作品群が登場し、女性作家による女性を主人公にしたものがたくさん出版されていきます。グローバル経済や大企業を扱った重厚な作品(真山仁『ハゲタカ』や黒木亮『エネルギー』など)と並び、主人公が仕事を通して成長する姿を描いた作品が存在感を高めています。

ここでは、女性が主人公の経済小説、あるいはお仕事小説のなかから、とくにおすすめの作品を業種別に紹介しました。どの作品を読んでも、各業界の仕組みや実態が垣間見られ、そこで働く人の苦労や喜びが発見できると思います。

業界別・おすすめ経済小説

【金融】
『投資アドバイザー有利子』幸田真音(KADOKAWA)
個人資産の運用について、顧客の立場を考えて、ちゃんと相談に乗ってくれるところがない。そんなとき、ふたば証券の窓口に勤める主人公の投資アドバイザー・財前有利子が登場する。持ち前の正義感でさっそうと難問を解決していく。

【鉄道】
『駅物語』朱野帰子(講談社)
「子どものころからの夢」であった東京駅に配属された新人の若菜直は、「鉄道スピリット」を有した正義感の強い女の子。東京駅で起こるトラブルの数々、駅員の職務、定時発車に向けての関係者の懸命の努力、「撮り鉄・鉄オタ」の実態などがよくわかる。

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【公務員】
『トッカン特別国税徴収官』高殿 円(早川書房)
納める側と納めさせる側、双方の苦悩や心の動き。税金と税務署、特別国税徴収官(略してトッカン)のことがとてもよくわかる本。東京国税局京橋地区税務署に所属する新米徴収官・鈴宮深樹(25歳)は、冷血無比な上司の補佐として滞納者の取り立てに奔走する。

【医院】
『シンデレラ・ティース』坂木 司(光文社)
大学生の叶咲子は、夏休み中に歯科医院でアルバイトをすることに。大の歯医者嫌いであった彼女だが、「患者にやさしいクリニック」のスタッフとの交流を通じて有能な受付に変身。また、患者たちの隠された秘密や不安と接するなかで、人間的にも成長していく。

【サービス】
『インバウンド』阿川大樹(小学館)
「あなたがかけた通販の電話。沖縄につながってるって知ってましたか?」。コールセンターのリアルな内幕を描いた作品。東京でOLをしていたが、リストラされて、沖縄にやってきた上原理美を待ち受けていたのは、コールセンターへの就職であった!

【建設】
『くうねるところすむところ』平 安寿子(文藝春秋)
求人誌の副編集長の仕事に嫌気がさした山根梨央(30歳)。ある日、酔った勢いで建設現場の足場に登り、降りられなくなったときに助けてくれた男性に一目ぼれ。勢いで工務店に飛び込み就職。そこには、亭主に逃げられて社長になった郷子が。女2人の行く末は?

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【メーカー】
『ハタラクオトメ』桂 望実(幻冬舎)
体重100㎏で食いしん坊の北島真也子は、中堅の腕時計メーカーに就職して5年が過ぎる。「女性だけのプロジェクトチーム」のリーダーとして、新製品の開発に必死に取り組むが、男社会のルールに邪魔されることに。見栄、自慢、メンツ、根回し、派閥争い……!

【農業】
『幸せの条件』誉田哲也(中央公論新社)
なにかとなにかを比べてどちらがマシかという選択基準だけで生きてきた瀬野梢恵。そんな主人公が、農業を通して「これをやって生きていきたい」と思えるようになっていく。農業をイロハから理解し、その活性化の筋道を考えるのに格好の作品。

【ファッション】
『ランウェイ』幸田真音(集英社)
有名ファッションブランドの女性バイヤーを経て、ニューヨークでファッションブランドを立ち上げる柏木真昼。彼女には、常に前を向いて進んでいくという精神と行動力、顧客に合ったファッションを選ぶという選球眼の鋭さがあった。

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【エンタメ】
『水族館ガール』木宮条太郎(実業之日本社)
市役所観光事業課に勤務する嶋由香は、外郭団体の水族館「アクアパーク」への出向を命じられる。しかも、イルカ課という現場の仕事。右も左もわからず、動物を飼育した経験もなければ、興味もない。動物飼育員として格闘する由香の物語が始まる!

【出版】
『ミリオンセラーガール』里見 蘭(中央公論新社)
専門学校を卒業して2年目の正岡沙智は、紙永出版に入社し、書店営業を行う販売促進部に配属。持ち前の行動力で一人前の書店営業ウーマンになるだけではなく、ベストセラーの仕掛け人になっていく。出版社・取次店・書店という「本の世界」をトータルに描写。

【デパート】
『女重役』清水一行(KADOKAWA)
第一屋百貨店で、明石市子が最初の女性重役になる話を軸に、デパート業界の経営の内幕が描かれている。主人公の市子は「理解のある夫」を持ち、家庭と仕事を両立させている。髙島屋の元女性重役・石原一子がモデル。

【フード】
『和菓子のアン』坂木 司(光文社)
高校を卒業するが、したいことも、なりたいものもない梅本杏子は、デパ地下の和菓子屋店「みつ屋」で働き始める。和菓子に関する知識など、まったく持ち合わせていなかったが、次第に、歴史や遊び心に満ちた和菓子の奥深さに魅了されていく。

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【広告代理店】
『キャリアウーマン』江波戸哲夫(徳間書店)
広告代理店で働く28歳の女性の活躍と挫折が軽快なタッチで描かれている。主人公は「事なかれ主義」に侵された男性たちに交じって斬新なアイデアを提起するが、最後には「凶器」に変身する。キャリアウーマンにはまだ「お手本」がないという実態がわかる。

1990年代以降は“読者の悩みに寄りそう作品”が続々

1990年代以降、日本経済は低成長時代に入りました。産業は成熟化し、モデルも見当たらない。先が読めない不透明感に人々は焦りを感じています。そんな時代をうけ、経済小説の作家たちも、読者の悩みに寄りそう作品を多数生み出しています。

たとえば、若手社員が職場に慣れる頃に直面する、モチベーションの低下。『やってられない月曜日』と『今夜も残業エキストラ』は、いずれも20代のヒロインがマンネリから脱却し、労働意欲を取り戻していく物語です。

「昇進」にともなう苦悩を描いたのが『スコールの夜』。男性中心の金融界に生きる女性の物語で、働く女性の世代間ギャップも描かれています。

「降格」によって自分といかに向き合うかという問題もありますね。『辞めない理由』のヒロインは降格後、自分の思わぬ欠点に気づき、チームワークの大切さに目覚めます。

「リーダーシップ」を強引に求められたらどう対処するか。これも働く女性にありがちな悩みです。『編集ガール!』は、社長の鶴の一声でファッション誌の編集長になってしまった女性の話。異なる意見がぶつかるなかで、リーダーはどのようにふるまうべきかという普遍的なテーマが丁寧に描かれています。

「起業」や独立を考えている人には、モデルが実在する『風のマジム』がおすすめです。派遣社員として働いていた女性が、沖縄でラム酒づくりを始め、ブランドに育てていく話です。ベンチャー企業の難しさややりがい、求められる資質がよくわかる作品です。

「経営者」として事業を立て直すという状況はなかなかないかもしれませんが、『ローカル線で行こう!』は、組織の活性化に興味がある人に読んでほしい作品。女性社長の力でローカル線が再生される痛快なストーリーです。

「仕事と子育ての両立」は、ドラマ化もされた『書店ガール』に描かれています。夫や子どもとの関係、家庭と仕事の両立に加え、仕事への取り組み方、売れる棚作りの方法など、書店をめぐるあらゆる要素が出てくる本です。

「親の介護」は働く女性ならずとも、深刻なテーマです。『七十歳死亡法案、可決』は専業主婦が主人公で、経済小説とは違うのですが、誰にでも降りかかる可能性があるテーマなので、あえてとりあげました。

ヒロインが思いきって外で働くようになり、自分が本来持っていた能力を見いだしていくという「救いのある物語」です。

大きな悩みを前に、創意工夫を重ねながら、モチベーションや生きがいを見いだしていく経済小説・お仕事小説のヒロインたち。それぞれの物語のなかに、あなた自身の問題解決のヒントを見つけてください。

ライブステージ別・おすすめ経済小説

【仕事の面白さを発見】
『やってられない月曜日』柴田よしき(新潮社)
単調な出来事の繰り返しのなかで、常にモチベーションをもって仕事に接し続けることは、結構むずかしい。主人公の高遠寧々は28歳。コネで入社した大手出版社経理部に勤務。唯一の楽しみは、趣味の模型作り。それが意外な効果をもたらすことに。

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『今夜も残業エキストラ』吉野万理子(PHP研究所)
劇的なことは過去に一度もない。仕事も脚光を浴びることがない、ただのアシスタントにすぎない。ごく平凡な毎日。そんなエキストラのような存在の主人公、26歳の紺野真穂が、日常的な仕事そのもののなかに「面白さ」を発見していく。

【出世】
『スコールの夜』芦崎 笙(日本経済新聞出版社)
男女雇用機会均等法に伴う第1期生として巨大銀行に入行した吉沢環。メガバンクの女性幹部候補が経験する非情な汚れ仕事、派閥抗争、嫉妬と偏見を描写。女性の管理職について考えさせられる好著。42歳の女性があらためて自分自身の仕事と真正面から向き合う。

【降格】
『辞めない理由』碧野 圭(PARCO出版)
主人公の七瀬和美(37歳)は、小学校1年生の娘を持つワーキングマザー。大手出版社の女性誌の副編集長をしていたが、突然降格される。しかし、それによって、初めて自分の仕事に対する取り組み方の本質とチームワークの大切さに気づくことになる。

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【リーダーシップ】
『編集ガール!』五十嵐貴久(祥伝社)
出版社の経理部勤務5年目になる27歳の高沢久美子は、無謀にも女性ファッション誌の編集長に就任。ど素人の彼女は、従来の男性目線から女性目線への転換、勇気ある決断、情報の共有化を行い、リーダーシップを発揮して一人前の編集長になっていく。

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【起業】
『風のマジム』原田マハ(講談社)
28歳の派遣社員・伊波まじむは、入社して3年が過ぎたものの、自分のすべきことが見つからない。だが社内ベンチャー募集に応募したことで、南大東島を舞台に日本発の純沖縄産ラム酒の製造会社を起業する。モデルはラム酒製造会社グレイスラムの設立者・金城祐子。

【経営者】
『ローカル線で行こう!』真保裕一(講談社)
第三セクターが運営する、宮城県の架空のローカル線もりはら鉄道は、まさに破産寸前。その新社長に、東北新幹線のカリスマアテンダントであった31歳の篠宮亜佐美が就任。「お金がないなら、知恵を出すべき」という亜佐美のもと、活性化策が打ち出される。

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【仕事と子育ての両立】
『書店ガール』碧野 圭(PHP研究所、~4巻)
吉祥寺の書店に勤めるアラフォーの独身店長・西岡理子とアラサーの部下・小幡亜紀が織りなす物語。仕事と妊娠・子育てとの両立、それに対する上司や職場の姿勢、書店の経営・運営や棚の作り方など、書店の魅力が満載。

【親の介護】
『七十歳死亡法案、可決』垣谷美雨(幻冬舎)
70歳で死ぬという法案の波紋は? 専業主婦の55歳の宝田東洋子は、わがまま放題の義母の介護に追われている。能天気な夫、引きこもりの息子、無関心な娘など、みんな勝手ばかり。介護のしわ寄せはすべて彼女に。耐え切れなくなり家出すると、予期せぬことが……。

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堺 憲一(さかい・けんいち)
東京経済大学学長。経済小説研究家。1948年大阪府生まれ。これまでに読破した経済小説は1200冊を超え、新聞、週刊誌、ビジネス誌などに書評・評論を多数執筆。文庫版の作品解説も行っている。著書に『日本経済のドラマ 経済小説で読み解く1945-2000』(東洋経済新報社)、『この経済小説がおもしろい!』(ダイヤモンド社)など。