ワンコイン程度の月額課金で、映画、ドラマなどのコンテンツが見放題――エイベックス・デジタルが携わる映像配信サービス、「dTV」や「UULA」「ゲオチャンネル」が人気を博しています。変化の速い業界で、喜ばれるサービスを提供し続けるために必要なこととは? 

テクノロジーの進化により、今までになかった「新しい仕事」が生まれています。この連載では、リクルートライフスタイルのアナリストであり、データサイエンティストとして活躍する原田博植さんを聞き手に迎え、新しい仕事の領域を切り開くフロントランナーにインタビューを行います。

今回は、エイベックス・グループで「dTV」や「UULA」「ゲオチャンネル」などの映像配信ビジネスを推進する、エイベックス・デジタル株式会社 常務取締役でデジタルビジネス本部 本部長の村本理恵子さんにお話を聞きました。

dTVは、エイベックス通信放送が運営し、NTTドコモが提供する日本最大の動画配信サービス。月額500円(税抜)で見放題、またNTTドコモ以外のユーザーも入会できることが好評を博し、2016年3月末には、会員数が500万人を突破したとの発表がありました。UULAは、エイベックス・デジタルが展開するスマートフォン向けの音楽・映像定額配信サービスです。そして、エイベックス・デジタルとゲオによる協業で提供する映像配信サービス・ゲオチャンネル。これらの事業をリードする村本さんの“進化し続けるための哲学”とは?

会員数・作品数No.1の動画・映像配信サービスdTV。月額500円(税抜)で、話題の映画、ドラマ、アニメ、ライブ映像、カラオケ、マンガなどのコンテンツが、テレビ、パソコン、スマホでいつでも楽しめる。「アイアムアヒーロー はじまりの日」「テラフォーマーズ/新たなる希望」など、大作映画連動のオリジナルドラマの配信も話題に。

アカデミックもビジネスも、マーケティングの原点は変わらない

【リクルートライフスタイル 原田博植さん(以下、原田)】まずは、エイベックス・グループに入られたきっかけを教えていただけますか。

【エイベックス・デジタル 村本理恵子さん(以下、村本)】もともとは法政大学大学院のMBAコースでマーケティングを教えていました。縁があり、2007年にアドバイザーとして「レッドクリフ」という映画の宣伝戦略立案のお手伝いをすることになったのです。それが、こんな形で働くことにつながるとは思いもしませんでした。

【原田】以前から村本さんは、アカデミックの世界での学びをビジネスに応用なさっている印象があります。

【村本】アカデミックかビジネスか、というのは、あまり意識していません。マーケティングの原点は、「人はなぜその行動をするのか?」を考えること。対象が映画であろうが何であろうが、人はなぜそれを買いたいと思うのかを突き詰めることです。マーケティングは、現実の社会を理解するための道具です。

【原田】なるほど、マーケティングはビジネスの世界との垣根が低いのですね。エイベックス・グループに入られて、どんな企業だと感じていますか。

【村本】エイベックス・グループは独立系の音楽レーベルとして始まって30年弱です。常識を捨て、新しいものにチャレンジするという文化があります。そこで素晴らしいリーダーに出会うことができました。

【原田】エイベックス・グループは柔軟で生命力の強いDNAがある企業というように感じます。そこが村本さんご自身ともマッチするのでしょう。新しいチャレンジを楽しまれているようにお見受けします。

【村本】ネットの世界は変化が速いと言われてきましたが、最近はそのスピードがさらに速まっている。今、先端を行っているものでも、3年も経てば陳腐化してしまう。大変ですけど、新しい可能性を追うのはワクワクします。

【原田】変化のサイクルが早くなる中で、事業を成長させるために、何を意識していますか?

【村本】現在、dTVやUULAなどの動画のデジタル配信サービス事業に携わる150~160人のチームを見ていますが、私たちの提供するサービスが、いかに人びとの生活を便利に、楽しくできるかということを常に意識しています。映像配信サービスによって、DVDを借りに行く必要がなくなったり、1つ番組が終わるたびにDVDを出し入れしなくてよくなったりする。小さいことですが、こうした新しい体験を、次の世の中の変化や技術の進歩を想像しながら、どれだけ提供し続けられるかに掛かっています。

進化のきっかけは「壊す」投げかけ

【原田】世の中の変化や技術の進歩に対して、的確に進化し続けるのは大変です。

【村本】進化し続けるためには、前と同じことをしないのが一番いい。でも人間はどうしても、過去に成功したことを、繰り返したくなります。そこをあえて、壊して次に行こうとしなくては。

【原田】過去に執着せず、積極的に壊していくことはチームリーダーとしても意識されていますか?

【村本】はい。意識してチームに、「壊す」投げかけをしています。何かチャレンジして、うまくいったら、その成功は認めて喜び合いますが、すぐに「次」を考えます。

【原田】「壊す」投げかけは、どんなふうにされていますか?

【村本】頭ごなしに言われると反発するかもしれませんが、「ユーザーから見ると、まだここは足りないでしょう」という言い方をすれば、理解しやすいはず。常にユーザーの視点でものごとをとらえ、チームに伝えるようにしています。

可能性を生み出す“風任せ”

【原田】村本さんはこれまで、キャリアで迷われたことはありますか?

村本理恵子(むらもと・りえこ)さん。エイベックス・デジタル株式会社 常務取締役 デジタルビジネス本部 本部長、エイベックス通信放送株式会社 取締役、株式会社UULA 取締役。時事通信社にて世論調査分析に携わる。専修大学にて経営学部教授としてマーケティング戦略を研究。2000年株式会社ガーラ 代表取締役に就任し、ネットコミュニティビジネスの立ち上げを行い、2001年ナスダックジャパン(現在の新ジャスダック)に上場。同年ウーマン・オブ・ザ・イヤー ネット部門を受賞。2007年より、エイベックス・グループにて、「レッドクリフ」の宣伝戦略立案、「BeeTV」立ち上げと立ち上げ後の事業戦略、マーケティング戦略、編成戦略策定に携わる。エイベックスのデジタル事業を推進中。

【村本】迷ったことはないですね。キャリアについて、プランを立てたこともないんです。計画を立てても、その通りに行くとは限りません。結局、現実とギャップが生じて、ストレスになってしまう。「楽しそうだから、次に行ってみよう」という風任せですね。

それに、将来を設計しない方が、可能性が生まれる気がします。技術の発達に伴い、消える仕事がたくさんあると言われていますが、一方で、新たに生まれる仕事もたくさんあるはずです。私も初めて映画の宣伝の仕事をしたときは、そこで話されている用語すら分かりませんでした。でも、分からないことは聞けば何とかなる。道を決めず、柔軟でいると、新しい仕事でも「やってみようかな」という気持ちになります。昔と違って転職も当たり前になっていますし、自分で選択肢や出会いを作ることができる時代です。

【原田】確かに、道を決めてしまうことは、ほかの可能性を捨てることにもつながります。

【村本】自分自身、他人、会社、サービスなど、すべてに対して「こうあるべき」という「べき論」を捨てることが必要だと思います。「こうあるべき」を持つと、考え方が固定化してしまい、変化できない。「べき」を捨てて、柔軟に考えたいですね。

大学で教える経験がコミュニケーションのトレーニングに

【原田】人材育成で意識していることはありますか?

原田博植(はらだ・ひろうえ)さん。株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 アナリスト。人材事業、販促事業、EC事業にてデータベース改良とアルゴリズム開発を歴任。2015年データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。

【村本】「べき論」を捨てるのと似ていますが、「人に対してあまり期待しすぎない」ことは意識しています。人に対して期待しすぎたり、「こうあるべき」と考えると、高い成果が出ないときに責めてしまったりして、お互いにストレスを生んでしまいます。その人が持っている力の、ちょっと上ができればいい。そう考えるようになって、人生が楽になりました。上がイライラしていると、下もイライラしますから。

【原田】では、これまでに仕事で悩まれたことは?

【村本】私は子供の頃から人見知りでした。そのため、新卒で働き始めてすぐに、職場の上司に「自分をオープンにしている方が楽だよ」と言われたんです。自分の周りに柵を作ってしまうと、他の人が入って来られなくなります。3、4年かかりましたが、その後は偉い人とでもフラットに話せるようになりました。

【原田】コミュニケーションで悩まれていたなんて、今の村本さんからは想像がつきません。

【村本】コミュニケーションのトレーニングになったのは、大学で教えていた時です。授業中、寝ていたり、スマホを触っていたりと、私の話を全然聞かない学生がいたんです。注目してもらえないというのは大きなストレスでした。でも、「学生にやる気がない」のではなく、「私の授業がつまらないからだろうな」と思って、授業を工夫しました。

【原田】マーケティングに似ていますね。

【村本】そうです。相手はどう思っているんだろうと想像力を働かせ、興味を持ってもらえる方法を考えるところは同じです。dTVも、12万作品あるのですが、それをどうしたらもっと楽しんで見てもらえるか、常にそれを考えていますから。

提供するのは「コンテンツ」ではなく「体験」

【原田】事業が大きくなると、エンドユーザーの気持ちを想像することはおろか、エンドユーザーの存在すら忘れてしまうこともあるのではないでしょうか。

【村本】サービスを提供する側の都合ばかり考えるようになってしまう、ということですよね。そこでマーケターの出番です。マーケターの仕事は、エンドユーザーの気持ちをくみ取ってサービスに反映させることですから。実はdTVで、ニュースの提供を始めたばかりですが、真っ先に使って「ここが使いにくい」と意見を出すのは私なんですよ。

【原田】デジタルの活用というと、どうしても効率化が先に立ち、「情緒」や「こだわり」といった部分が置き去りにされるイメージがありますが、まったく違いますね。

【村本】確かに「デジタル」が独り歩きすると、そうなりがちです。もちろん無駄なことは効率化すればいいですが、私たちが考える動画のデジタル配信は、映画を見て泣いたり怒ったりハラハラしたりという情緒的なものを、どう効率的に届けるかに尽きるのです。膨大な数の作品の中から、見る作品を選び出すのは大変ですから、そうしたプロセスは効率化したい。でも、最終的に届けるのは感動や喜びです。私たちが携わる映像配信サービスで提供するのは、「コンテンツ」ではなく、「体験」だと考えています。

私たちがこのサービスを始めたころは、従来型の携帯電話(ガラケー)が中心でしたが、あっと言う間にスマホやタブレットが出てきて、テレビをネットにつないで見る形も広がっています。2020年にスマホがどうなっているかなんて、誰にも想像できません。だからこそおもしろい。私たちの持つ作品を楽しんでもらえる可能性が、どんどん広がりますから。どんな画面で、どうやって見るか。手法や手段は変化しますが、映像を見て楽しみたい人は確実にいます。目先にとらわれるとブレてしまう。作品を作って楽しんでもらうことが私たちの領域であることに、変わりはありません。

■インタビューを終えて
村本さんはいつお会いしてもエネルギーを感じさせる活き活きとした方なのですが、軽やかにキャリアを広げてきた一方で、いつも目の前のことには全力で集中し、成果を上げていく。その結果として、お仕事の領域が広がっていらっしゃる印象を受けます。好奇心と集中力はこんなふうに両立できるのだ、ということを私自身も学ばせていただいています。村本さん、これからも自由に越境し続けてくださいね。本日はありがとうございました。(原田博植)
原田博植(はらだ・ひろうえ)
株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 アナリスト。2012年に株式会社リクルートへ入社。人材事業(リクナビNEXT・リクルートエージェント)、販促事業(じゃらん・ホットペッパー グルメ・ホットペッパービューティー)、EC事業(ポンパレモール)にてデータベース改良とアルゴリズム開発を歴任。2013年日本のデータサイエンス技術書の草分け「データサイエンティスト養成読本」執筆。2014年業界団体「丸の内アナリティクス」を立ち上げ主宰。2015年データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。早稲田大学創造理工学部招聘教授。