商品選びをする時に、生産過程に重きをおくのは男性より女性が圧倒的に多いそうです。安全性とフェアな取引は、感度の高い消費者なら当然の尺度ですよね。タイのオーガニックコットンを使用した寝具などで定評のある、プラネッタ・オーガニカ代表の嶋田さんに、エシカルな取り組みについて話を聞きました。

適正な取り引きで、ビジネスパートナーとしての信頼を築く

寝具を織るのには幅3メートルの織り機が必要だ。だが、そんな巨大な織り機を備えた織り場はそう簡単には見つからない。個人で織り子さんを手配するのも難しい。粘り強く探した末に見つけたのが、現在も仕事を発注している織り場だ。

収穫された綿花は汚れなどをきれいに取り除き(写真上)、手紡ぎで糸に。今では珍しい糸を紡ぐための糸車(写真中)。糸は草木染めされた後、織り子の手によって一枚の布に仕立て上げられる(写真下)。丁寧な昔ながらの仕事を、適正価格で買い取る、この流れを組むのに数年を要した。

しかし、ここでも同じ事態が発生する。織り子をとりまとめるチームリーダーが、またも工賃を自分のポケットに入れていたのだ。幸い、織り子さんたちと嶋田さんと間に固い信頼関係が築かれていたため、チームリーダーが出て行く形で事態は収束に向かった。

「代金ですか? もうピンはねされるのがこわいので、今は織り子さん1人1人に直にオーダーをかける形にしました。賃金は直接手渡しています。現金払いの明朗会計ですね(笑)」

品質を安定させるために、嶋田さんが心掛けているのは決まり事の徹底化だ。納期、仕様書、ミスがあった場合の減額。細部にわたって事前に詰めておかなかったために、苦い思いを何度もしてきた学習の成果だ。

「指示書を出しても、平気で違うところにラインが描かれていたり、納期が守られなかったり、後からいきなり工賃を倍額近くくれと言われたり。いろいろなことがありました。だから細かく細かく決まりを作ったんです。おかげで今はもうそうした事態はほとんどない。深い信頼関係ができるまでには、だいたい3年は掛かりますね」

企業理念に立ち返り、販路縮小へ

タイ・チェンマイにある直営第1号店。オーガイックコットンを使用したベビー用品など、寝具中心だった創業時から商品数も増えてきている。

プラネッタ・オーガニカのシーツは1枚2万円前後。タイの物価を考えるとかなりの高価格製品だが、品質に対する評価が高く、卸先は、欧米や日本女性にも人気が高い「パンピューリ スパ」といった一流どころのスパやホテルが中心だ。

取引のオファーも多い。だが、嶋田さんは慎重に販路を絞り、生産量を抑えている。「タイの織り場に大企業が入り込み、大量発注が舞い込んだものの、その翌年には注文がゼロになり、つぶれた織り場をいくつも見てきました。私はクオリティーを保った製品を安定して生産していきたい。心を込めて手織りしているのに、セールで安売りされたり、売れなかったからといって破棄処分されるのは納得がいかないですからね」

日本でのチャネル開拓を進めるために、2006年からはいくつかの販売代理店を通して、日本の百貨店でのイベントやギフトショーといった展示会にも出展していたが、6年後の2012年に手を引いた。代理店と嶋田さんとの方向性の違いゆえだ。

草木染めの糸は風合いもよく、使い込むほどになじんでいく。写真下は人気のフェイスタオル。

プラネッタ・オーガニカは、オーガニックコットンのブランドと思われがちだが、厳密にいうとそうではない。伝統的な手織りや草木染めといった手法を突き詰めていった先に出会ったのがオーガニックコットン。「まず伝統的な手法ありき」のブランドなのだ。

「取引先のあるアパレル会社から『プラネッタ・オーガニカは全てオーガニックの製品なんですよね?』と尋ねられたことがあります。代理店がそのように伝えていたからですが、ブランドの成り立ちや材料や製法へのこだわりについて、直接、丁寧にお話した上で、全てがオーガニックではないことをお伝えすると分かっていただけるんですよ

代理店からすれば『オーガニックコットンのブランド』といった方が話が早く、売り込みやすい。ビジネスを優先させるためには仕方がないこととはいえ、ロジックとしてオーガニックコットンだけを前面に出されるのは不本意。毎シーズンのように新製品を求められるのも、準備に追われ大変な負担でした」

嶋田さんが日本での前述のようなギャップを憂慮する一方で、代理店の取り組みを通して、日本ではプラネッタ・オーガニカファンが着実に増えていた。イベントを行えば確実な集客が見込めるため、百貨店でのイベントは1回あたり100万円以上の売り上げがあることも多かったそうだ。ビジネス規模だけを追求すれば、このチャネルを手放す選択肢はない。

だが、それはプラネッタ・オーガニカにとって良いことなのか。自分がやりたかったことなのか。嶋田さんは覚悟を決めた。事業は縮小しても構わない。守るべきはブランドの本質だ。代理店契約を打ち切った後、約1年かけて取引先にあいさつに回り、状況を説明。了承を得た。

嶋田流・社会的起業のあり方

しかし、結果としてはこの選択が奏功する。ブランドの本質を理解する相手からコラボレーションのオファーが寄せられ、こちらの売り上げが増えたからだ。結果、日本を販路とする売り上げが減ることはなかった。

コラボレーションを申し込んできた相手は、人気アパレルブランドのアーバンリサーチ。彼らのデザインをプラネッタ・オーガニカが実現し、できあがった製品をアーバンリサーチが丸ビルや表参道などで運営する直営店「かぐれ」で販売するコラボレーションは、好評を獲得。4シーズン継続した。また横浜では、天然繊維ヘンプ素材のウエアやバッグ、雑貨などを扱うセレクトショップ・オロミナとのコラボレーションで、ヘンプウエアも実現している。

プラネッタ・オーガニカ代表 嶋田美由紀さん。美大出身のセンスを生かした製品づくりと根気強さで、タイのフェアトレードに新風を吹き込んだ。

「デザインは相手先に任せて、私は材料を選び、布に織り、製品に仕上げる工程に専念できる。得意分野ですからストレスがない(笑)。これが自分の適正なビジネスの領域だと思います」

事業規模の拡大からは距離を置くが、材料や製法への強い関心とこだわりは健在だ。隣国・ミャンマーでは、日本のNPOと組んで、北部のミャン族が栽培するコットンを買い取るプロジェクトも進めている。

さらに、タイ王室が主宰するロイヤルプロジェクトの一環であるヘンププロジェクトで、製品作りにおける外国人指導員に指名され、4年ほど活躍した。嶋田さんはこれらの活動を通じて、タイの文化や伝統をデザインにうまく結びつけ、優れた製品を作る人材を育てたいとも語る。

「住む前はタイもタイ人も好きじゃなかったんですけどね(笑)。今は好きです。日本と異なる文化を受け入れられるようになりました」

なじめそうもなかったタイに住み着き、ソーシャルビジネスを展開している嶋田さん。自然体に見えて芯は強く、妥協は許さないビジネスは、高度な技術や製法に裏打ちされた優しい肌触りが特長のプラネッタ・オーガニカの製品によく似ている。

三田村蕗子
1960年、福岡県生まれ。津田塾大学学芸学部卒業。流通業界を中心にビジネス全般を幅広く取材する。『論より商い』『夢と欲望のコスメ戦争』、デリバリービジネスの最前線をルポした『お届けにあがりました!』など著書多数。