会社に勤めていれば人事異動はつきもの。しかし、“転職”レベルと言えるような、まったく違う業務への挑戦を言い渡されたとしたら、あなたはどう受け止めますか?

テクノロジーの進化により、今までになかった「新しい仕事」が生まれています。この連載では、リクルートライフスタイルのアナリストであり、データサイエンティストとして活躍する原田博植さんを聞き手に迎え、新しい仕事の領域を切り開くフロントランナーにインタビューを行います。

今回は、三菱東京UFJ銀行で、「先端技術を使って金融を変える」ことをテーマに、ビッグデータの活用に取り組んでいる尾原陽子さんにお話を聞きました。銀行における有効なデータの生かし方とは?

英語バリバリの決済業務からデータの世界へ

【リクルートライフスタイル 原田博植さん(以下、原田)】尾原さんは三菱東京UFJ銀行に入られてから、どんな仕事をされてきたのでしょうか?

【三菱東京UFJ銀行 尾原陽子さん(以下、尾原)】入行すると通常は、まず支店に配属されます。私は東京都千代田区の丸の内支店で、預金業務や融資業務を行いました。その後、決済事業部に異動となり、「カストディ」と呼ばれる業務を担当しました。海外の金融機関は、日本の株式や債券に投資する際、その決済や管理を行う代理人を日本の金融機関に委託します。こうした業務をカストディサービスと言います。そこでは、海外の金融機関などと直接やりとりする仕事をしていました。

尾原陽子(おはら・ようこ)さん。株式会社三菱東京UFJ銀行 デジタルイノベーション推進部 調査役。旧東京三菱銀行入行後、決済事業部にて海外の機関投資家や金融機関向けカストディ業務に従事。その後、デジタルイノベーション推進部に異動、現在、ビッグデータ活用検討の業務に携わっている。

海外出張も多く、メールも会議も全て英語です。例えば、海外の人にとって分かりにくい日本の制度を、英語で分かりやすく説明するというのも業務の一つです。お客様に理解していただけるまで、諦めずコミュニケーションをとり信頼してもらう必要があり、大変ですがやりがいのある仕事でした。

【原田】なるほど。本当に、今取り組まれているデータサイエンスとは、まったく違う仕事ですね。

【尾原】あえて共通点を挙げるならば、ITでしょうか。カストディ業務では、大量の株を決済したり、レポートを作ったりする必要があるので、ITが競争力の源でもありました。

【原田】そして現在はデジタルイノベーション推進部にいらっしゃいます。具体的にはどんなお仕事なのでしょうか?

【尾原】2015年にできた、デジタルイノベーション推進部のD&Iラインというチームにいます。D&Iというのはデータサイエンス&イノベーションの略で、先端ICT技術を使って金融を変えることがテーマです。特に、ビッグデータを銀行にどう生かせるかを考えています。

【原田】非常に幅が広いですね。とてもやりがいがありそうです。

データから“振る舞い”を探して、より安全に便利に

【尾原】データサイエンスとは、簡単に言うと、大量のデータの中から人びとの“振る舞い”を見つけ、それをビジネスにつなげることを目的とするものです。銀行にはたくさんのデータがありますが、今の技術でもまだ生かし切れていないところがある。それを探すのが仕事です。

銀行はこれまで、お客様と直接お会いしてビジネスを行うフェーストゥフェースが中心でした。しかし、スマホなどの画面上でやりとりをするのに抵抗がない人も増えていますから、今後は必ずしも店舗が基点にはならないかもしれません。すると、さらに、いろいろな種類のデータがたくさん集まるようになり、可能性が広がります。

【原田】とはいえ、セキュリティーの問題もあるでしょうから、他の業界のように大々的に展開するのは難しいところもあると思うのですが、どんな活用を想定していますか?

原田博植(はらだ・ひろうえ)さん。株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 アナリスト。人材事業、販促事業、EC事業にてデータベース改良とアルゴリズム開発を歴任。2015年データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。

【尾原】例えば、怪しい行動を検知して、金融犯罪につながりそうな取引を防止できないか。ATMの待ち行列をデータ分析して理解し、待ち時間を短くする工夫ができないか。他にもさまざまな分野の調査を行っていますが、まだ調査、実験段階のものが多いです。

【原田】可能性は大きいですが、どのタイミングでどんな成果が出るか、着手案件に対する影響範囲など、切り分けが難しそうですね。

【尾原】新しい分野なので、やってみるまで分からないことが多いです。しかし、ビジネスですので「何ができるんだ?」ということが問われます。

【原田】私も同じ悩みを抱えています。工夫が要りますよね。長期的な視野に立って可能性を追い求めることが必要である一方、成果が出ていなければ、チーム自体の存続が危なくなります。ですから私は、長期的な視野を持った活動をしながらも、一方で必ず、短期的に確実な成果を出すようにもしています。

【尾原】そうした工夫は、とても参考になります。

外国語のような言葉が飛び交うデータの世界で

【原田】ところで、カストディとデータサイエンスでは、まったく仕事の内容が違いますが、ご自分で希望されて異動したのですか?

【尾原】希望したわけではありません。異動が決まったときは、びっくりしました。

【原田】そうなんですね。不本意だと感じたり、辞めたいと思ったりはしませんでしたか?

【尾原】それはなかったですね。仕事はずっと続けたいと思っていましたし、予期せぬ未来でも、チャレンジしようと思っていましたから。

それに、銀行では、こうした“転職”に近いくらいに仕事内容が変わるような異動は珍しくないので、抵抗はありませんでした。これは大企業の面白さでもあって、同じ会社にいながら、さまざまな分野の仕事を経験できます。

【原田】ふむふむ。社会基盤といえるほどの公共性をもった大きな企業の器の中で、さまざまな業務の流れを知ることは、確かに魅力的に見えます。カストディの部署で学んだことで、今、役立っていることはありますか?

【尾原】たくさんあります。ITの世界の言葉は、外国語みたいなものなので(笑)、海外の人とのコミュニケーションに近いものがあるかもしれません。データサイエンスも、プログラミングの世界の考え方を理解して、さまざまな分野の人に普通の言葉を用いて説明しなくてはなりません。粘り強く伝える努力を続け、相手に信用してもらうことが大切なのは同じです。

英語漬けだったのも役立っています。ITの世界は海外から入ってくる情報が多いので、英語ができると便利です。

【原田】確かに、今、尾原さんがデータサイエンスの部署でなさっている先端的な取り組みは、社内のさまざまな部署の人や、社外のいろいろな業界の人と協力しなくては進みません。海外の方とのコミュニケーションで粘り強さを鍛えられていますから、応用できますね。

【尾原】たくさんの人に興味、関心を持ってもらうのは大変です。絶えず、「この人が興味を持つポイントは何だろう?」「どう説明すれば分かってもらえるだろう?」と考えています。「何ができるの?」「いくらもうかるの?」という質問に対して、すぐには答えられないことも多いので、大きな絵を描き、共感してもらい、仲間に加わってもらうことが必要です。銀行の中でも、これほど社内外のいろいろな人と関われる横断的な仕事は他にありませんから、面白いです。

金融もデータサイエンスも、感情豊かな仕事

【原田】社内外のコミュニケーションの話になりました。そもそも尾原さんは社交的でいらっしゃいますか?

【尾原】人の話を聞くのは好きです。共感できることは、自分の中に取り込みたいですし、異なる考え方であれば、「なぜだろう?」と思います。

【原田】全く同じです。私も想定外のスタンスに出会うと「なぜだろう?」が先に来ます。自分の体の中に、いったん持ち帰るイメージですね。尾原さんが聞き上手であること、傾聴ができるということは、“社交性”の一つの形だと思います。

【尾原】大人になると、なかなか考え方は変わらないと言う人もいますが、いろいろな人と関わることで、自分の考え方を深めたり広げたりすることができますよね。それは年齢に関係なく、いくつになってもできると思います。

【原田】どんな仕事でも、コミュニケーションが大切です。データサイエンスは、データの動きの中から、人の感情の動きを発見する仕事。お金も人の感情によって動くもの。コミュニケーションがうまい人でないと、お金は動かせないのでしょうね。

【尾原】金融って、感情がない仕事に思われるかもしれませんが、そうじゃないんです。

【原田】そもそも、なぜ金融業界を、そのうちでも三菱東京UFJ銀行を選ばれたのですか?

【尾原】大学では経済、特に金融を学んでいたので関心があったのと、経済を支えるインフラということで、公共性が高い銀行に興味を持ちました。また、昔から国際的な仕事をしたいと思っており、伝統的にグローバル事業に強く、女性が多く活躍しているということで、三菱東京UFJ銀行を希望しました。

【原田】今は、ダイバーシティに関する活動にも取り組まれているそうですね。

【尾原】「ダイバーシティ推進隊」東京チームのメンバーを務めています。結婚して出産し、復職する上での制度は整ってきましたが、それぞれバックグランドの異なる人たちが働きやすい職場を作るにはどうすればいいか、現場の視点で施策を考える活動を行っています。メンバーは、行内のさまざまな部署から集められています。

【原田】子育てをしながら第一線で働いている尾原さんには、ぴったりですね。まさに“わが事”の立場から思索や意見ができる。

【尾原】チームは男女混合ですし、年齢層も幅広いです。店頭に出ている若い女性もいますし、本部のマネジメントレベルの男性もいます。私には現在4歳の娘がいて、娘が1歳のときに育児休業から復帰したのですが、その後声を掛けられて、2015年5月からチームに入りました。

データサイエンスは、新しい分野なので、まだキャリアパスがありません。でも、女性にはそもそも、これまで明確なキャリアパスがなく、ようやく最近できてきたところ。女性とデータサイエンスという組み合わせは、ベストマッチかもしれません。女性が活躍しやすい分野だと思います。

■インタビューを終えて
尾原さん、本日はありがとうございました。新しい仕事にはそもそも先達がいないので、自分で道を探りながら進まなければなりません。新卒で公共性の高い職場を選び、入社後の変化にも意義を見つけて乗り越えてきた道の途中では、ある時は強さを、ある時は柔らかさを求められたことと想像しています。道なき道を進むときに必要な主体性と柔軟性を持ち、現在はダイバーシティ推進にも取り組んでいらっしゃる尾原さん、引き続きロールモデルを見せてください。(原田博植)
原田博植(はらだ・ひろうえ)
株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 アナリスト。2012年に株式会社リクルートへ入社。人材事業(リクナビNEXT・リクルートエージェント)、販促事業(じゃらん・ホットペッパー グルメ・ホットペッパービューティー)、EC事業(ポンパレモール)にてデータベース改良とアルゴリズム開発を歴任。2013年日本のデータサイエンス技術書の草分け「データサイエンティスト養成読本」執筆。2014年業界団体「丸の内アナリティクス」を立ち上げ主宰。2015年データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。早稲田大学創造理工学部招聘教授。