自分の内面を見てほしい、評価してほしいというのは当たり前の欲求です。しかし外から分かる要素が良すぎるがゆえに「内面を見てもらえないのでは?」と、疑心暗鬼にかられる人もいるのです。そんな悩みを抱える男性がお見合いでついた「うそ」とは? そしてその結末とは?

年収2000万円男のお願い事とは?

「大西さん、はじめまして」よく通る声だ。トオルさんは仕立ての良いグレーのスーツに襟元の開いた白いシャツといういでたちで、私の前に現れた。こんがりと焼けた肌に、白い歯が光る。平日の午後8時、仕事帰りと思われるが、1日の疲れをみじんも感じさせない。

彼は東京都港区在住の38歳、外資系企業に勤務するビジネスマンだ。年収は2000万円を超えている。いかにもセレブ、というか成金っぽいニオイがする。私が経営する結婚相談所には珍しい雰囲気の人だ。

しかし話をしてみると、第一印象に反して、とても真面目な人柄の持ち主であることが分かった。大学卒業後、外資系企業に就職。そこで大きなプロジェクトを成功させ、ヘッドハンティングにより今の勤め先に転職し、年収が上がっていったという。

「外資系ってすごい世界ですね。ヘッドハンティングなんてドラマの中でしか起こらないと思っていまし……」と、ここでトオルさんは私の言葉を遮り、神妙な顔つきでこう言った。「ところで、折り入って大西さんにお願いがあるのですが」

そして、机に両手をついて頭を下げた。「お願いです、お見合い相手には、『僕の年収は400万円』と伝えてください!」「えぇっ!?」年収を実際より高く言いたい人はたくさんいると思うが、その逆は珍しい。しかし、なぜ年収を80%もオフして伝えねばならないのか。

「どうして年収をそんなに低く言わなければいけないのでしょうか。事情を聞かせていただけませんか?」「……それは僕のことを誤解するからです」トオルさんはぼそっと答えた。

真面目で人柄もよいエリートビジネスマンが、お見合いの場で「うそ」をつくのに協力してほしいと言います。その理由とは……

「デキる男性希望」、その言葉の裏にあるもの

大学の先輩の紹介により入社した外資系企業で、グローバルの本社やクライアント、社内他部署からの無理な要求にめげず、トオルさんはチームを組み立て、次々とプロジェクトを成功させていった。英語は決して得意ではなかったが、同僚がフォローしてくれた。このチームを作り、プロジェクトを推し進める力が認められて、彼はヘッドハンティングの後、今の地位に就いたのだった。

「僕は力の足りない人間です。周りに助けてもらったおかげで、仕事をやってくることができました。今も、同僚や部下の支えに感謝しています」外資系と言えば、弱肉強食の個人主義というイメージがあるが、その中でも周囲からのサポートを得られる、またそれに感謝できるというのは、トオルさんがデキる男という証拠だろう。

トオルさんは続けた。「でも、こんな幸運がいつまで続くのか不安です。だから僕を普通の人として扱ってくれる人と結婚したいんです」「なるほど、だから年収400万円なんですね。確かにそれだと普通って感じがしますね」「はい、僕は本当に普通ですし。年収2000万って分かると、20代前半の子でも近づいてきます。でもその子は僕にほれたんじゃない。僕の金と地位が好きなんです」彼の主張は幾分弱気に聞こえるが、稼ぎ過ぎているという自覚があり、それゆえにモテるという経験をしていれば、そうなる気持ちは分からなくもない。

そこで、高収入目当てでやって来る女性をブロックするために、お見合いでは年収を低めに申告したいと言う。逆サバ読みだけれども、事情もある。後から「実はとても稼いでいます」と言って怒る女性はいないだろう。ということで、私の責任の下、「年収400万円作戦」を実行することにした。

「仕事がデキる男性を希望!」という女性に、「仕事に対してとても一生懸命な男性を紹介します」と言ってトオルさんとのお見合いを打診していったが、「年収400万円って普通じゃないですか」と、断られていった。「年収400万円しか稼げない人が、仕事をできるとは思えません」ということだろう。

その現状に「もう、本当の年収を言っちゃったらどうですか?」と何度も説得を試みたが、トオルさんは首を縦に振らなかった。彼の粘り勝ちか、ついに仕事がデキる男性を希望した中で、たった1人だけお見合いを受けてくれる女性が現れた。

人をスペックで値踏みすると、チャンスを遠ざける

トオルさんとのお見合いを望んだのは、「私も残業の毎日ですが、たとえお給料が半分になっても、この仕事を辞めません。だから、とにかく仕事に一生懸命という人にはとても共感できます」と話す中学校教師のチサトさん、36歳だ。トオルさんはこのたった1回のお見合いで結婚相手と出会うことになった。

チサトさんは、プロポーズでハリー・ウィンストンの婚約指輪を差し出され、気絶しそうになったという。「トオルさん、なんで私にうそをついたの?」と、彼女は少し怒りながら尋ねた。「僕がごく普通の年収だったとしても、愛してくれる人と結婚したかったんだ。ごめん。結婚してください」「ごめん、結婚してくださいって……まぁ、少ないよりいいから許してあげる」

今では2人の子どもに恵まれ、トオルさんは出世してさらに年収が上がったとのことだ。自分の利益ではなくチームを強くすることを優先できる人はたいてい出世する。その通りの結果となった。

トオルさんに限らず高収入の男性は、お金目当てで近づいてくる女性に対して警戒心や嫌悪感を抱いている人が多い。そういう男性は、失礼な言い草ではあるが「若くなくてもいい。美人でなくてもいいから、素の自分を愛してくれる女性と添い遂げたい」と考える傾向にある。デキる男性こそ、年収で人を値踏みしない女性を望んでいるのだ。

だから、デキる男性との結婚を望むのであれば、逆に年収、職業、学歴などで男性を判断せず、人間性に目を向けられるようになる必要がある。ビジネスの場でも同じことが言える。人を肩書や役職で判断してはいないだろうか。人をスペックで判断するというその心根が、デキる人を遠ざけるという結果を招く。一度我が身を振り返ってみてほしい。

大西明美
婚活アドバイザー。結婚相談所を経営。1977年大阪府生まれ。東京都文京区在住。過去20年で延べ4万3000件の恋愛を研究してきた婚活指導の第一人者。小中学校ではイジメを受け友達がいなかったため、周囲の人間関係を観察することを目的にして登校を続ける。特に恋愛に注目してコミュニケーションを学ぶ。高校生のとき、初めてできた友人に恋愛相談を持ちかけられ、日頃鍛えた人間観察眼を生かしたアドバイスを行い、無事に解決。それをきっかけに恋愛相談が立て続けに舞い込むようになる。婚活指導を通して、5年間で200組以上のカップルを成婚へと導いている。
著書に『となりの婚活女子は、今日も迷走中』(かんき出版)がある。