流産の原因は“8割程度受精卵にある”といわれる中、流産を減らすのに有効なのが着床前診断。しかし、受精卵を選別し、生きる権利を侵すという点から異論も多い。着床前診断の賛否を専門家に聞いた。

治療4:流産を劇的に減らす

●着床前診断には異論も多い

「妊娠しても流産してしまう」という問題もあります。この流産を減らすには、着床前診断という方法が有効です。

そもそも、流産はその原因の8割程度が受精卵にあるといわれています。卵に正常に育っていく力がなく、途中でコースアウトしてしまうのです。

そこで、受精卵の段階でそれを調べて、流産する卵子を子宮に戻さないようにするのが、着床前診断です。ただし、この診断・処置についても、異論はあります。

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着床前診断の流れ(イラスト=Takayo Akiyama)

たとえば、受精卵といえどもひとつの命である、という意見。また、受精卵に手を加えるため、安全性が確保できているのか、という意見。そして、「命の選別」という問題――流産確率が高いと診断された卵子でも、実際には出産まで進めるケースも少数あるのです。ただ、そうした場合、生後まもなく命を終えることが多く、成長できたときでも、ダウン症などの障害がある場合があります。とすると、この処置で受精卵を選別することは、すなわち短命者や障害者の生きる権利を侵すことになるというのが、反対の趣旨です。

しかも、着床前診断が進化すれば、流産確率だけでなく、遺伝子に起因する多くの病気まで見えてしまいます。野放図にこれを許せば、都合の良い子どもだけを産む、というよくない風潮もまん延してしまうでしょう。そのため、日本では、着床前診断について、長らく論議が続いてきました。

●過剰な期待を抱かないことも大切

イラスト=Takayo Akiyama

不妊治療の名医の間でも、意見は全く異なります。着床前診断に賛成というIVF大阪クリニックの福田先生の話です。

「多くの患者さんが言われますが、流産したら次の妊娠が怖くなります。流産と聞くだけでも泣きだす人もいます。世の中には、『流産を繰り返しても、最終的に子どもはできる、だから命の選別につながる着床前スクリーニングは不要』と言う人もいますが、私は承服できません。現在でも複数個の採卵をして受精卵が多数できます。その中で形の良いものを選んで子宮に戻します。胚盤胞移植では培養期間を5日間に延ばし発育の良いものを選びます。これも命の選別ではありませんか? さまざまな努力をして流産を減らし、また妊娠率を上げようとしています。正常な胚を選んで戻したい、という願いは患者さんの権利では。患者さんのために全力を尽くす、これは医師の倫理の根本ではないでしょうか」

子どもを心待ちにする女性が流産により、身も心も傷つくのは間違いのない事実でしょう。取材した女性の中には、流れてしまった子どもの数だけ、お墓を作って毎年その日がくると、お参りをしているという人もいました。そうした話を聞くたびに、流産が防げたら、と思う気持ちも積もります。

ただし、着床前診断で予防できる可能性があるのは、受精卵側に問題がある場合の流産です。全流産の2割程度は母体側にその原因があるため、こうした流産は残ります。また、受精率や着床率などが上がるわけではありません。着床前診断に過剰な期待を抱かないようにすることも重要です。

そして前述したとおり、この診断では、生きる可能性のある命の芽まで摘んでしまうこともありえます。それが短い命であったとしても、障害の可能性があったとしても、安易に命を選別することは慎まなければならないはずです。こうした点も、しっかりと議論を積み重ねてほしいところです。

福田愛作
IVF大阪クリニック院長。1989年京都大学医学博士取得。米国東テネシー州立大学体外受精ラボディレクターを務める。日本人として初めて米国バイオアナリスト協会(ABB)IVF培養室長資格(HCLD)を取得。