無計画な住宅ローンで住まいを追われた……そんな話を時々耳にします。人生を狂わしかねない「住宅ローン」の落とし穴。あなたの働き方、生活スタイルに合った不動産購入のヒントを、住まいの解説者・中川寛子さんが教えます。

「住宅ローン」破綻をしないために

一般に住宅は、人生で最大の買い物と言われる。だが、実際にはそうではない。5000万円の住宅には5000万円払えば良いが、住宅ローンは借りた額以上に返さなくてはいけない。住宅ローンこそが人生最大の買い物なのである。

例えば住宅が5000万円として、4000万円を住宅ローンで賄い、金利0.7%で35年間払い続けるとしたら、総返済額は4512万円。実際に借りた額よりも512万円を余分に払う計算だ。

現在、現役バリバリで夫婦共働き、年収は1000万円を軽く超える人たちからすれば、500万円くらいならなんとでもなろう。だが、それはその状況がずっと続くことを前提としている。過去にもそう思って買った人達は少なからずいた。そして、そのうちのある程度の数は老後に、あるいはその前に住宅ローン破綻に直面、大事な不動産を競売、任売(※)などで失っている。ここでは住宅ローン破綻予備軍がどういう人たちなのかを、説明しよう。

※任意売却の略。住宅ローンの借入金等の返済が困難になった状況で、債務者と債権者の間に仲介者(主に不動産業者)が入り、不動産を競売にかけずに債務者・債権者・不動産の購入者の3者が納得の行く価格で取引を成立させること

世帯年収1000万円超が危ない
予算オーバーでも「なんとかなる」の心理

住宅ローンの破綻には、いくつか共通点がある。1つは高年収であること。具体的には世帯で1000万円以上。この層は年収700~800万円などより、極端に裕福なわけではないのだが、社会全体の貧困化が進行しているせいか、周囲が羨望の目で見てくれるため、その気になってしまいがち。

しかも、それだけの年収があるという自負に加え、有名企業や公務員など安定した職業についている、不動産業界的な言葉で「属性の良い」人たちは“特別扱い”“おだて”に弱い。「期末ですし、あなただけには特別にこの額で」「あなたならこのくらい大丈夫ですよ」といった言葉についふらふら。当初予算以上の、支払いに無理が生じそうな不動産、あるいは価格ほどには価値のない不動産を購入してしまいがちなのである。

また、こうした人たちは購入後も周囲に合わせようと無理をする傾向がある。都心近くの狭小3階建て住宅密集地に行くと、狭い駐車場に無理やり詰め込むように止められた高級車がずらりと並んでいる光景を見る。加えて子供の習い事、教育などと出費がかさむとしたら……。

これに対してぎりぎりの予算で買う人たちは決して無理はしない。住宅販売の現場で聞くと年収400~500万円で3000万円~3500万円までの購入を考えている人は予算オーバーに敏感、一方で5000万円以上を買おうという人の場合には、あと少し、まあ、なんとかなるかというような安易な増額をしがちだという。

私も当初8000万円の予算で家を建てるはずが、最終的には1憶2000万円になったという話を聞いてのけぞった覚えがある。親などの援助も含めて、なんとかなってしまうから買う、その姿勢が後日の破綻につながるのである。

35歳過ぎの購入が家計を圧迫
「ライフイベント」の重複と「老後不安」

35歳、40歳と年齢が高くなってからの購入にも危険がある。一般に住宅購入のきっかけになるライフイベントとしては結婚、第1子出産、第1子小学校入学があるが、初婚年齢の上昇とともにそのいずれもが遅くなっている。

内閣府の少子化社会対策白書 (旧少子化社会白書、平成25年度)によると、日本人の平均初婚年齢は平成23年時点で男性30.7歳、女性29.0歳。30年前に比べ男性が2.9歳、女性は3.8歳上がっている。当然、子供の誕生もそれに連れて人生の後半にスライド、平成23年の人口動態統計月報年計(概数)の概況によれば30.1歳だ。

都会のほうが初婚、第1子出生時の年齢が高く、さらに夫が妻よりも年上の可能性が高い。そう考えると、多くの家庭でそうであるように、住宅ローン契約者が夫だった場合、ローンのスタートが30代も半ばというケースは多々あり得る。

住宅ローン開始が遅いと、いくつか不都合が出てくる。2つのケースを紹介しよう。

(1)ローンの返済期間が限られ、それに伴って月の返済額が増える
現状の住宅ローンは一般に最長で35年(一部に債務継承型として50年もある)。だが、30歳で35年なら65歳までだが、35歳で35年で組むと完済時は70歳。今後、定年延長等があり得るとしても、ローンを返し続けるのは収入面から難しくなる懸念がある。ましてや、年金があてにならないこれからの時代に、年金生活になってまで返済が続くのは現実的ではない。とすると、定年までには返しておきたいわけで、それを考えるとローン開始が30歳か、35歳かの差は大きい。遅くなればなるほど安全に返せる期間は短くなり、期間が短くなるほど毎月の返済額も増えることになるのだ。

(2)返済期間が短くなると、ローン以外の大型出費(教育費や老後資金の備え)で不都合が生じる。
例えば35歳で第1子が生まれ、同時に住宅を購入するとした場合、子供の大学卒業までの間に教育費その他がかかる。大学卒業の22歳までそうした支出があるとすると、その時点で世帯主は57歳。そこから定年までに老後資金を貯めるとしたら、残りは何年あるだろう。30歳時点での購入に比べ、5年間短くなっている不利は否めない。住宅ローン自体は多くの金融機関で79歳(!)まで借りられるが、買うつもりがあり状況が許すのであれば、住宅ローンは早めに組んだほうが、人生の他の支出とのバランスをコントロールしやすくなる。

しかも、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」を見ていくとどの業種においても賃金が最大化するのは男性で50代前半、女性で40代後半。老後資金が貯められる年齢になった時点ではすでに賃金ダウンが始まっている可能性もあるのだ。ただ、返済期間が短いほど、総返済額は減るというメリットもあり、短期に集中して返す戦略もないわけではない。

共働きの財布別家計も危険

頭金ゼロでの購入も危険だ。新築は購入した途端に2割以上価格が下がる。全額ローンで買った場合にはその時点ですでにローン額に満たない担保しか所有していないことになるため、払えなくなって手放すと残債が売却金額を上回る計算になる。その後、経年で価格が下がると乖離(かいり)はさらに大きくなる。そうした危険を抱えないためにはあらかじめ価格が下落している中古を買う、あるいは想定される価格下落分くらいの頭金は用意したほうが良い。

また、貯蓄には金融機関の心証を良くする意味もある。もちろん、黙っていても貸してくれるような年収、属性の人なら関係ないかもしれないが、貯蓄があるということは計画的に家計を経営できているという証左。そういう人であれば多少無理めの融資でも可能になることがあるそうだ。

頭金ゼロで特に危険なのは共働きで、財布を別にしているケース。支出項目ごとに負担を決める、一定額を出し合ってそこから共通の経費を支出するなど支出に関してはルールを決めていることが多いが、貯金に関しては互いに知らん顔というケースが一般的で、全く貯まっていない例が多いのだ。財布は別にしているが、それぞれ一定額を貯蓄しているというケースの場合にも定期的に貯蓄額が妥当かは見直したい。給料が上がり、余裕ができているにも関わらず、一定額以上は使ってしまっている場合があるからだ。

いずれにせよ、将来住宅購入を考えているなら、家計は1つにし、夫婦で把握しておくことが大事。どちらかが管理する人で、一方は無関心というカップルもまた、破綻しやすいのだ。

育休、介護休期間の収入減も考慮に

共働きの場合には、どちらかが子育て期に働き方を変えざるを得なくなった場合のことも考えておく必要がある。一方が離職せざるを得ない、一時的に休職するとなっても無理なくローンを払い続けられるかということである。介護休も同様だ。

一番安全なのは、どちらか働き続けるほうの収入で無理がない額のローンにしておくことだが、それでは満足いく住まいが手に入らない可能性もある。では、どうするか。子供にお金がかかる前に繰上げ返済するなどして返済額を減らしておく、あらかじめ短い期間で組んでおいて休職中にはそれを長くし、一時的に返済額を減らすなど、いくつか手はある。具体的には各家庭の状況によって方法は異なるが、我が家はどうするべきか、できるだけ事前に想定程度はしておきたい。

人生の収支予測から予算を設定、
ファイナンシャルプランナーの知恵で賢明な購入を

これらのローン破綻リスクを回避するために、お勧めしたいのはお金のプロであるファイナンシャルプランナーの利用。住宅購入を考える時、たいていの人は現在の年収から買える家という考え方をする。安全な買い方だからと頭金をできるだけ入れてと考える。だが、近い将来に大きな出費があるのなら、現金は手元に残しておいたほうが良い場合もある。独立する計画があり、収入が不安定になる時期が生じる可能性があるなら、現在の年収で払える額にしておかないほうが安心かもしれない。

そのように住宅購入は本来、家庭によって異なる戦略で臨むべきもの。安心して買いたいなら、買う物件を決める前に人生の収支予測を考え、その予算から購入物件を決めるべきなのだ。ところが、モデルルームでの試算はそうした個別要因は考慮しない。多くの人はまずモデルルームに行ってその気になり、人によっては契約してしまってからプロに相談する。だが、車や洋服を買いに行く時にはおおよそでも予算を決めてから行くだろう。そう考えると、住宅を買う多くの人の行動は順番がおかしい。それがどんなものであっても、まず予算、そして次に買うものとなるべきなのだ。

ちなみにファイナンシャルプランナーの相談料は1時間1万円~。家計や保険なども同時に見直してもらえるので、それだけでもあっという間に元は取れる。

もうひとつ、お勧めしたいのは50歳、55歳、60歳時点の自分、配偶者の姿を冷静に考えてみること。例えば、ずっと同じ会社に勤めているとして、それぞれの年齢時の給料や待遇、役職などがどうなっているか。社内の現状から考えればおおよその姿は想像できる。そこで「なんとかなる」と思えるか。家族の状況も合わせて考えると、冷静な判断ができるはずだ。

中川寛子
東京情報堂代表、住まいと街の解説者、日本地理学会会員、日本地形学連合会員。
住まいの雑誌編集に長年従事。2011年の震災以降は、取材されることが多くなった地盤、街選びに関してセミナーを行なっている。著書に『キレイになる部屋、ブスになる部屋。ずっと美人でいたい女のためのおウチ選び』『住まいのプロが鳴らす30の警鐘「こんな家」に住んではいけない』『住まいのプロが教える家を買いたい人の本』など。新著に『解決!空き家問題』(ちくま新書刊)がある。