不妊治療の歴史が始まって30年――以来、研究の成果もあり、さまざまな治療法が確立されてきました。そして今、夢のように思われていることが、実現できそうな域まできています。本記事では10年後の不妊治療の一端をお見せし、生殖産業の未来を考えます。

治療1:精子がつくれなくても子どもをもてる

●精子になる前の細胞を摘出

不妊の原因の半分が、男性側に関わることであるといわれています。男性不妊の多くは、精子の問題です。このうち、精子の数が少ない、運動能力が弱いなどについては、顕微授精(ICSI)で精子を卵子に打ち込むことで、その多くが解決できました。

イラスト=Takayo Akiyama

一方、そもそも「精子がなかなか見つからない」という患者もいます。その場合は、精巣内に散らばる精子を回収し、顕微授精を行う方法が編み出されました。

重症者の中には、精巣内にまったく精子が見つからないという患者もいます。こうした場合は、精巣から精子になる前の細胞(円形生殖細胞)を摘出し、それを直接卵子内に顕微授精する方法が、世界各国で研究されてきました。成功例が少なく、現在はほとんど行われていない状況ですが、セントマザー産婦人科医院ではその原因を究明し成功の実績を積み上げています。

治療2:卵子を若返らせる

●他人の若い卵子に移植

イラスト=Takayo Akiyama

卵子の若返りについても、昨年、セントマザー産婦人科医院が実験レベルで成功しています。ただ、こちらは卵子全体を若返らせるわけではありません。卵子のうちの、遺伝的要素の大部分を決める卵核とその周辺部をうまく切り取り、それを、他人の若い卵子に移植する、という形で卵核とその周辺部以外を若返らせる方法です。これを、卵細胞質置換と呼びます。この研究には、「培養した胚を子宮に戻さない」という制約が、日本産科婦人科学会から付けられていました。そのため、実際の妊娠には至っていません。他人の卵子の細胞質と、自分の卵子の核をひとつの生命にするこの技術は、遺伝や将来の発達、両親の認定など、議論が必要な問題があるためです。

治療3:閉経後でも妊娠が可能に

●閉経直後なら原始卵胞が残っている

聖マリアンナ医科大学病院の河村和弘先生は、一昨年に、閉経後の女性の、妊娠~出産を成功に導きました。

閉経後であっても、卵巣には、卵子になるはずだった原始卵胞というものが、まだかなり残っているのです。その細胞を活性化させることで、再び卵子を作り、体外受精により妊娠、というのがその手順となります。

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卵子のできるまでと、最新医療技術(イラスト=Takayo Akiyama)

「この患者さんは、30代にもかかわらず月経が終わるという早発閉経の方でしたが、50歳頃に生理が止まる一般的な閉経でも、同じ手法で妊娠に導くことは可能です。閉経直後であれば、原始卵胞はまだ1000個近く残っている人が多いのです。それが、だんだんと体に吸収され、ある程度の期間でゼロとなってしまう。その前の、閉経後比較的早い時期であれば、かなり高い確率で、この方法は使えるはずです」

先生の手がけた症例数から見ると、原始卵胞がしっかり残っているケースでは5割が採卵に成功しているそうです。河村先生に詳しく聞いてみました。

「この方法は、卵巣の中の原始卵胞に刺激を与えて、成熟した卵子へと成長するように活性化したあと、小さな断片にした卵巣を卵管のしょう膜という薄い膜と卵管の隙間に移植して戻します。そのあと卵子まで発育させるのは卵管なのですね。だから、卵管などに問題があるとうまく育たないケースが出てしまいます」

――ということは、高年齢で卵管も弱っている場合は難しいのでしょうか。

「いいえ。卵管や子宮は女性ホルモン=エストロゲンを適量与えれば機能します。閉経後で一度活動を終えた卵管や子宮でも、また機能しだします」

――閉経直後に卵巣をきちんと保存しておけば、たとえば、60歳でも子どもがつくれるということですか。

「理論的にはそうでしょうね。ただ、移植した卵巣から採卵を行い、体外受精をします。卵子の老化により体外受精から出産に至る確率はご存じのとおり加齢で下がっていきますので、当然、出産できる確率は下がります。また、妊娠に関係する深刻な合併症も高齢の方では起こりやすくなります。そしてもうひとつは、60歳で出産して本当に幸せか、たとえば、その子の成長を見守れるか、などの問題が残りますが」

河村和弘
1996年秋田大学医学部卒業。早発閉経の不妊治療に力を入れ、妊娠不可能と考えられていたケースでも治療に成功してきた。聖マリアンナ医科大学准教授兼生殖医療センター長。