相手を試すような行為は、社会通念上、よくは思われないものです。しかしその試す行為が当たり前のように行われる場がお見合いです。“試す男”に対して敢然と、かつしたたかに立ち向かった女性がいました。彼女はいったい何をしたのでしょうか?

「フォークとナイフの使い方を見れば、育ちが分かります」

「僕、お見合いは絶対に“それなりの場所で食事”って決めているんです」マサユキさん(仮名)が私の経営する結婚相談所へ入会カウンセリングのため訪れた際、口にした言葉だ。

「マサユキさん、うちでは通常お見合いをカフェでセッティングします。お食事だと食べながら話をすることになりますよね。食べ方にも気を使うので、会話に集中できなくなりませんか?」

「そこがいいんですよ」マサユキさんは、ソーサーに片手に添え、美しく紅茶を飲みながら続けた。「食べ方には育ちが出ます。僕は、きちんとしつけを受けた女性と結婚したいのです。だから早めに確認したいんです」

マサユキさんは大手企業勤務で年収は800万円以上、一流大学卒業の38歳。さらに身長180センチのスラっとしたスタイルの持ち主で、代々白金在住の“華麗なる一族”だ。「僕の家では、家族として名を連ねる者に教養と品格を求めます。例えば食べ方が汚いなんてことがあると、最初から反対されてしまうんです。好きになっても結婚できないと困るので、その前にちゃんと確認したいのです」

うわ……。婚活界では引く手あまたな高スペックのこの男性は、お見合いを面接だと思っている。もちろん自分が選ぶ側だ。はっきりいって感じが悪い。しかし家庭の事情なら配慮しなければいけない。これが結婚相談所の辛いところだ。

お見合い相手はまもなく決まった。都内の企業で営業事務として働くカオリさん(仮名)、31歳である。自分が前に出るのではなく、人を励ましサポートするのがとてもうまいタイプの女性だ。ひとり暮らし歴が長く、自立もしている。母親を早くに亡くし、中学生の頃から台所に立っているため料理が得意で、家庭的な女性を望んでいるマサユキさんの希望条件に最も近かった。

自己紹介書の交換を経て、お見合いは成立した。日取りと場所を2人に伝えると、間髪入れずにカオリさんから連絡が来た。

普通は「人を試すような礼儀知らずなんて、こちらからお断り!」と思うもの。“試す男”と“試される女”のお見合い、さてその結末はいかに?

「私、試されてますよね?」

「大西さん、今度のお見合い、いったいどうなってるんですか」「えっ、何がですか?」「いつもはカフェでお見合いじゃないですか。なんで今回は食事なんですか?」「いやぁ……」「これって、試されてますよね? 明らかに」「な、何をですか?」とぼけてみたが無駄だった。

「試されているとしか思えない。マサユキさんは私の食べ方を見ようとしてます」「うーん……オムライスとか選んだらどうですか。スプーンだけで食べられるから楽ですよ」「この店、フレンチですよ!しかも超一流の。すごく会いたかったのに、会う気なくなりました」

無理もない。このお見合いはまるで面接官に審査されるような形になっているのだから。仕方なく私は続けた。「実はマサユキさんのおうちの方針があり、ナイフやフォークも満足に使えないような人だと、お嫁さんとして認めてもらえないそうなんです」

「……なるほど。家庭の事情ということですね。正直、気分が悪いですけれども、本人の意思によるところだけではないのなら会ってみます」なんとか、お見合いは実現することになった。

 

「ごめんなさい、分かりません」

お見合いに選ばれた場所は、銀座の高級フランス料理店だった。

「カオリさん、お見合いの申し出を受けてくれて、ありがとうございます」「いえ、こちらこそありがとうございます。えっとあの今日のお食事はどうしましょう……」と、カオリさんが口を開いた時、ウェイターがやってきた。「ご予約されたお料理を、これからお持ちしてもよろしいでしょうか?」メニューはすでに決められていた。

1品目がやってきた。一度聞いただけでは頭に入らないような料理名だ。そもそも使われている食材さえ、何だか分からないものが混じっている。

突然、彼女は椅子をスッと後ろに引いた。そして「ごめんなさい」と、皿の上の料理におでこがギリギリ当たりそうなくらいまで頭を下げた。

「カオリさん?」「私、これをどうやって上手に食べたらいいのか分からないんです。このままお食事を続けると、マサユキさんに恥ずかしい思いをさせてしまいます」

この後2人はどうなったのかというと……なんと半年後に結婚をした。後日、カオリさんは、マサユキさんの心を動かした“トリック”について教えてくれた。

「私も彼を試しました」

「大西さん、実はあの日、私も彼を試したんです」えっ!? どういうことだ?

カオリさんは続けた。「私が謝ったらどうするかなって。謝るという行為は、相手の発するメッセージを受け入れたということを示す1つの形だと思うんです。ナイフとフォークが使えるかどうかだけで、この先を一方的に決められるなんて理不尽じゃないですか。そこを逆手に取ったんです。その理不尽さに反発せずに、“試されている”ということを、現実として私が受け入れている姿を見せたんです。彼が私の対応を評価できるなら、私は彼を受け入れようと思いました」

「それで、どうなったんですか?」「『つらい思いをさせてごめんなさい』と彼も私に謝りました。『いいえ、私がテーブルマナーを身に付けていないからです。よかったらこれから教えてもらえませんか』と答えたら、彼はにっこりうなずいたんです。だから、彼と続けていくことを決めました」

この試す男による“面接お見合い”の主導権を握っていたのはカオリさんだった。男性が仕向けてくる上から目線の理不尽さに対して、反発した態度を取るのではなく、受け入れることで主導権を握ることもできるのだ。

身もふたもない言い方だが、お見合いというのは、お互いが相手のことを値踏みし合う場だ。時にはぶしつけな視線にさらされることもあるだろう。そんな時こそこの“トリック”を試してみてほしい。つまらない面接はさっさとクリアして、お互いの本質をより深く知るステップに進むことが結婚への近道となるのだ。

大西明美
婚活アドバイザー。結婚相談所を経営。1977年大阪府生まれ。東京都文京区在住。過去20年で延べ4万3000件の恋愛を研究してきた婚活指導の第一人者。小中学校ではイジメを受け友達がいなかったため、周囲の人間関係を観察することを目的にして登校を続ける。特に恋愛に注目してコミュニケーションを学ぶ。高校生のとき、初めてできた友人に恋愛相談を持ちかけられ、日頃鍛えた人間観察眼を生かしたアドバイスを行い、無事に解決。それをきっかけに恋愛相談が立て続けに舞い込むようになる。婚活指導を通して、5年間で200組以上のカップルを成婚へと導いている。
著書に『となりの婚活女子は、今日も迷走中』(かんき出版)がある。