“会社”という男社会を生き抜くためには、知恵という名の武器がいる。今回は、なぜ企業経営には「現金」が必要なのか、その理由を中小企業診断士の小紫恵美子さんに教わります。

現金を持っているということは、企業にとってとても大事なことです。

前回の連載『数字が苦手でも、最低限知っておくべき「2つの利益」とは?』(http://woman.president.jp/articles/-/759)では、会社を見るなら(1)まずは2つの利益、「営業利益」と「当期純利益」を押さえようということと、(2)会社が継続拡大していくためには利益を出すことが大事であるということを伝えました。もうけることはちっとも悪いことではなく、むしろ、お客様に対する責任と言えます。

それでは、利益さえ出していれば会社は安泰でしょうか? 実は経営者が見ている数値がもうひとつあります。それは「保有している現金の額」です。

利益が出ていても会社はつぶれることがある

損益計算書上は黒字なのに倒産! なぜそんなことが起こるのでしょうか。

「黒字倒産」という言葉を聞いたことがありますか。利益が出ていても、企業は倒産することがあるのです。原因はいくつかありますが、見落としがちなものに「売掛金」があります。

売掛金とは、企業の売買取引においてまだ集金できていないお金のことです。企業間の商品取引では、商品の引き渡し時には代金を支払わず、決められた期日までに後で支払うというやり方が多くとられています。この支払いの方法を「掛取引」、また「信用取引」と言います。掛取引において、商品購入時に発生するお金を「買掛金」、商品販売時に発生するお金を「売掛金」と呼びます。

もう一度、前回の連載で説明した損益計算書を見てみましょう。この表を見て、回収しなければならない売掛金の金額が明確に分かるでしょうか?

損益計算書とは、企業の1年間の経営成績=利益を明らかにするために作られる。なじみが薄い人は、まず本業のもうけを表す「営業利益」と、税金などすべてのコストを差し引いた最終的なもうけを表す「当期純利益」の2つの意味を押さえてみよう。詳しくは前回の連載『数字が苦手でも、最低限知っておくべき「2つの利益」とは?』(http://woman.president.jp/articles/-/759)をご参照ください。

答えはNoです。損益計算書では売上からコストを引いて利益を算出します。売上は「入ってきた現金そのもの」の額ではなく、またコストは「使った現金そのもの」の額ではありません。

例えば、掛取引(「掛け」とも言います)で商品を売り上げたとします。ほとんどの取引では、売上の金額を計上するのは売り上げたタイミングであって、後で回収する約束をしていた売掛金(「掛け金」とも言います)が実際に口座に入ってきたタイミングではありません。つまり、売上が計上され、またそれに見合うコストが計算されて利益が計算できていたとしても、売上金額が「現金として」企業に入ってくるタイミングは別ということになります。つまり利益が先に計上されて、実際に現金が回収されるのは後ということになるのです。

このタイムラグにより、「利益が上がっているけれど、社内に現金がない」というずれが発生します。この間に、新たな仕入れや給与の支払い、借入金の返済など、実際の「現金そのもの」を支払わなくてはいけないとなると、企業としては「支払いが滞る」ことになってしまうのです。

こんな例を考えてみましょう。A社はある商品を仕入れて販売している小売業です。2015年12月末現在、手元に現金が100万円あり、売掛金は300万円計上されています。売掛金が入ってくるのは、2016年2月15日です。

しかし、このたび、B社より2016年1月末にA社の商品を300万円分買いたい、という引き合いがありました。急いで仕入れれば納期は間に合います。しかし300万円相当の商品を仕入れるためには、180万が必要です。仕入先のC社とは取引歴が浅く、一括現金で支払う契約です。

仕入れのための現金を用意できないA社は、販売機会をみすみす逃すことになります。こうしたことが続けば、A社は在庫切れを起こしがちな企業という見方をされて、取引先であるB社からの信頼を失ってしまう恐れもあります。

ただ、このケースに限って言えば販売のチャンスを逃すだけなので、すぐに倒産につながるということはありません。しかし、これがもし借入金の返済や、後で支払いを約束していた仕入れの返済(買掛金)だったとしたら……。A社は支払いが滞る会社ということになってしまいます。

特に起業して売上が伸び始めたときこそ、現金の管理がとても重要になります。また、取引が例に挙げたような状態になることを防ぐためには、前払金で売上金額の一部を入れてもらうなどの方法があります。こうした交渉により、資金繰りをうまくコントロールできるようにもなります。

未収100万円の穴埋めは、100万円ではすまない

では今度はクイズです。売掛金100万円を回収できなかったとします。もし売上総利益率が40%の会社だったとしたら、再度100万円を手元に利益として残すために、どれだけの売上を上げる必要があるでしょうか。

ちなみに、売上総利益率というのは、売上から原価を引いた「売上総利益」が売上に占める割合のことを言います。

A.100万円 B.200万 C.250万円

正解は……Cの250万円です。回収しそびれた100万円を取り戻すためには、再度、100万円÷0.4=250万円を新たに売り上げなければなりません。穴埋めするための営業努力を考えただけでも、売り上げた分をしっかり現金で回収することの重要性が分かるのではないでしょうか。

資金を回収して初めて、利益を確保し投資ができる

利益は損益計算書の上で計算されます。しかし、その分の現金が会社に残されているかどうかということとは別の問題です。そして、会社が倒産するかどうかは、現金の有無で決まります。

売上が現金で回収されなければ、次に売るものを仕入れたり、社員に給与を払ったり、設備に投資したりするときに使う現金が準備できないことになります。仕入れるときに、前年度の損益計算書を持参し、「ほら、利益が出ているでしょ。この損益計算書上の利益で、御社の商品を売って」と言っても、モノを渡してくれる会社はひとつもないはずです。ましてや、お給料を現金以外のもので支給されても……ですよね。必要なのは、現金そのものなのです。

お客様から利益を得ることも大切です。そしてそれと同じように、いやそれ以上に、その利益をきちんと回収して、次の会計年度でいい商品やサービスの提供をすることも大事です。それが会社の継続・成長につながります。

未収が発生してから資金を回収しようとすると、改めて請求する作業が発生します。そして、支払いが一度でも滞ると、その後の支払いも遅れがちになるものです。支払う側の立場に立てば、支払わなくてはならない金額が増していくことになりますから、ますます払いづらくなります。

したがって、回収する側からすると、手間がどんどん増していくことになります。これを防ぐためには、取引前に支払期日や遅れた場合のペナルティなどの回収条件や、また売掛金をいくらまで認めるのか(これを「与信管理」と言います)をきちんと決めておく必要があります。

担当業務の貢献度は必ず数値でリンクする

会社で、売掛金の消込(回収されたかどうかの確認)を担当している人もいるのではないでしょうか。地道な作業と思われるかもしれませんが、会社の存続を決める大事な仕事です。

営業の人は会社の売上をつくり出しています。営業補助の人は、売上をつくるためのコストを管理しています。総務や経理の人は、そうした売上をつくる人たちがスムーズに動けるように数値の管理をしたり、コストの削減をしたりしているわけです。人事の人たちは、まさにこうした会社を動かす人たちが気持ちよく働けるように、日々仕事をしていますよね。

どんな仕事も、売上を増やすかコストを減らすことにどこかでつながっており、会社の利益をつくり出すことに貢献しています。担当業務と会社全体の利益創出のための循環がどのようにリンクしているか、考えてみましょう。自分が会社の中でどんな役割を求められているかが分かると、仕事の仕方に工夫ができ、効率化するための提案もできて、仕事が面白くなるはずです。

会社の数字は全然難しくありません。このようにちょっと知るだけで、自分で仕事を面白くしていける優れものです。次回は「財務分析」にチャレンジしてみましょう!

小紫恵美子(こむらさき・えみこ)
株式会社チャレンジ&グロー代表取締役、経営コンサルタント事務所Office COM代表。2児の母。東京大学経済学部卒業後、大手通信会社にて主に法人営業に従事。1998年中小企業診断士取得後、のちに退職。10年間の“ブランク”を経て、独立開業。現在は企業研修講師や中小企業への経営支援、執筆活動を行う。企業研修では会計、ロジカルシンキング等ビジネススキルを伝えるとともに、女性経営者を中心に数値とロジックに基づいた経営の重要性を伝える自主セミナーを展開。
最近は、これまでの実績と、自身の大企業勤務→専業主婦→子育てしながら独立開業、という経験を踏まえ、女性の働き方についての執筆や講演に力を入れている。「活き活きと働くオトナが増える社会」を目指して日々活動中。