私がいいなと思ったことは、同じようにいいと思う人がいるはず

今年で作家になって丸10年が経ちます。でも、いまだに自分は作家として大丈夫なんだろうか? という不安に駆られるときがあります。書店で僕の本がたくさん平積みになっていたとしても、自分がいなくなった後に本が撤収される“ドッキリ企画”なんじゃないか、とか(笑)。そんなネガティブな気持ちを前向きにしてくれたのが、オーストラリア人の女性Nさんの言葉です。

道尾秀介さん

彼女は浅草にあるカフェのオーナーで、僕はその店の常連。スタッフは英語しかしゃべれず、お客さんとも基本的に英語でコミュニケーションをとるスタイルです。「日本人は英語を習得したがっているのに、実用的な英語がなかなか話せない。英会話が楽しく身につくカフェがあったらいいなと思って始めたのよ」とNさん。その思いを実現したのが、今のお店だそうです。

しかし開店後は、1人もお客が来ない日々が続きました。Nさんも相当不安になったはず。どうやって乗り越えたの? と尋ねたら「こういう店があったらいいなと私が思ったのだから、同じように思う人が必ずいるはず」という信念で頑張ってきたのだそう。僕はその言葉を聞いて、スーッと肩の力が抜けました。不特定多数の人に向けて書くのが僕の仕事です。果たしてこれでいいのか、皆が面白いと思ってくれるのか、わからなくなることがあります。でも、僕が「こんな小説があったらいいな」と思って書いた物語なら、同じように思ってくれる人が必ずいる。それで大丈夫なんだと思えたんです。

Nさんのカフェは、彼女の人柄やオーガニックに徹底的にこだわった料理がじわじわと口コミで広がり、今では超人気店になりました。わざわざ遠方から来るお客さんもいます。それだけ彼女の「あったらいいな」に共感してくれた人がいるということですよね。

実はこの言葉は、彼女がメンター(ビジネス上の指導者)から言われたことだそうです。そのメンターも外国人で、日本で商売を始めて成功した人。その信念をNさんが、そしてNさんから僕が引き継いだというわけです。少しも難しくなく、とてもシンプルな言葉。だからこそ心に響きました。

自分が理屈っぽくて、あれこれ考えてしまう性格のせいなのか、普段の会話でもシンプルでストレートな感情表現をする女性をかわいいなと思います。たとえば、僕は料理が大好きでよく自宅でもつくるのですが、つくった料理を食べたときに「これ、おいしい!」と言われるのが好き。僕だったら、味をよく分析して、どこがどんなふうにおいしいか言わないと気がすまないですから。男は、自分にない部分を持った女性にひかれるんでしょうね。

道尾秀介
1975年、東京都生まれ。大学1年生の時から小説を書き始める。会社員を経て、2004年『背の眼』(幻冬舎)で第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し作家デビュー。トリックを使いながら人間を描く作風が注目を集める。11年『月と蟹』(文藝春秋)で第144回直木賞受賞。近著に『透明カメレオン』(KADOKAWA)。