もしもがんの当事者になってしまったら、仕事はどうする? 職場にはどう伝える? 37歳で乳がん患者となったキャンサー・ソリューションズ代表の桜井なおみさんが、がんに負けない働き方を指南します。

「職場健診の当日にぽっかり時間が空いたので、がん検診を受けたの」という桜井なおみさん。

キャンサー・ソリューションズ代表 桜井なおみさん

ところが予想もしなかった「要精密検査」の結果が。2次検査の超音波検査、細胞診(※)を経て「乳がん」の診断が下りたのは暑い夏の盛りでした。

※細胞診(さいぼうしん)/しこりに細い注射針を刺して吸引した細胞を顕微鏡で詳しく調べる検査。良性のしこりか、悪性腫瘍(がん)かを判定します。

当時、桜井さんは37歳。設計事務所のチーフデザイナーとして膨大な仕事量をこなしていました。確定診断からの1カ月は、引き継ぎや取引先への挨拶回りに忙殺され、手術予定日を1週間延ばしてもらうほどでした。

「今考えると、本人が取引先に説明に行く必要はありませんでしたね。自分が信頼している人間に引き継ぐので、大丈夫ですというメールを送るだけでもよかった」

休職前、取引先に挨拶に行くと、「どうしたの」「がんで」「何がん?」「乳がん」という流れになります。

「土木・建設業界は圧倒的に男性が多いのです。休職期間を終えて復帰後に挨拶に行くと、胸元に視線がきているような気がしてすごく嫌でした」

配慮が欲しい人にだけ伝える

編集部が実施したアンケート結果では「がんになっても職場(取引先)には言わない」という女性が各年代で約6割に達しました。

アンケート協力=NTTコム オンライン(25~45歳の仕事をもつ女性1070人が回答。調査期間は2015年4月24日~27日)

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Q.もしがんになったら、仕事の関係者(会社または取引先)にすぐ知らせますか?▼半数以上が「いいえ」を選択。仕事も昇進もこれからという30~35歳では6割を超えました。/Q.知らせない理由はなんですか?(複数回答可)▼退職や昇進への影響など、ネガティブイメージを周囲に与えることへの不安が「知らせない」につながっているようです。

「でも、患者さんからは『職場に理解してもらえない』という声もよく聞きますよね。黙っているのに理解してほしいというのは、相手に酷ですよ」

病名はやたらと公表しなくてよい。自分が必要とする配慮を、配慮してほしい人にだけ伝えればよいのです。

「取引先には有休の時期、通院日と会議が重なったときの対応などを伝えれば十分です。上司には仕事量や内容への希望を伝えるけれど、隣の席の人には『香水の香りに敏感になっちゃったから、控えてもらえると助かる』など内容を使い分けること。そして『半年経ったら営業にも行けます』などの見通しを伝えることがすごく大事です」

ただし、第三者に見通しを伝えるには、自分の治療の内容とスケジュール、たとえば抗がん剤の副作用は何カ月後には落ち着く、定期検査の外来通院は何カ月ごとなど――を把握していることが必須。辛いかもしれませんが、医師に詳しく説明してもらいましょう。

桜井流・伝えるの三原則は、

1:裁量権を持っている人に
2:欲しい配慮を
3:見通しとあわせて伝える

プラス「相手のメリットにもなる」情報を出すようにする。

「辛さだけを伝えると相手はネガティブに捉えますよね。対応にも困っちゃう。プラスアルファを添えてポジティブメッセージにしましょう。腕がむくんで重い荷物が持てないときは『持てない』で止めないで『片側を持って~』って。そして『ありがとう!! 助かりました』の一言を添えれば前向きなポジティブコミュニケーションです」

A NEW NORMAL LIFEへ

「復職当時は目標像が高すぎました」と桜井さんは言います。迷惑をかけたと焦るあまり、バリバリ働いていた20代の自分に戻そうとしていたと。でも、少し目標を下げれば「できない」辛さが「できる」喜びと自信に変わります。

「目標を下げる、ではないんですよね。変える、新しく創造する、かな」

米国の患者会にはすてきな言葉があります。NEW NORMAL LIFE――新しい日常生活を見つけよう、新しいスタイルを決めよう。

自分が今、できることの見通しを立て、周囲とコミュニケーションをとりながらNEW NORMAL LIFEを創造する――実は働く女性のほとんどが何度か経験することです。転勤、昇進、結婚、出産・子育て、親の介護といったライフイベントごとに。

病気もライフイベントの一つ。そう考えてみると、次第に自分らしい就労の形が見えてきます。桜井さんにも、自分自身の奥底にあった「やりたいこと」がはっきり見えてきたといいます。それは、人と人とをつなぐこと。

「がんという病気が、人のぬくもりや弱さの中の強さを知ると同時に、自分にとっての仕事の意味や本質を見つめさせてくれた、本当にそう思います」

桜井さんは今、がん患者の就労を支援する会社の経営者。がんを通じて得た豊かな経験を、大切な資源として活かせる社会づくりを目指しています。

桜井なおみ(さくらい・なおみ)
1967年生まれ。設計事務所のチーフデザイナーをしていた37歳のときに乳がんが見つかり、治療のため約8カ月間休職。職場復帰後、治療と仕事の両立が困難となり、2年後に退職。その苦い体験から、がん患者の就労支援事業 CSRプロジェクトを開始。社会貢献型のキャンサー・ソリューションズ(株)で事業開始。家族は夫と犬とゼニガメ。