不動産にまつわる著書多数、住まいと街の解説者・中川寛子さんが指南する、不動産購入の際の重要事項。人生最大の買い物を、失敗に終わらせない不動産目利きの裏ワザを伝授してもらいます。第2回のテーマは再開発の街に住まう際のポイント。再開発で盛り上がった街のその後にも着目して、長く愛される人気の街のヒミツ、意外に早く注目されなくなる街の理由から、「買う」ための街の見立てを考えます。

社会人1年目。初めて書かせてもらった原稿は埼玉県の再開発情報だった。14行。短い原稿だったが、それをきっかけに編集部に呼ばれ、巻頭の特集ページの担当に抜擢されたこともあり、印象深い記事だったのだが、その時、取り上げた街が思い出せない。

この記事を書くために、改めて埼玉県の再開発情報の記録を調べてみたところ、どうやら、昭和57年度から平成8年度にかけて行われた、春日部駅東口駅前地区の土地区画整理事業らしい。駅前広場や幹線道路が整備され、ゆとりある街並みが形成されたと資料にはあるが、春日部駅の再開発など、そもそも記憶している人があるだろうか。

タワーマンションのみならず、駅周辺にはグランツリー武蔵小杉など大型商業施設も建設され、来街者も増加しつつある武蔵小杉。現在も新しいタワーマンションの建設が進められており、話題には事欠かない。

東京五輪を前に、首都圏ではあちこちで再開発が行われている。再開発は言ってみれば、それまでの土地の歴史を新たな期待で上書きするようなもの。将来の発展を約束するものではないが、多くの人はそこに住まいを買うことが資産価値を維持するかのように錯覚してしまう。

実際、再開発を機に住みたい街として人気が上がり、価格も上昇した神奈川県川崎市の武蔵小杉のような例もあり、期待値は膨らみがちだ。だが残念ながら、どこもが武蔵小杉のようになるわけではない。

情報量で変わる街の人気とイメージ

再開発が行われる時にはさまざまな情報が発信され、人々にその街が変わることを訴える。しかし、その情報発信が終わってしまえば、その街は忘れ去られてしまうことも多いのである。

分かりやすい例は、日本銀行が一時期報告していた、大河ドラマによる経済波及効果である。2012年7月に「八重の桜」放映を受けて日銀福島支店が出した報告書には2000年から2010年までの大河ドラマの舞台となった各県の観光入込客数の動向が紹介されている。

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NHK大河ドラマ「篤姫」は2008年、「天地人」は2009年の放映。放映年の観光客の盛り上がりを境に、放映後の観光客の落ち込みが顕著な一例。「NHK大河ドラマ『八重の桜』の放映に伴う県内経済への波及効果」より抜粋。2012年7月、日本銀行福島支店調べ。

そこには「大河ドラマ放映年には殆どの地域で観光入込客数の増加を確認できる。一方で、放映年の翌年、翌々年にかけては、反動減がみられるケースも少なくない」とされている。実際、報告書内のグラフを見ると「篤姫」の鹿児島県、「天地人」の新潟県など翌年から落ち込む例も出ている。情報量が人気を左右しているのである。

2006年から、消費者が各地域に抱いているイメージ等を明らかにするために、ブランド総合研究所が行っている「地域ブランド調査」からも全く同じ結果が読み取れる。

2008年にはサミットが開催された北海道洞爺湖町が、2010年にはスカイツリー建設中の東京都墨田区や平城遷都1300年に関連してさまざまなイベントを開催した奈良県が人気順位を上げており、街のイメージは情報量に従って上がり、下がるのである。

住みたい街ランキングから読む、再開発エリアの賞味期限

街ではなく、住宅供給という観点ではどうだろう。これにもいくつか例がある。

例えば、横浜市みなとみらい。大手デベロッパー7社が2004年から行っている、住みたい街ランキングにみなとみらいが13位で初登場するのは2005年。だが、旬は短く、4年後の2009年に19位にランクインして以降は姿を現していない。

神奈川県横浜市みなとみらいの一画。交通網も整備され便利だが、情報発信に欠け、2010年以降はランキングに上がってこない。

みなとみらいは計画的につくられている街であり、住宅建設も同様にコントロールされている。この街で住宅が供給されたのは2003年1棟、2007年3棟(賃貸1棟を含む)、2008年2棟(賃貸1棟を含む)で、それ以降は、2017年に竣工が予定されるものが2棟あるだけで、その間は住宅の供給はない。

当然、住宅関連の情報発信はなく、家を買いたい人たちからは忘れられてしまっているようだ。

千葉県浦安市新浦安も同様で、2011年以降は既に建設用地が無くなっており、今後は新規供給は望めない。しかも、新浦安の場合には東日本大震災で大きな被害を受けており、地元では相変わらずの人気だとはいうものの、かつてのような全国区レベルの関心を回復するのは難しいだろう。現に前出の調査では2008年まではランクインしているが、それ以降は影も形もない。

2004年から始まった同ランキングにはこれ以外にも東京都のお台場、田園調布、下北沢など、登場しなくなった街がいくつかあり、人気は意外に容易に変遷することがよく分かる。再開発では住宅供給が無くなればあっという間に忘れられ、新しく情報を発信する街に関心が向く。街の賞味期限は意外に短いのである。

生き残るのは情報を発信し続ける街

その一方で同ランキング不動のトップ3を占める、東京都の吉祥寺と自由が丘、神奈川県の横浜といった街もある。ここまでの記述で、これらの街と、急浮上し消えて行く街との違いはもうお分かりになったことと思う。

トップ3あるいは上位常連の街では、常に情報が発信されているのである。テレビ、雑誌、WEBその他で取り上げられることが多く、人は知らず知らず、その街の情報に接している。だから、住みたい街と聞かれた時に、まず、それらの街が頭に浮かぶということになるのである。

ここで問題になるのは、誰が情報を発信しているかである。再開発の場合には、そこにできる住宅、商業施設等の開発事業者が情報を発信するが、終わってしまうとそれまで。

それに対して、コンスタントに情報が発信されている街では商店街、商業施設、個店、そこに住んでいる人、行政に至るまでさまざまな団体、個人がその発信元となっている。言い換えればコンテンツの多い街ほど情報発信量が多く、それが人気の源となっているわけである。

例えば東京を起点にした中央線沿線には個性的な街が多く、商店街、祭りなどと情報発信も多いが、吉祥寺が頭ひとつ抜けているのはそこに複数の大型商業施設、公園などの他の街にないプラスアルファのコンテンツがあるからである。逆に再開発が弱いのは単一のコンテンツしかないからとも言える。

東京都武蔵野市と隣接する三鷹市にまたがる吉祥寺の街。緑に恵まれた公園や動物園などがあり、子育ての環境にもよいと人気の街だ。写真は井の頭公園。

以上のことを踏まえ、再開発をきっかけに住む場所を検討するというのであれば、再開発以外に、その街には何か魅力的なコンテンツがあるかどうかを考えてみることである。再開発が終了し、その情報が発信されなくなっても人を惹きつける何か。それがなければ再開発は一過性のものでしかない。長く住もうというのであれば、もう少し、何か、例えば街の個性を示す情報などが欲しいところだ。

具体的にはどのような情報が発信されているか、その内容と量をチェックすることである。例えば食べログのような飲食情報サイトでその街にどんな店があるかを見てみよう。

そこでチェーン店しかない街は飲食情報について情報発信が少ない。チェーン店は個別店の情報を発信することはないためである。あるいは商店街のホームページでどのようなイベントがあるか、そこに人が集まっているかどうか。その他、人を集めるイベント、名所、有名店などがあるかどうか。

もっと細かく見るなら、その街に住んでいる人による、街の情報サイトがあるかどうか。情報量、情報源が多い街のほうがベターであることは言うまでもない。

最後に街歩きのプロとして一言付け加えたい。減少する人口を取り合う時代になりつつある今、本当は自治体や鉄道事業者は情報を発信し続けるべきである。実際、子育てファミリーに人気の千葉県流山市は子育てによい街と自ら発信し、それに応じた施策を用意することで、子育て世帯増を実現している。

今後は自治体、鉄道事業者がどのように情報を発信しているかを見ることも、その街の将来性を占い、買うに値するかを考慮する上で大きなポイントになってくるのではないだろうか。

中川寛子
東京情報堂代表、住まいと街の解説者、日本地理学会会員、日本地形学連合会員。
住まいの雑誌編集に長年従事。2011年の震災以降は、取材されることが多くなった地盤、街選びに関してセミナーを行なっている。著書に『キレイになる部屋、ブスになる部屋。ずっと美人でいたい女のためのおウチ選び』『住まいのプロが鳴らす30の警鐘「こんな家」に住んではいけない』『住まいのプロが教える家を買いたい人の本』など。