不動産にまつわる著書多数、住まいと街の解説者・中川寛子さんが指南する、不動産購入の際の重要事項。人生最大の買い物を、失敗に終わらせない不動産目利きの裏ワザを伝授してもらいます。

東京五輪前に住宅を買うということ

人生の3大支出、住宅、教育、老後のうち、タイミングの計り方がもっとも難しいのが住宅である。教育、老後は年齢から自ずと決まるところがあるが、住宅だけは何歳になったら必要というものではなく、また、自分の状況よりも社会の状況が予算や買いやすさなどに大きく影響する点も他と異なる。

特に東京五輪を控えた今という時期は非常にその判断が難しい。ご存知のように価格は上昇しており、特に都心部、湾岸エリアなどの一部は過熱とも言われるほど。その一方で買いやすさの要素のうち、金利、税制は有利な状況が続いている。買うべきか、待つべきか、判断に迷っている人も少なくないだろう。

東京五輪前後での地価変動を加味して、購入の場合は、資産価値がある不動産を見極めたい。

どちらが自分たちにとって良いかは余人が判断できるものではないが、ひとつ、確実に言えることは、購入にあたっては年々厳しい選択眼が必要になっているということ。

現状の価格上昇はその多くの部分が人手、資材などの不足と東京五輪への思惑に寄っている。ということは東京五輪後の住宅市場は現在とは全く異なる様相を呈する可能性が高く、今、買うということはそこまで考えた上で、それでも資産となる物件を選んでおかないと後悔する危険もあるということである。

そんな事態に陥らないために、ここでは資産となる住宅を手に入れるために必要な、あまり耳触りの良くない“本音の情報”をお届けする。売る側が提供しがちな、誰でも、楽して、損しないなどという気持ちの良い話は残念ながら、どこにもない。その点はご容赦頂きたい。

土地の価値。鍵は利便性にあり

今回のテーマは不動産の「資産価値」。住宅は建物と土地から成るが、そのうち、資産価値を左右するのは土地。場所が良ければ、建物があまりたいしたものでなくても価値を維持し続けるケースすらあるほどなのである。

分かりやすい例は東京都品川区から港区にかけて広がる、島津山、池田山などの、いわゆる城南五山エリアに建つ、神奈川県に本社があるN社のマンション。N社は66平方メートルで直床(じかゆか)の4LDKを平気で建築するようなデベロッパーだが、同エリアにある物件だけは大きく下落していない。物件自体があまり良くないとしても、土地にそれ以上の価値があり、結果、価格下落が抑えられているのである。

東急東横線、中目黒駅前の様子。路線価は1平方メートルあたり220万円。この界隈の最高値だ。

では、土地の価値はどのような要素から成り立っているのか。参考になるのは「路線価」である。ご存知のように土地の価格には公示地価、基準地価、路線価、不動産価格指数など用途、目的に応じて複数あるが、路線価は税金を算出するためのベースとなる価格。相続税などのためのものと、固定資産税のためのものの2種類があり、前者は毎年、新しい価格が公表されている。

しかも、価格が表示される地点が限定される公示地価、基準地価と違い、道路1本ずつに価格が設定されており、路線価図として地図化されているので、複数の地点を比較しやすいという特徴がある。ある道路沿いと、近隣の道路沿いで価格が違うとしたら、その差を現地で探ってみれば、土地の価格が決められる仕組みが分かるというわけである。そのため、他の不動産価格算定の方法より、実際に住む人の感覚で考えられるというメリットがある。

さて、路線価図のうち、相続税などの算出に用いる路線価図は国税庁が公開しており、誰でも簡単に利用できる。ここでは例として東急東横線中目黒駅周辺を見てみよう。

ひと目で分かるのは駅に近い場所ほど価格が高いということ。駅の向かいに再開発で生まれた、タワーマンションを含むエリアがあるのだが、そのもっとも駅に近い場所の路線価は1平方メートルあたり220万円で、このエリア最高値。そして、駅から離れるに従って、価格は下がり、駒沢通りとの角に来ると146万円に。「駅からの距離=利便性」が価格を左右していることが分かる。駅からの距離だけではなく、道幅、沿道の繁華さも要因となっており、商店街のある通りと、並行して走る細い、あまり店舗のない通りでは価格差が生じている。

駅から遠い高価格エリアの謎解き

首都圏のように鉄道交通に依存する割合の高い場所では、土地の価格は駅から遠くなればなるほど、つまり利便性が低くなるほど安くなるのが基本だが、駅からは遠いのに周囲より高くなっている場所がある。その理由は現地に行ってみれば分かる。

中目黒駅周辺であれば、それが顕著なのは目黒区立西郷山公園周辺エリアである。西郷山公園に行ったことがある人ならご存知だろうが、この公園は高台にあり、中目黒駅はそこから坂を下った場所にある。

当然、坂の上は眺望、日照に恵まれており、亡くなった演歌の女王の住まいもこの地にあった。お屋敷と言うにふさわしい広壮な住宅が建ち並んでいる一画なのである。価格を見ると1平方メートルあたり90万円、85万円などとなっており、坂の下で同公園と隣接するあたりが65万円。「住環境の良さ」が1平方メートルあたりで20万円以上の差となっているのである。

周辺より明らかに安い土地には理由がある!

逆に周辺と比べて明らかに安い土地もある。

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(左上から時計回りで)東京都目黒区上目黒3丁目周辺の路線価図。実際の取引価格ではないのでご注意/【1】途中から階段になっている道。階段上と下では1平方メートルで8万円の価格差がある/【2】左の道は崖の上の平坦地を走り、道幅も広いが、右の道は崖を回り込むように走る細い一方通行/【3】道幅が違うだけで同じ道なのに手前と奥では1平方メートルあたり4万円の差が生じている

例えば、東京都目黒区上目黒3丁目、区立烏森小学校の周辺(写真1~3参照)は高低差があり、道路が途中から階段になっている場所も多いのだが、そういう場所の価格は低くなっている。階段の上が1平方メートルあたり44万円であるのに対し、階段の下は36万円、枝分かれして崖を回り込む一方通行の道は37万円など、現地の様子と路線価図は見事に一致する。

階段があれば住宅建設時に機材、車が入らない上に、災害時にも逃げにくい。急な崖は崩落の危険もある。そう考えると、道幅や道路形状、地形は「安全性」に影響のある要素であり、土地の価格にはそうした要因も反映されているというわけだ。

利便性、住環境、安全性。優先すべきは?

つまり、土地の価格は「利便性」をベースに「住環境」「安全性」の3要素が加味されたものと考えられ、土地の価格差には何らかの理由があると考えるのが妥当だ。

であれば、住宅購入を考える場合にはその物件の価格が妥当か、3要素のうちのどれが優先されているのかを、土地の価格を周囲と比較検討して考えることで推測する必要がある。土地価格自体は安いのに、トータルな物件価格が周囲と比して高いのだとしたら、何か、その要因があろうし、逆も同様。複数の物件を比較する際にももちろん役に立つ。

その際には同時に、自分たちが3つの要素のうち、どれを優先するのか、予算との兼ね合いはどうかなども検討すれば、自分たちにとってのベストが選べるだろう。

多くの人は例えば、港区南青山4丁目と聞いただけで良いイメージを持つが、実際の南青山4丁目には目黒区上目黒3丁目同様、道一本隔てて価格が高い土地もあれば、低い土地もある。地名、イメージだけで本当はそこまでの価値がない場所を選んでしまわないよう、路線価図を上手に活用していただきたいものである。

ちなみに、路線価を決める際、実は“地盤”その他は勘案されていない。だが、人が不動産取引をする場合、「利便性」「住環境」「安全性」を必ず考慮する。それが結果として、勘案されていないはずの要素までが反映された結果になっているのは実に面白い。

中川寛子
東京情報堂代表、住まいと街の解説者、日本地理学会会員、日本地形学連合会員。
住まいの雑誌編集に長年従事。2011年の震災以降は、取材されることが多くなった地盤、街選びに関してセミナーを行なっている。著書に『キレイになる部屋、ブスになる部屋。ずっと美人でいたい女のためのおウチ選び』『住まいのプロが鳴らす30の警鐘「こんな家」に住んではいけない』『住まいのプロが教える家を買いたい人の本』など。