がんばったもの勝ち
練習は、はっきりいって好きじゃありません。だって、きついし、苦しいし、痛いし……。自分より体重の重い選手二人を背負って走ったり、床に座った状態から腕の力だけでロープ登りをしたりするのが、楽しいはずないじゃないですか。
まあ、なかには伊調馨選手(リオデジャネイロオリンピック女子58キロ級代表)みたいに、練習大好きという変わった人もいますけど、そういうのは例外中の例外。私はレスリングは好きだけど、練習は嫌い。やらなくてもいいならやりたくない。
でも、練習します。朝は誰よりも早く道場に行って体を動かすし、練習中は絶対に手を抜かない。
強くなるにはそれしかないからです。
父はよく「がんばったもの勝ち」と言っていました。練習でどれだけがんばったかが、試合の結果となって現れるというのです。
私もそう思います。どんなに素質があっても、また輝かしい実績があっても、練習を怠っていたらその選手は絶対に勝てません。実際、強豪と称される選手は例外なく、ものすごく練習をしています。
これはレスリングだけでなく、どんな競技でも一緒でしょう。
強くならなくても楽しめればいいから、練習もほどほどでいいという考え方もあるのかもしれませんが、私には理解できない。
だって、普段楽な練習しかしていなければ、試合に出たらまず負けます。楽しめればいいといったって、いつも負けてばかりじゃ楽しくないですよ。
試合に勝てばコーチにほめてもらえるし、応援に来てくれた人も喜んでくれる。自分がこれだけ強くなったと実感することもできます。一度そういう気分を味わうと、よし、次も勝とうという気持ちが湧いてくる。
じゃあ、勝つにはどうするの。もっと練習するしかないじゃないですか。
ただし、現実には、練習のがんばりが必ずしも結果に結びつかないこともあります。私が練習している至学館のレスリング部にも、毎日必死で練習しているにもかかわらず、どうしても勝てないという選手が何人もいます。
やってもやっても結果がついてこないのに、それでも厳しい練習を続けるのは、かなりキツいと思います。
じゃあそういう選手には「がんばったもの勝ち」は当てはまらないでしょうか。
決してそうではありません。
自分はこれだけの厳しい練習に耐え抜いたという事実は、生きていくうえでなにものにも代えがたい自信をその人に与えてくれるからです。
選手生活を終え社会に出れば、いろいろな困難が待ち受けているでしょう。そういうときも、高校、大学とがんばって練習を続けた選手なら「こんなものあのときの苦しさに比べたらたいしたことないじゃん」と余裕で乗り切ることができるはずです。
だから、やっぱり、がんばったもの勝ちなんです。
ライバルは必要
常に高いモチベーションをもって練習に取り組むためには、「次の試合で勝つ」「大会で優勝する」といった具体的な目標が必要です。
そして、もうひとつ欠かせないのがライバルの存在。絶対に負けたくない、どうしても勝ちたいという選手がいれば、練習で手を抜こうなんていう気にはなりません。逆に、この時間も相手は必死でトレーニングしていると思ったら、自分だって負けてなるものかと自然とファイトが湧いてきます。
かつて、私には山本聖子さんという最大のライバルがいました。
彼女との初対決は1986年JOC杯ジュニアオリンピックの決勝。そのときは2歳年上の聖子さんに、私はまったく歯が立ちませんでした。その後もまるで勝てず、気がつけば公式戦5連敗です。
私はなんとか彼女に勝ちたいと大学入学後、栄監督の指導の下で自慢のスピードに加え、弱点だった腕力とスタミナを徹底的に鍛え、2002年のジャパンクイーンズカップでようやく判定勝ちすることができました。
女子レスリングが初めて正式種目に採用されたアテネオリンピックの代表を懸けて戦った2004年のジャパンクイーンズカップの決勝も、相手は聖子さんでした。このときは3本のタックルを決めた私の完勝。この試合がいまでも私のベストバウトです。
現在は特定のライバルはいません。強いていえば世界の全選手がライバルです。
誰もが私のタックルや戦い方を研究し、対策を練って戦いを挑んできます。そういう人たちを一人ひとり倒していく。それが頂点を行く者の宿命なのです。
※このインタビューは『迷わない力』(吉田沙保里著)の内容に加筆修正を加えたものです。