すべては、素朴な疑問から

三菱電機 住環境研究開発センター 製品化技術開発部長 平岡利枝さん

そんな私にとって転機になったのは、「切れちゃう冷凍」という新機能の企画・開発の仕事でした。この機能が実際に商品に搭載されてヒットしたことは、その後のキャリアを歩んでいく上での大きな支えになりました。

冷蔵庫というのは成熟製品であるため、新製品の度に新しい機能を付け加えるのがとても大変なんです。そんななか、ブレイクスルーを起こす発想を考えるための研修が社内で開かれ、冷蔵庫の製造部から私がリーダーとして参加したんです。そのとき、どうして主婦の人たちは明日明後日に使おうと思って買ったお肉やお魚を、まずは冷凍庫に入れてしまうんだろうという疑問が出てきました。

そこで製作所の女性を集めてヒヤリングをすると、「凍っていないと使わなかったときに心配だ」という意見が多い。それなら冷凍した食材をすぐに使えるような機能を、冷蔵庫に付けてみたらいいのではないか――そう考えたのが始まりでした。

今から振り返ると、この発想は当時においては女性ならではの視点だったのだな、と思います。

冷蔵庫は家庭の中では感覚的に使われる家電です。でも、開発のプロセスでは本当に細かい数値的な裏付けが必要で、それまでの男性の開発者は繊細過ぎる程に冷蔵庫の機能を追求してきました。例えば、卵にはS・M・Lと大きさがあります。それを入れるケースはどの大きさのものを入れても割れないように設計されている、というように。

S玉を入れるとがたがたする、あるいはL型が入らない冷蔵庫があったら、お客様は怒りますよね? 冷蔵庫に卵がきちんと収まるのはあまりに当たり前のことで、それができたところで感動は生まれません。でも、その当たり前の機能を作り出すのがいかに大変なことなのかを、開発の現場にいると実感します。

紅一点は、チャンス!

ただ、そうした「当たり前」を実現するためにたくさんの力が注がれる当時の現場では、「冷凍してあるお肉が切れたら便利だよな」といった生活者の素朴な発想がなかなか出てこないものなんです。冷凍庫の温度は低ければ低いほど食材が長持ちするのだから、それを突き詰めるのが技術、という真っ直ぐな考え方が主流になっていくからです。実際に切れる冷凍を提案したとき、「どうして切れることがそんなに大事なの」という感想が多かったのもそのためです。

私が入社した頃はスーパーにも男性がほとんどいませんでした。同じ情報に取り巻かれていても、感じ方はその人の過去の経験や環境によって変わってきます。当時の電子レンジは解凍が上手くできなかったので、お肉に火が通り過ぎないように何度も「弱」で解凍していました。それを煩わしいと感じる主婦の気持ちに注目できたのは、私が男性ばかりの職場にいる唯一の女性だったからのように思うんです。

その意味で気付いたのは、男性ばかりの部署への配属は、女性にとってのチャンスでもあるんだということでした。確かにそうした職場の中にいると、女性は男性よりも期待されていないな、と感じる瞬間があるかもしれません。私の時代は特にそうでした。

でも、それを「期待されていないのなら、このくらいでいいや」と悪く取っていては悪循環です。むしろ期待の低さを逆手にとって、プライドを持って結果と成果を出していけば、思わぬ高い評価を得られることにもつながるかもしれない。今も採用をしていると女性が職場に少ないことを気にする学生さんがいますが、女性が少ないことは得意なことを活かして自分の仕事を確立できるチャンスでもある。そんなふうに考えてほしいです。

相手を理解して初めて自分も理解される

私が三菱電機の中で歩んできた歳月は、会社の中で女性が1人の個人として評価され始める黎明期だったと感じます。昔は男性社員が「営業的なセンスがあるタイプ」「こつこつと地道な研究をするタイプ」と個性を評価される一方、女性社員はひとくくりにされてきたところがありました。

だから、その先陣を切っている私が商品企画で結果を出していると、女性社員はみな商品企画が得意だと勘違いされてしまったものです。「平岡さんができているのだから、あなたも同じようにできるでしょう」と言われた後輩が、相談に来ることもありました。それが部署のミスマッチを生み、結局は彼女たちが辞めていってしまう。それはとても残念なことでした。説明が得意な人もいれば、口下手だけれど製品の機構的な分野が得意な人もいる。それは男も女も変わりません。

いま製品化技術開発部の部長という立場として働いていて思うのは、そうした個々の能力や個性が集まり、お互いを尊重し合うことで初めて、豊かな組織というものは育っていくのだという実感です。

「あの人はがんばっている。得意なことだけではなく、弱点も努力をして補おうとしている」という働き方を多くの社員がしていれば、お互いを認め合う雰囲気が出来上がっていくものです。私たちは家電メーカーですから、結婚や産休、育休を女性がとることだって会社にとっての重要な能力。相手を理解することで、自分も初めて理解されるという関係性を大切にしながら、今後も自分の役割を仕事の中で果たしていきたいですね。

●手放せない仕事道具 手帳
「お客様の声や声にならない要望を掴んで商品開発に生かすのが仕事だから、自分の目と耳が仕事道具」という平岡さん。強いて撮影できるものを挙げるとすると、気づいたことを書きとめる手帳なのだそうです。


●ストレス発散法 食べて飲んでストレス解消。

●好きな言葉 理解してから理解される(『7つの習慣』より)

平岡利枝(ひらおか・としえ)
1962年静岡県生まれ。85年、東京女子大学文理学部卒業後、三菱電機入社。静岡製作所冷蔵庫製造部技術課へ配属。2004年、冷蔵庫製造部先行開発グループマネージャー。08年より現職。切れちゃう冷凍、ビタミン増量冷蔵庫、瞬冷凍などのヒット商品を開発。「日経WOMAN」誌主宰「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2006」ヒットメーカー部門2位、総合ランキング9位。4月から副センター長への就任が決まっている。