10月24日に、改正皇室典範が施行され、女性皇族が結婚後も皇室に残ることができるようになったほか、旧宮家の男系男子が養子として皇室に入ることが可能になった。皇室研究家で神道学者の高森明勅さんは「改正皇室典範では、内親王・女王についてだけ、夫婦も親子も身分が違う“異例の家族”を強制される。当事者に対して、非礼かつ非人道的な、ご結婚へのペナルティー(罰則)のような仕組みではないか」という――。
皇居正門前に架かる「二重橋」
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結婚にペナルティーを科すような制度

10月24日、「皇室典範改正法」が施行された。これによって、内親王・女王が結婚されても、ご本人が望まれたら男性皇族の場合と同じように、皇族の身分にとどまることが可能になる。

天皇皇后両陛下のご長女、敬宮としのみや(愛子内親王)殿下は、これまでのご公務へのお取り組みや両陛下のご言動から拝察して、ご結婚後も皇室におとどまり下さることは、ほぼ確かだろう。

両陛下も少し安堵されたのではないか。

しかし、それを単純に喜ぶわけにはいかない。何しろ配偶者やお子さまは、男性皇族のご家族が皇族なのと違って、「国民」という変則的な位置づけだ。

近代以降、皇族のご家族は皆さま皇族、国民なら(国際結婚は別にして)全員国民だ。「家族は同じ身分」という原則だ。

ところが、内親王・女王についてだけ、夫婦も親子も身分が違う“異例の家族”を強制される。当事者に対して、非礼かつ非人道的な、ご結婚へのペナルティー(罰則)のような仕組みではないか。

これでは率直に言って、ご結婚そのものへの障害になりかねない。

新郎新婦が離ればなれの結婚式に

そもそもご結婚式すら、ご夫婦がそろった普通の形で挙げられないかもしれない。

男性皇族のご結婚式は皇居にある宮中三殿(賢所・皇霊殿・神殿)で行う。大正天皇が皇太子時代に、九条節子さだこ姫(貞明皇后)とのご結婚に際して行ったのが、最初だ(明治33年[1900年]5月10日)。

この時、厳粛な神前でのご結婚式の様子を知った国民にも憧れが高まり、そこから民間でも神前結婚式が広がっていった。だから、宮中三殿でのご結婚式は、民間の神前結婚式の源流といえる。

ところが今回の制度では、女性皇族のお相手は国民のままだ。宮中三殿の殿内(内陣)は祭典に仕える掌典職を除き、天皇および皇族以外は入れない。そうすると、ご結婚式なのに新郎はその場に入れないことになる。いかにも奇妙ではないか。

「宮内庁幹部の1人は『夫婦が離ればなれで儀式に臨むのは問題がある。例外を認めるべきだ』としている」(読売新聞 10月24日付)との報道もある。しかし、いったん例外を認めると、それが拡大するおそれがある。宮中三殿は皇室祭祀の場であり、とりわけ殿内は“聖域中の聖域”だ。それだけに、たやすく例外を認めるべきではない、との声も強いだろう。

皇室に“居場所”が持てるのか

改正法による弊害は、もちろんご結婚式の問題だけではない。配偶者やお子さまが国民であれば、皇室の中に居場所を見つけにくいのではないか。

新年や天皇誕生日の一般参賀、歌会始の儀、園遊会などの皇室行事の際に、どこにいればよいのか。元宮内庁書陵部編修課長だった鹿内浩胤氏は「(それらの行事は)一般の参賀者や入選者、招待者との身分の違いを前提とする」(「読売新聞」同前)と指摘されている。

たとえば一般参賀の時に、参賀につめかける人たちと同じ身分の国民が、参賀を受ける側に交じっていてはおかしい。ほかの行事でも同様だろう。

かと言って、配偶者やお子さまを除外すると「差別的な扱いに映り、『家族の一体感』が損なわれかねない」(鹿内氏)。

敬宮殿下がめでたく結婚され、お子さまが生まれて成年に達しても、一般参賀の時に配偶者やお子さまが皇居・長和殿のベランダに立つことはできないだろう。園遊会でも、招待者を迎える列に加われない。

その時、本人たちがどんな気持ちになるか。制度化を強引に進めた高市早苗首相は少しでも考えたことがあるだろうか。

秋の園遊会に臨まれる天皇、皇后両陛下と長女愛子さま、秋篠宮ご夫妻と次女佳子さま=2026年10月29日、東京・元赤坂の赤坂御苑[代表撮影]
写真=時事通信フォト
秋の園遊会に臨まれる天皇、皇后両陛下と長女愛子さま、秋篠宮ご夫妻と次女佳子さま=2026年10月29日、東京・元赤坂の赤坂御苑[代表撮影]

「皇族と国民が1つの家族」の根本的矛盾

当たり前ながら配偶者やお子さまが国民ならば、政治活動の自由や表現の自由、職業選択の自由などが、すべて憲法(第3章)によって保障される。

一方、内親王・女王は憲法(第1章)によって日本国および国民統合の象徴とされる天皇・皇室を支えるお立場だ。なので、政治への関与をはじめ国民に認められる自由・権利は、大幅に制約されざるをえない。

しかし社会通念上、夫婦や親子は一体と見られがちだ。配偶者やお子さまが国民として自由な活動をすれば、それは内親王・女王のご活動として、あるいは皇室のご活動に近いものとして受け取られるのを、避けにくい。

憲法第1章が優先的に適用され、自由・権利を大幅に制約される内親王・女王と、憲法第3章によって自由・権利が全面的に保障されている国民。その両者が「1つの家族」を構成するという憲法上ありえない制度設計は、皇室の公正中立性と国民の制約なき自由・権利という、両立困難な根本的矛盾を抱える。

「男系男子」への固執が作った矛盾

なぜこんな制度になったのか。理由ははっきりしている。政府・与党などが、「女性天皇」を求める多くの国民の気持ちに背を向けて、伝統でもない「男系男子」限定ルールに固執したからだ。

しかも、皇位も宮家も男系男子しか継承できないなら、時代錯誤で道義的にも認められない「側室制度」とセットでしか、皇室を維持できない。

次世代の皇位継承資格者がたった1人という目の前の「皇室の危機」をもたらしたのも、一夫一婦制で少子化なのにミスマッチな男系男子限定、という“構造的な欠陥”が原因だ。

にもかかわらず、政府は一部の男系固執派の反発をおそれて、危機の本当の原因には手をつけなかった。そのため、最優先すべき「安定的な皇位継承」という課題から、逃げ出すほかなかった。

だから、まともな制度になるはずがない。

旧宮家養子制度という「貴族制」

改正法では、戦後80年近く一般国民として暮らしてきたいわゆる「旧宮家」系の民間男性が今後、子々孫々に至るまで、その家柄・血筋=門地もんちだけを根拠として、ほかの国民には禁止されている皇族の養子になることを“例外的”に認める仕組みを、当事者の意向も確かめないで勝手に作った。

その養子縁組が成立すれば、皇族との婚姻を介することなく、“特権的”に皇族になることができる。その上、結婚すれば妻や子どもはすべて皇族で、男子が生まれたら皇位の継承資格までもつルールだ。旧宮家養子制度は憲法が禁じる“貴族制”を創設したに等しい。

これに対して早速、家柄・血筋=門地による差別を禁止した憲法(第14条)違反にあたるとして、10月26日に訴訟が提起された。原告は漫画家の小林よしのり氏だ。同氏は当日の記者会見で「旧宮家という特殊な階級をつくることで、日本に新たな身分制ができるのは大問題だ」と主張した。

今回の訴訟では「憲法第1章『天皇』という日本国憲法上最も基幹的かつ例外的な制度に関わる法改正に対する違憲審査」(訴状)を求めている。ここで裁判所が、原告本人に具体的な権利侵害が希薄などとして憲法判断を回避した場合、今後も国会で違憲の立法が繰り返され、歯止めがかけられなくなるおそれがある。そうすると、わが国の憲法秩序は根幹から揺らぐことになろう。

「養子」にかかるさまざまな重圧

そもそも、親の代から国民だった者が「養子縁組」によって皇族になり、その子に皇位継承資格まで認められた前例は、まったくない(宮内庁書陵部編纂『皇室制度史料 皇族 一』ほか)。明治の皇室典範でも現在の皇室典範でも、養子自体が禁止(!)されている。旧宮家養子制度は、皇室の歴史と伝統に照らして正当化できる根拠がないのだ。

さらに、養子縁組は一般に当事者の希望(自由意思)により、本人たちの利益を目的とする。ところが改正法では、当事者の意思や利益とは無関係に、もっぱら「皇族数の確保」を目的とし、その“手段”として養子制度を新設した。

このような制度設計の下では、養子縁組の成立に向けて当事者に有形無形の圧力がかかり、強制を避けにくい懸念がある。現に、すでにYouTubeなどで名指しに近い形で、対象者に対して養子に名乗り出ることを強要するかのようなメッセージも、発信されている。

この制度に対しては、天皇陛下や上皇陛下、秋篠宮殿下などが違和感を抱いておられることが、すでに伝わっている。そのような中で、養子を迎え入れる養親となる皇族が現れるか、どうか。もし現れた場合、皇室の中に分断が生まれかねないだろう。

「養子と養親が同居しない」が生む問題

宮内庁は、養子は養親と同居することが望ましいが、その義務はない、との考えを示している(共同通信10月22日配信)。これは驚きだ。“親子”になっても共同生活をしないなら、養親は単なる“名目”にすぎないではないか。

15歳以上の養子が皇室に入って、妃殿下の時の“お妃教育”のような簡単な座学は当然、行うだろう。しかし、皇族と生活を共にしないで、どうやって皇族としての心構えや作法、常識を身につけ、皇室の一員としての責任感や使命感を心に刻むことができるのか。

皇族という身分の重さを見くびっているのではないか。

しかも、養親と同居しない場合は、どこに住むのか。赤坂御用地に新しい邸宅を建てるのか。独立して生活するなら、養親とは別にお世話の宮内庁職員と警備の護衛官が何人か(通例だとそれぞれ5人ほど)配置されることになろう。

赤坂御用地の略図
赤坂御用地の略図(出典:宮内庁ホームページ)

独立した生計を営むなら、皇族費も「王」という身分に対して親王の7割(2135万円)が支出される。

“もう1つの皇室”が生まれてしまう

養子制度を推進した人たちは、養子の人数は「最低でも4人くらい」(百地章氏)と想定している。側室不在で男系男子に限定すると、皇室の存続のためには「四乃至ないし五の宮家を常に確保し続ける」しかない(竹田恒泰氏)との見通しからだ。

当然、それぞれ結婚して「男子」を生むことが強く期待される。男子誕生の割合は2分の1。なので4世帯に平均2人の子どもがいると仮定すると、養子世帯の人数は16人。現在の皇室の方々の人数と同じになる。

もちろん、全員にそれぞれ規定通りの皇族費が支出される。新しく宮邸を4世帯分建て、両親と子ども2人なら、各世帯に職員7人と護衛官7人ほど配置されるだろう。そうすると、全体で56人ほどが養子家族のお世話と護衛のために必要になる。

今の皇室と同じ規模の皇室をもう1つ別に、民間人出身者によって作るようなものだ。養子の子が男子なら「実方の系統(実家の血筋)」を根拠として皇位継承順序が決まる。ということは、賀陽かや家、久邇くに家、東久邇家、竹田家という“民間人の血筋”によって即位する可能性があることを意味する。

そうすると、もし皇位がそちらの系統によって継承されたら、これまでの皇統は断絶し、民間人の血筋に取って替わられる結果になる。歴史上の人物で言えば、皇室の血筋を引く平清盛や源頼朝などの子孫に皇位が移るに近い。

養子はそもそも実現できるのか

推進派が構想する旧宮家養子制度は大がかりだ。しかし、具体的に制度の対象になるのは先に名前を挙げた4家(それに東久邇家から養子に出た壬生家)のみ。それらの家で15歳以上の独身者は今のところ6人という。

そこから「最低でも4人くらい」はさすがに無理がある。しかも民間人が養子に手を挙げることは、心情的・生命的結合によるご結婚に比べてより困難であり、「特攻隊に志願するほどの大きな覚悟と勇気を必要とする」(新田均氏)との指摘もある。だから、彼らのプランが「取らぬ狸の皮算用」に終わる可能性は大いにある。

それにしても、対象となる家は今後、民間人なのにその家族構成や子どもの年齢、その子が未婚か既婚かなどというプライバシーが、公的制度が実際に機能するための必要性から、つねに社会によって注目され続けることなる。迷惑な制度を作ったものだ。

皇室の危機を直視し「愛子天皇」実現を

皇室のあり方をめぐって迷走を続ける政治(政府・国会)は、改めて目の前の皇室の危機を直視すべきではないか。

次世代の皇位継承資格者が秋篠宮家のご長男、悠仁親王殿下お1方しかおられない。しかも、必ず男子を生まなくてはならない重圧が続いている。なので、失礼ながらご結婚のハードルも高いままだ。

その危機を打開する方法はすでに知られている。歴史上前例がなく、今や世界にも類例のない、一夫一婦制で少子化なのに「男系男子」限定という自滅的な欠陥ルールを是正する。つまり女性天皇・女系天皇を可能にすること。それが唯一の解決策だ。

その解決策を採用すれば、女性排除という歪みのない直系継承が実現する。「親から子へ」という世襲の本来の趣旨に沿って、皇室と多くの国民が望む「愛子天皇」が約束される。

皇室がこれまで営々と築き上げてこられた「国民と苦楽を共にする」皇室像は、直系継承によってより望ましい姿で将来に受け継がれるだろう。