10月24日に施行される皇室典範の改正に、注目が集まっている。皇室史に詳しい島田裕巳さんは「『愛子天皇』実現をめぐって最近起きた2つの出来事が、今後どのような形で発展するのか、大いに注目されるところだ」という――。

「愛子さまを皇太子に!」デモ発動

最近、「愛子天皇」実現をめぐって、新しい動きが2つ起こった。この2つの出来事が、今後どのような形で発展していくのか、大いに注目されるところである。

一つは、なんとデモが行われたことである。

10月10日午後、「愛子さまを皇太子に!」と書かれた横断幕を掲げたデモ隊が、東京・銀座などを中心に約3キロメートルを練り歩いた。

現在の皇室においては、秋篠宮が皇位継承順位第1位の皇嗣こうしと位置づけられているが、皇太子は不在である。愛子内親王が法改正によって皇太子になれば、将来において、天皇に即位することになる。

デモは、「愛子天皇を考える会」が主催したもので、参加者は、「国民総意 愛子天皇」「愛子天皇 いいんじゃない」などと書かれたプラカードを持って行進した。この会では署名も集めていて、その数は10月15日現在で20万3531筆に及んでいる。

2026年10月10日、東京で「愛子さまを皇太子に」と訴える数百人規模のデモ行進が行われた
写真=©August Arikawa/Prensa Internacional via ZUMA/共同通信イメージズ
2026年10月10日、東京で「愛子さまを皇太子に」と訴える数百人規模のデモ行進が行われた

男女平等の観点から疑問の声

「AERA DIGITAL」(10月11日)によると、デモに参加した都内在住の60代の女性は、「国民の総意とは別に、少数の人たちだけで決めていいのでしょうか」と、国会での皇室典範改正に疑問を投げかける。さらにこの女性は、「皇位継承は国の在り方に関わる大事な問題です。世論調査では多くの人が女性天皇を認めているのに、その声が反映されないまま決まってしまいました。もっと国民的な議論を尽くしたうえで、決めるべきだと思います」と語っていた。

40代の会社員の男性は、直系長子の愛子内親王がいるにもかかわらず、「愛子天皇」を望む国民の声を無視して、高市政権が強引に皇室典範を改正したことに憤りを感じるとし、「大多数の国民が望んでいる選択肢をはなから排除し、一方的に推し進めるのは、民主主義のルールに反しています」と問題を指摘した。

デモの参加者のなかには、男女平等の観点から、女性の皇位継承を認めない現在の制度に疑問を投げかける声が多かったという。

福岡から上京して参加したという80代の女性になると、高市政権は「もの言う天皇では困る」と考えているのではないかと、鋭く現在の状況を批判している。

こうして「愛子天皇」を求める声は、署名だけでなく、街頭でのデモ行進としても広がりを見せているのである。それだけ、「愛子天皇」待望論は高まっている。改正された皇室典範は来週24日に施行されるわけだが、そのことがかえって、改正の過程と内容に納得できない国民を多く生み出している。

だが、動きはそれだけではない。

飯島町議会の国会への意見書提出

さらにもう一つ、重要な動きがあった。

それが9月17日、長野県上伊那かみいな郡飯島町議会が「女性天皇を認める皇室典範の改正を求める意見書」を、森英介衆議院議長、関口昌一参議院議長、高市早苗内閣総理大臣、平口洋法務大臣宛てに提出したことである。

飯島町は中央アルプスの南駒ヶ岳などを仰ぎ、稲作や果物の栽培が盛んな地域である。人口は8669人(9月現在)と少ないが、意見書は町議会で採択された。

その意見書は、「女性天皇を認める皇室典範の改正を行うこと」が骨子である。

「女性天皇を認める皇室典範の改正を求める意見書」
「女性天皇を認める皇室典範の改正を求める意見書」(出典=飯島町議会事務局)

日本国憲法第14条では男女平等が定められているにもかかわらず、女性であることを理由に「国民統合の象徴」である天皇の資格を認めない合理的な理由はない。世論調査でも、女性天皇を認めることへの賛成が8割前後を占めている。憲法が、天皇の地位は「国民の総意に基づく」としている以上、国会及び政府はこうした声を正面から受け止めるべきだというのである。

地方自治法の権利を最大限に活用

意見書の発起人は日本共産党の浜田稔みのる議員で、国会での審議が短期間に終わったことに不満をもらし、「地方自治法では、国・県・市町村の関係に上下は定めておらず、住民は地方議会を通じて国会に意見書を提出できるので、この権利を最大限活用」したかったという。浜田議員によれば、いくつかの議会から「意見書の文案を見せてほしい」という連絡があり、草案を共有しているという。

小さな町の議会が提出した意見書であり、それ自体が大きな効果を発揮するわけではない。

ただ、こうした意見書が、他の自治体でも採択されるようになり、それが積み上げられていけば、事態は大きく変わってくる可能性がある。

実はそれは、今回の皇室典範改正を推し進めた側が行ってきたことでもある。「愛子天皇」待望論を唱える側にしてみれば、それは、「女性・女系天皇」をなんとしても排除しようとする試みということになるが、そうした勢力がどういう努力をしてきたかを知ることは、今後役立つに違いない。

では、その努力とはいかなるものなのだろうか。

皇室典範改正への世論となった地方議会

今回の国会審議において、皇室典範改正を中心となって推進したのは、自民党の麻生太郎副総裁をはじめとする保守的な立場をとる政治家であった。

横浜・桜木町駅前で街頭演説をする麻生太郎氏(2022年6月26日)
横浜・桜木町駅前で街頭演説をする麻生太郎氏(2022年6月26日)(写真=Noukei314/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

その手法は相当に強引なもので、それが批判を招くことにも結びついているが、強引にでも法改正を進めることができたのは、それを支持する勢力が確実に存在したからである。

これは、飯島町の意見書について報じた「週刊女性PRIME」(10月8日)の記事で、成城大学の森暢平ようへい教授が指摘していることでもあるが、法改正の推進派は、保守派の議員を使い、地方議会で同じような内容の意見書を決議し、地方から皇室典範改正の必要性を訴える世論を作り上げていったのである。

つまり、皇室典範の改正は、麻生氏のような上からの働きかけだけではなく、地方という下からの動きによって実現されたというわけである。

旧宮家からの養子案など、一時は議論からまったく外されていた。それも、旧宮家の人々は、皇族を離れてからすでに何代も世代を重ね、皇室との関係は希薄になっているからである。元をたどれば、今の天皇とは38親等も離れている。皇室にとっては“赤の他人”を迎えることなど、そう簡単にできるものではない。

ところが、なんとしても「女性・女系天皇」の実現を阻止する、つまりは愛子内親王が天皇になる道を鎖とざすために養子案が持ち出され、実際に皇室典範の改正が実現した。それも、地方議会での意見書の積み上げというやり方が功を奏した。「それが世論である」と主張できたからである。

国策に影響を与えた国民運動の成果

実は保守派は、これまでそうした手法を駆使することで、さまざまに成果を上げてきた。下からの積み上げで、国の政策を変えていく動きは「国民運動」と呼ばれるが、保守派の国民運動は、彼らにとって輝かしい歴史を持っているのである。

最初は、「建国記念の日」の制定だった。

戦前において、2月11日は、神話では初代の天皇とされる神武天皇が即位した日とされ、「紀元節」と呼ばれ祭日になっていた。

ところが、日本が戦争に敗れたことで、戦後、軍国主義の象徴としての紀元節は廃止された。それを復活させようというのが、保守派の試みた国民運動だったのである。

リベラルな立場の人たちは、それは「戦前回帰」だと強く批判した。そのため、法案は廃案になったりもしたし、紀元節そのものは復活しなかった。だがそれは、1966年に「建国記念の日」という形で制定され、翌1967年から国民の祝日となっている。保守派の国民運動は、大きな成果を上げたのだ。

その後も、元号法の制定や国旗国歌法の制定が国民運動として実現され、さらには大きな変化を生んだ。

保守系組織が支えた皇室典範改正

影響が大きいのが、教育基本法の改正である。

保守派は、教育基本法はGHQによる占領政策の産物であると批判し、第1次安倍政権であった2006年には、教育目標に「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」態度などを盛り込むことに成功した。これによって、「愛国心」が教育現場で強調されるようになったのである。

保守派が国民運動を成功へと導いたのは、運動を担う組織が存在したからである。戦没者の遺族の集まりである日本遺族会や、各地の商工会、そして、保守系の国民運動団体である「日本会議」がそれにあたる。

とくに日本会議は、神社界の総元締めである神社本庁をはじめ、伊勢神宮や保守的な姿勢を示す新宗教の教団が加盟している。現在の日本会議の会長は、安倍晋三元首相や麻生太郎氏のスピーチライターを務めた谷口智彦氏である。

保守派は、こうした組織を動員できる点で、なかなかにして手強い存在である。だからこそ、問題の多い皇室典範の改正が実現されたわけである。

皇居での新年一般参賀(2018年1月2日)
皇居での新年一般参賀(2018年1月2日)(写真=TAKA@P.P.R.S/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

SNSによる国民運動の成功事例

「愛子天皇」の実現を願う人たちが、こうした勢力に対抗し、自分たちの国民運動を成功に導くためには相当の努力が必要である。

ただ、幸いにして、今はネット社会である。SNSでの発信は、広範な世論を形成し、社会を動かすことに結びついていく。

実際、その種の国民運動の成功例もある。それは2020年のことである。第4次安倍政権の下で、検察庁法の改正が行われようとした。検事総長を除く検察官の定年を63歳から65歳に段階的に引き上げる一方、内閣や法務大臣の判断で、幹部が63歳以降も役職にとどまったり、定年後も最長3年間勤務を続けたりできる特例が盛り込まれた。

そのため、政府に都合のいい検察官だけがポストにとどまれるのではないかと反対の声が高まり、ハッシュタグ「#検察庁法改正案に抗議します」が膨大に拡散された。

こうしたSNSでの抗議が反対世論の広がりを後押しし、政府与党は成立を見送った。法案は会期末に審議未了で廃案となったのだ。このような事例がすでに生まれており、ネットを活用した新しい国民運動の可能性が広がっている。それは、十分に活用できる手立てなのである。

国民運動化する「愛子天皇」待望論

法律というものは、国会で審議され、そこで議決されるものである。国民は、その手続きに直接介入することはできない。

しかし、議員は国民の投票によって選ばれるものであり、世論を無視することはできない。女性天皇を容認する声は世論調査で多数を占め、女系天皇を容認する声も広がっている。

その点で「愛子天皇」待望論の高まりは、すでに国民運動の域に達しようとしている。

改正皇室典範によっても皇族数の確保が進まず、旧宮家からの養子が現れなければ、「愛子天皇」を求める声はさらに高まり、国民運動としてのさらなる盛り上がりを示していくに違いない。

天皇皇后両陛下と愛子内親王殿下(2022年12月23日)
天皇皇后両陛下と愛子内親王殿下(2022年12月23日)(写真=外務省/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)