麻生副総裁に任せてしまった皇室典範改正
日本の歴史上、最初の女性首相である高市早苗氏が、明治以降の近代においては初めての「女性天皇」を実現する方向に動き出したとしたら、国民は拍手喝采するに違いない。
何しろ、世論調査では、多くの国民が女性天皇を容認しているからである(FNN・2026年8月世論調査)。高市首相自身も、まだ首相にはなっていない2021年の時点でのインタビューでは、「私は女性天皇に反対しているわけではありません」と答えていた。反対しているのは、あくまで「女系天皇」だというのである(『文藝春秋』2022年1月号)。
しかし、高市氏が首相に就任した時点で、皇室典範の改正に強い意欲を見せたものの、その作業は、麻生太郎副総裁に専ら任せてしまった。
この判断が正しかったのかどうか、改正の議論が進む中で、強い疑問の声が寄せられるようになった。麻生氏の実妹は三笠宮家の寬仁親王と結婚した信子妃であり、そのあいだに生まれた彬子女王と瑶子女王は、麻生氏の姪にあたる。
それだけ皇室と深い関係のある人物が、改正の作業を中心になって進めていいのか。実際、今回の皇室経済法改正によって、三笠宮家の当主である彬子女王の皇族費が増額されることになり、麻生氏は身内を優遇したのではないかと批判されている。
皇室への敬意が欠けている高市首相
しかも、高市首相の天皇に対する姿勢そのものが問題視されている。天皇や皇族に対して十分な敬意を払っているのか、それが問われるようになった。
それがとくに明らかになったのが、4月29日に日本武道館で開催された「昭和100年記念式典」においてである。
慣例では、国家的な式典において、天皇皇后の臨席があったとき、その先導役は首相が務める。ところが、高市氏は、この式典で自ら先導役にはならず、それを官房長官に任せてしまった。
しかも、1968年に開かれた「明治100年記念式典」では、昭和天皇が「お言葉」を述べたのに対して、今回は、今上天皇の「お言葉」がなかった。宮内庁長官は、その理由について「主催者(政府)の意向です」と説明している。
高市氏は、幼い頃、両親から「教育勅語」を読誦させられたと語っている。「教育勅語」には、皇室の永続を支えるという趣旨の文言がある。
だが、とても「教育勅語」を学んでいるようには見えない。高市首相は、天皇や皇室に対する敬意が決定的に欠けているのだ。
国民の理解を欠く「旧宮家の養子案」
皇室典範改正の作業を麻生副総裁に丸投げしてしまったことも、それが関係しているように思われる。
国会で改正についての審議が進むなかで、今上天皇からは、「皇族数の確保のあり方についての議論においても国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」という発言が飛び出した。
これは、国会で議論されていることが「国民の理解を得られていない」ことを示唆したものと受け取られ、具体的には、旧宮家からの養子案に難色を示したものと考えられたのだ。
その後、秋篠宮からも、この問題について、「先般、天皇陛下が話されたことももっともだと、その通りだと私は思っています」という発言も出た。
つまり、天皇も、皇嗣という立場にある秋篠宮も、国民の理解を重視する姿勢を示している。旧宮家からの養子案が、その理解を十分に得られているのかが問われているのだ。
これは重大なことである。養子をとる可能性がある宮家としては、常陸宮家、三笠宮寬仁親王妃家、三笠宮家、高円宮家が想定されている。そうした宮家が、天皇や皇嗣が賛同を示していない養子を迎え入れることには、相当な困難が伴うはずだ。
改正皇室典範“機能不全”の予兆
もちろん、高市首相の側が、あるいは麻生副総裁などが、事前に天皇や秋篠宮に改正案をはかり、その賛同を得るということは、憲法の制約もあり難しい。
しかし、改正案が天皇や皇族の賛同を得られるものになっているのかどうか、その判断は政治家にもつくはずだ。
にもかかわらず、改正を強行したのは、旧宮家からの養子が可能になっても、それはあくまで制度の上でのことで、首相サイドは、実際には実現困難だと考えていたとも推測できる。
皇族の数が減っていることは否定できない事実で、今後は減りこそすれ、増える見通しはない。
だからこそ、皇室典範の改正の必要が求められたのだが、結局、改正によって設けられた制度が、十分に機能するのかは見通せない。養親側の問題もあるが、旧宮家から養子になると名乗り出る人間は今のところ、現れそうにない。
中途半端な“アリバイ作り”に終始
しかも、今回の改正によって、養子として皇族となった男性の下に生まれる男系の嫡出男子には、皇位継承資格が認められるとされている。つまり、養子になることのハードルは高くなった。養子に入れば、“天皇の父”になるかもしれないのである。
さらに、養子縁組が成立した際、新たな儀式を行うことを宮内庁が検討していると報じられた。そこには、役所として予算を増やしたいという思惑が働いているのだろうが、これで養子のハードルはさらに高くなった。
このような一連の流れを見ていくと、改正作業を無駄なものにする方向で全体が動いているという印象さえ受ける。
女性皇族の結婚後の身分保持についても、住民票の氏名欄には、姓を伴わない「名」だけが記されることになった。皇族は姓を持たないからである。だが、いかにもそれが中途半端な策であることが、余計に印象づけられることとなった。
要するに、改正された内容の全体を見通して作業が進められたわけではなく、とにかく、皇族数の確保を目指して努力はしたという“アリバイ作り”がなされただけなのである。
高市首相の言葉と行動の間に見える矛盾
改正された皇室典範に、意味はまったくない。それが現実である。
そこに、高市氏の首相としての問題点があからさまに示されていると言える。言っていることとやっていることの間に矛盾があり、齟齬があるのだ。
高市氏は首相に就任したとき、「女性であることを売りにしない」「女性であることに甘えない」とくり返し述べていた。
ところが、2026年3月にホワイトハウスに到着した際、出迎えたトランプ大統領に対し、握手を交わす間もなく一目散に飛び込んでハグを交わした。それが、女性を売り物にしないと公言した人物の姿勢なのか。これには、国民の一部から強い疑問の声が寄せられた。
女性を売り物にしないと公言したことについては、日本初の女性首相としての心の昂ぶりが示されていたのかもしれない。戦後、女性にも参政権と被選挙権が与えられてから、80年も女性首相が誕生しなかったのだから、その点は割り引いて評価しなければならないのかもしれない。
「愛子天皇」待望論にどう臨むのか
しかし、それなら首相として明確なビジョンを提示すべきである。たとえば、高市氏が模範としている安倍晋三元首相は、在任中『美しい国へ』という新書を刊行し、自らのビジョンを明確にしている。麻生氏にしても、外務大臣の時代に『自由と繁栄の弧』という書籍を刊行し、外交における新たな日本の方針を形にして示した。
高市氏は、そうしたことを首相に就任してから試みていない。したがって、どういった政治をめざしているのかが、国民にはなかなか見えてこないのだ。
皇室典範の改正はなされたものの、それに実効性がないばかりか、「皇位の安定的な継承」については依然として手つかずのままである。後者のほうが、はるかに問題としては難しい。ちなみに改正法の成立直前、7月15日の党首討論では、「皇位継承の問題については残念ながら今回は先送りになっております」と、首相自身が述べている。
無理もない。その問題に取り組むには、国民の間に根強い「愛子天皇」待望論に対して、どのような姿勢で臨むのかが問われるからだ。
女性も首相になれたのに、なぜ、女性天皇はだめなのか。
過去に実際、女性天皇が存在しているだけに、そうした主張を論破するためには、明確な根拠が必要である。高市首相は、それを示せていない。
未来を見通せない首相の狭い視野
要するに、皇室典範の改正作業にあたった高市政権下の政治家や保守派の論客は、男系男子での継承をゆるがせにしてはならないと言うだけで、なぜ女性ではだめなのか、その理由を明確に述べることができていない。
より重要なのは、未来のことである。これだけ男女平等が進んだ現代の社会で、明らかに女性差別の産物でしかない「男系男子のみによる皇位継承」という考えは、はっきりと時代遅れになっている。このことに対して、日本初の女性首相として、高市氏には明確なビジョンを示す役割がある。
高市氏は、「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」という流行語を生み、実際、周囲が心配するほど、個人としては頑張っているようには見える。
しかし、自分であらゆることを処理しようとして、「ブレーン」を作り出す作業を怠っているように思えてならない。自分に助言を与え、一緒にビジョンを描き出してくれる優秀な「ブレーン」作りである。
現代の政治の世界に起こる問題は、首相一人が考えても到底処理できない複雑さを持っている。それぞれの重要分野に精通したブレーンを集めることは不可欠なはずである。
まず議論すべき「女性天皇の実現」
皇室典範の改正や、皇位継承の安定化についても、古い考えに固執する人物にその処理を任せるのではなく、未来志向の人物を見いだし協議することによって、この難題を解決していく糸口をなんとか見つけ出していく必要がある。
このまま行けば、悠仁親王が天皇に即位する頃には、皇族の数は激減してしまう可能性が高い。旧宮家からの養子という制度が形ばかりのもので実効性を持たない以上、今のままではその方向にむかうのを防ぐことはできない。
形だけの改正がなされたのも、男系男子の皇位継承に徹底してこだわる「岩盤保守」の支持を失うことを恐れてのことではないか。そうした層を支持者とし続けている限り、高市氏が率いる自民党にも、未来は開かれないであろう。
「女性天皇の実現」を議論の対象にする。それだけでも、高市早苗首相に対する評価は、大きく変わってくるに違いないのだ。