旧宮家養子制度は「貴族制」そのもの
高市政権は先の特別国会で、「数の力」を頼んで皇室典範の改正(改悪)を拙速、乱暴に実現した。それによって、これまで存在しなかった(むしろ禁止されていた)「養子皇族男子」が制度上、可能になった。
一般国民の中から、旧宮家系の民間男性だけに限って、例外的・特権的な扱いをする。他の人々には禁止されている皇族との養子縁組が、もっぱら家柄・血筋=門地を根拠に認められる。その養子縁組が成立すれば、婚姻を介さずに皇族の身分を得る、という前代未聞の制度だ。
憲法上、皇室と国民は区別される。だが一方、同じ国民の間では家柄・血筋=門地による差別は許されない(憲法第14条第1項)。養子制度はその「国民平等」の原則をくつがえす。
しかも旧宮家系「子孫」には、未来永劫その特別扱いが認められる。だから、憲法が禁止している「貴族制」(第14条第2項)そのものだ。
「新儀式」への反発
宮内庁は、その養子縁組が成立した場合に、養子が皇族になったことを「内外に示す」新しい儀式を検討していると報じられた(共同通信9月18日配信)。
このニュースが流れると、またたく間に「新儀式」への違和感や反発を表明する声が広がった。抗議が押し寄せた宮内庁は驚いているかもしれない。
国民の間に、これほど強い反発が広がっているのは、なぜか。
養子制度は「女性天皇」を妨げる
反発が強い理由ははっきりしているのではないか。
先の「皇室典範改正法」で創設された養子制度は、単に憲法違反の疑いが濃いだけではない。多くの国民が望む「女性天皇」「愛子天皇」への道を妨げる。もともと無理な“男系男子”限定=女性天皇排除ルールを、非常識な手段を使ってでも延命させようとする仕組みだ。
新儀式は、その養子制度を正当化し固定化するため、と見られた。だから大きな反発を招いている。
普通に考えればわかるように、一夫一婦制で少子化が進む条件下では、側室を前提とした明治以来の「男系男子」限定ルールは、持続困難だ。その無理なルールを、“赤の他人”の民間男性を「最低でも4人くらい」(百地章氏)補充して、とにかく目先だけ維持する。養子制度はそんな本末転倒な仕組みだ。
ちなみに「最低でも4人」というのは、4ないし5の宮家を常に確保し続けることができれば、側室がなくても確率的に男系継承が可能になる(竹田恒泰氏)、という楽観的な計算による。
「次の天皇は愛子さま」
養子制度への反発が強い一方で、先の皇室典範改正後も「愛子天皇」待望論はますます高まっている。強気だった高市早苗首相が自身のXへの長文投稿(9月5日)で「女性天皇への道は閉ざしていない」と釈明しなければならなかったほどだ。その高まりの理由は何か。
つきつめると、今の天皇陛下が体現しておられる「国民と苦楽を共にする」「人々の気持ちに寄り添う」という皇室の高貴な精神・気風を、誰よりも確かに次の時代に受け継げるのは直系の皇女でいらっしゃる敬宮(愛子内親王)殿下だから、という一点に尽きるだろう。
これについては、元皇族としてのご経験をお持ちで、いわゆる旧宮家系民間人の長老の久邇朝宏氏(上皇陛下の従弟にあたる)の発言が的を射ている(『女性自身』7月21日号)。
「私は次の天皇は愛子さましかいらっしゃらないと思います。愛子さまは天皇にふさわしい雰囲気、資質をお持ちになっていると考えるからです」
皇室の方々も養子制度に違和感
皇室の方々も、婚姻も介さずに「赤の他人」を皇室に入れようとする、養子制度への違和感が強いようだ。
小泉純一郎内閣当時、保守派の論者から旧宮家系民間男性の皇籍取得案が主張されたことに対して、上皇陛下は「なぜ、そのような議論になるのか……」と困惑されていたらしい(『文藝春秋』7月号)。
あるいは、高市政権下で養子案が急浮上すると「皇室の方々からは戸惑いの声も聞かれた」という。「政府の有識者ヒアリングでは、次世代で唯一の皇位継承者である悠仁さまを支えるためにも、早期に養子皇族を迎えるべきだとの意見も出たが、秋篠宮家に近い関係者は『そのようなことを望むお考えは聞いたことがない』と口をそろえる」(「朝日新聞」7月18日付)。
私自身、宮内庁内部に深い人脈を持つ人から、宮内庁に対して「養子の該当者探しについて積極的に動くことを望まない」という意思が皇族方から示されている、との情報を得ている。
「国民の理解」は得られない
そもそも、小泉内閣の時の有識者会議報告書(平成17年[2005年]11月)で、養子案は「国民の理解と支持、安定性、伝統のいずれの視点から見ても問題点があり、採用することは極めて困難である」と結論づけられていた。つまり「国民の理解が得られない」などとして、明確に排除されていたのだ。
天皇陛下がオランダ・ベルギーをご歴訪される前の記者会見(6月11日)で「皇族数の確保の在り方についての議論においても、国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」とおっしゃった。これは当然、先の報告書を踏まえておられると理解すべきだ。
憲法上、制約されたお立場の中で、養子案をほとんど名指しで拒否されたに等しい。
秋篠宮さまの拒絶感
秋篠宮殿下も、パラグアイご出発前の記者会見(8月13日)で「先般、天皇陛下が話されたことをもっともだと、そのとおりだと私は思っています」と、天皇陛下に全面的に賛同された。
秋篠宮殿下は麻生太郎内閣当時、養子案の制度化が水面下で画策されながら、上皇陛下(当時は天皇)のご意向で挫折に終わった後のお誕生日記者会見(平成21年[2009年]11月25日)で、少し意外なお答えをされていた。
「国費負担という点から見ますと、皇族の数が少ないというのは、私は決して悪いことではないというふうに思います」と。
ひそかに進められていた養子案の頓挫という背景を考慮すれば、秋篠宮殿下がそれに強い拒絶感を抱かれていたことは明らかだ。
「立皇嗣の礼」という印象操作
養子制度にともなう「新儀式」に対して国民が強く反発した背景に、よくないイメージがある「立皇嗣の礼」を連想したことも加わっているだろう。
「皇太子」は次の天皇に即位されることが確定したお立場だ。これに対して、傍系の皇嗣は“その時点”で皇位継承順位が第1位、という暫定的・相対的なお立場にすぎない。
したがって、過去に皇太子の「立太子の礼」はあっても、傍系の皇嗣の「立皇嗣の礼」なる無意味な儀式はなかった。むしろ行わないのが原則だった(美濃部達吉『憲法撮要』改訂第五版、昭和7年[1932年])。
にもかかわらず、菅義偉内閣であえて前代未聞のセレモニーを、当事者のお気持ちに関わりなく、“内閣の助言と承認”による国事行為として挙行した。これは、暫定的な皇嗣というお立場を改めて確認するだけの、実質上は意味を持たない行事だ。
しかし印象操作によって、後から始める皇室典範改正の議論に、今の欠陥ルールのもとでの変更可能な皇位継承順序について、ゆるがせ(忽せ)にしてはならない、という“心理的な枠”をはめようとする意図が透けて見えた。
宮内庁が検討している新儀式も、立皇嗣の礼と同じく心理的なトリックを目論んでいる、と受け取られた。それが人々の反発をより強めた。
「朝見の儀」は必要
しかし、養子制度がすでに法的に成立している以上、実務にあたる宮内庁としては、新制度に対する最低限の手当てをしないわけにはいかない。
具体的には、万が一養子縁組が成立した場合、皇室典範改正法ではその養子は皇族となる。
ならば、皇室の一員としての生活や活動を開始するに当たって、これまで民間から皇族妃を迎えた場合と同じように、天皇皇后両陛下に公式にご挨拶をするのが当然のマナーだ。それが「朝見の儀」だ。これは養子にも必要なはずだ。
妃殿下ならその前に、宮中三殿での「結婚の儀」がある。これは、わかりやすく言えば、ご結婚に際しての、皇室のご先祖や皇室が祀っておられる神々への丁重なご挨拶だ。養子も、そのご挨拶を欠いて皇室のメンバーに加わることは、非礼にあたる。
だから、宮内庁が新儀式の検討を行うこと自体は、その職務に照らして特に非難されるべきことではあるまい。
養子を「内外に示す儀式」とは
養子をめぐる新儀式が問題視されるとすれば、これまで皇族妃を迎えた場合に行われていた、皇族に新しく加わる上で当然に必要な礼儀にあたる一連の儀式とバランスを欠くような、過剰な演出めいた部分が付け加えられることだ。もしそのようなことがあれば、強い批判を免れない。
今回の報道では「宮内庁は民間から皇族妃を迎える『結婚の儀』などを参考に」とあった。このレベルなら問題はない。
しかし一方、「養子が皇族になったことを内外に示す新たな儀式」とも報じられている(共同通信、前出)。この「内外に示す」というのは、具体的にどのような儀式を想定しているのか。
これまでの「結婚の儀」「朝見の儀」などにはない。むしろ立皇嗣の礼(!)に見られた要素だ。この辺りは要注意だろう。
「皇族として生きることは、相当な覚悟が必要」
民間人が心情的・生命的な結合である婚姻を介さずに皇族になる、養子縁組のハードルの高さについて、男系論者からこんな声もある(新田均氏『別冊正論Extra14』平成23年[2011年])。
先に紹介した久邇朝宏氏は、旧宮家の当事者として、次のように述べていた(『女性自身』前出)。
……男系男子だからという単純な話ではありません。皇族として生きることは、相当な覚悟が必要なのです。
……そのような覚悟がある人が、一般国民として生きてきた旧宮家の子孫たちにいるのか、私には思い浮かびません」
「養子」推進論者の苛立ち
養子策を推進してきた竹田氏も先ごろ、別の角度から養子に手を挙げることの難しさを際立たせる発言を、YouTubeでしている(竹田恒泰ch公式切り抜きチャンネル8月23日配信)。
「旧宮家全員が『おれ関係ねえ』ってやったらホントに皇室滅びますからね。だから、旧宮家の面々は、自らの責任をね、感じるべきだと思いますよ。……
もうちょっと、あんたらも、自分のやらなきゃいけないこと気付けよ、って話なんですよ」
竹田氏は、旧宮家系子孫から自発的に養子に手を挙げる気配がないことに苛立っている。「お前らふざけんなよ、って話ですよ」と八つ当たりしている。
旧宮家系子孫の内情にそれなりに詳しいはずの竹田氏がこの様子では、養子制度は「最低でも4人」どころか、スタートの時点でつまずいてしまいそうだ。
養子制度“空振り”の先に見えるもの
率直に言って、皇室からも国民からも歓迎されない養子には、誰も手を挙げない方がむしろ自然であり、健全だ。
養子制度が“空振り”に終わるとどうなるか。皇族との法的な親子関係すらなく、旧宮家系民間男性が単独で皇籍を取得する方策は、政府有識者会議でさえ「国民の理解と支持の観点からは……(養子制度と比べても)より困難」と報告していた(令和3年[2021年]12月)。養子策がダメなら男系論者の手持ちカードは失われる。
皇室典範改正時の国会での附帯決議には以下のようにあった。
これが次の課題になる。
安定的な皇位継承確保策とは何か。
一夫一婦制で少子化なのに伝統でもない男系男子限定という、皇室典範が抱える構造的な欠陥を解消すること。皇室典範を「再改正」して、政府・国会がこれまでひたすら先送りし続けてきた女性天皇、女系天皇を可能にすること(第1条「皇統に属する男系の男子」→「皇統に属する子孫」へ)以外ありえない。
女性天皇が可能になれば「直系長子」最優先ルール(皇室典範第2条)が歪みなく敬宮殿下に適用される。
皇室も国民も共に望む「愛子天皇」への道がそこから拓ける。