「婚活疲れ」は構造のせい
「マッチングアプリでは、このクラスの男性からもいいねをもらえていたんです。私は妥協しないといけないのですか?」
結婚相談所の現場で、時折耳にするセリフです。
このセリフを口にするのは、決して非常識な女性でも高望みな女性でもありません。学生時代からモテ、20代を仕事や趣味に充実して過ごしてきた女性に多い現象です。
「自分の生きてきた環境」と、「アプリの中で積み上げてきた“自分への評価”」と、「いいねをくれた男性と実際に会ってみたときの落差」――その三つのギャップに、正直に戸惑っているだけなのです。
「婚活疲れ」という言葉をご存じでしょうか。
婚活によって心身が消耗し、活動そのものが嫌になってしまう状態のことです。成果が出ないことへの焦り、断られ続けることで下がっていく自己肯定感、そして休む間もない時間的な負担。
これは婚活でうまくいかない人に起こる現象だと思われがちですが、実はモテてきた女性ほど陥りやすいという側面があります。
その背景には、マッチングアプリが生み出す「構造」の問題があります。
「いいね」の数に出る男女格差
マッチングアプリには、多くの方が理解している通り「リスク」が存在しています。
既婚者が紛れ込んでいたり、遊び目的の男性がいたりといった点です。
しかし、女性を惑わせるのはそういったリスクだけではなく、「高スペックな男性」や「洗練されたプロフィール」の男性が、常に溢れている点です。
何より大きいのは、スマホを開くだけで届く「いいね」という名の承認です。
これは極端な例ですが、アプリでは、男性が1いいねをもらっている間に、女性には100いいねが届くといった、需給の非対称性が生じることがあります。
この圧倒的な数字が、個人の意思とは無関係に「自分は選ぶ側の強者である」という全能感を生み出します。
忙しい婚活の中で自信を削られそうになったとき、スマホを開くだけで届く大量の「いいね」は、「私はまだ価値がある」と自尊心を回復させてくれる、一種の心の安全地帯として機能しているのです。
条件の良い男性からの「いいね」を、自分への特別な「トキめき」の予感として受け取ってしまう。それは婚活という合理的なプロセスの中で、女性たちが最後まで手放せない欲求でもあります。
出会いはあるのに、結婚できない理由
ここで少し視点を変えてみましょう。
出会いの総量という意味では、現代はかつてないほど豊かな時代です。マッチングアプリを開けば無数の候補が現れ、スワイプひとつで新しい出会いが始まる。「出会いがない」という時代は、ある意味で終わっています。
しかしその一方で、結婚できない人は増えている。
なぜでしょうか。
一つの答えとして、こう考えることができます。婚活とは、無数の中から誰かを探すことであると同時に、無数の中から誰かに探されることでもある、と。
出会いが自由になりすぎた結果、多くの人が「探す側」としての婚活を進めています。より良い条件の人を、より効率よく見つけること。しかしどれだけ探しても、相手もまた無数の選択肢の中から誰かを探しています。
「本気を出せばいつでも出会える」という感覚は、裏を返せば「今じゃなくてもいい」という感覚でもあります。出会いがいつでも手に入る環境が、皮肉にも「本気を出すタイミング」を永遠に先送りさせているのです。
アプリの「いいね」が与えてくれる「探されている」感覚は、その渇望を一時的に満たしてくれます。しかしそれは、本当の意味で「選ばれた」わけではない。だからいくら「いいね」をもらっても、満たされない感覚が続くのです。
婚活で消耗していく人の多くは、探し疲れているのではなく、探され方を知らないまま、探し続けているのかもしれません。
プロフィール添削の利用者は男性が9割
この「いいね」と現実のギャップについて、自身もマッチングアプリで7年間婚活を続けた経験を持ち、現在はマッチングアプリ専門家としてアプリのプロフィール添削なども手掛けるおとうふさんに話を聞きました。
おとうふさんがアプリ婚活を始めた当初、使用したアプリの数は撤退済みのものも含めて約30。主に併用していたのは3つで、7年間で実際に会った人数は300人以上にのぼります。
獲得した「いいね」の数は当時の仕様上正確に追えないことが多かったものの、もっとも多かった2016年には月2000件以上の「いいね」を獲得し、住んでいた県内では2位の数字を記録していたといいます。
「自分は人気会員なのだから、同じく人気の会員と結婚できるはずだと思っていました。でも会っても会ってもうまくいかず、途方に暮れていた時期がありました」
転機になったのは、自身が提供するアプリのプロフィール添削サービスの利用者の9割以上が男性で、女性優位なアプリの構造に気づいたことでした。
「女性一人とやりとりするのも難しいという男性ユーザーはたくさんいて、顔も見ずに手当たり次第『いいね』を送らざるを得ない状況の人もいると知って衝撃を受けました。自分に魅力があるから人気になっているのではなく、構造的にそうなってしまうだけだと理解したんです」
そこから「人気な男性」ではなく「自分と合う男性」「自分を好いてくれる男性」に目を向けられるようになったことが、婚活がうまくいき始めたきっかけだったといいます。
そして現在の市場は、おとうふさんが婚活していた当時よりもさらにシビアになっていると指摘します。
「ユーザー数が増えた分、人気の男性会員の倍率はより上がり、また女性は以前より『いいね』をもらいやすくなっています。やりとりする気もないままとりあえずマッチングする男性も多く、いいね数という『錯覚資産』が膨らみやすい構造になっている。今は、私が婚活していた頃以上に女性が勘違いしてしまいやすい環境だと思います」
自分が「探される」環境を選び取る
このアプリの構造が生み出す格差は、男女間に限った話ではありません。
マッチングアプリという場では、写真や一部のスペックに人気が集中する構造があります。
ユーザーの約6~7割が男性という環境もあり、多くの男性にとって「打席にすら立てない」過酷な場所です。しかし場所や環境が変わると、評価軸そのものが変わります。仕事への誠実さ、家族への想い、結婚への本気度、アプリでは伝わりにくい「遅効性の魅力」が正当に評価される環境に移ったとき、道が開ける人は少なくありません。
アプリでの活動ではなかなか成果が出なかった方が、結婚相談所のような場に移った途端、早々に成婚に結びつくケースがあるのもこのためです。
「探す」だけでなく「探される」ための環境を意識的に選ぶこと。それもまた、婚活における一つの戦略です。
では、アプリは断ち切るべきなのか
私たちは、どちらかが正解だという単純な世界には生きていません。
アプリで出会いの可能性を広げ、自分を肯定するエネルギーを得ること。地に足をつけ、共に歩む人生の基盤を設計すること。その両輪を回しながら、未来を掴もうとする姿勢は、決して否定されるべきものではありません。
一人の女性が「自分だけの物語」や「特別さ」を守ろうとすること、トキめきを求める気持ち。それは、人間として、ごく自然な感情です。
ただ一つだけ問いかけるとすれば……そのトキめきは、どこから来ていますか?
スマホの画面の向こうから届く「いいね」なのか、それとも目の前にいる人から感じる体温なのか。その違いを意識できたとき、婚活は初めて「自分の物語」になるのかもしれません。