「ようやく成し遂げることができた」麻生氏
自民党の副総裁である麻生太郎氏は、実にしたたかな政治家である。
自分が先頭に立って進めてきた皇室典範の改正を実現してしまった。長く改正されなかった皇室典範は、戦後はじめて実質的に改正されたのだ。
改正法案が成立した後、「ようやく成し遂げることができた」と、麻生氏は発言した。そこからは、この副総裁が大きな達成感を抱いていることがよくわかる。
麻生副総裁は、過去にいったん内閣総理大臣に就任したものの、不人気で選挙に敗れ、民主党に政権を奪われてしまった。その不名誉を、今回まさに挽回したかのような発言である。
しかし、麻生太郎氏の発言はどこかおかしい。まるで皇室典範の改正は「自分のため」であったかのようにも思えてくるからである。
皇室典範の改正は、減少してきた皇族数の確保をめざすものだった。そこで、女性皇族の結婚後の身分保持と、旧宮家からの養子ということが、今回の改正で可能になった。
たしかに、現在5人いる未婚の内親王と女王が、結婚後も皇族の身分を保持すれば、数は減らない。その上で、いくつかの宮家が養子を迎えれば、数は増える。その養子が結婚して、そこに子どもが生まれれば、制度設計上は皇位継承は安定化されるであろう。
「84%が女性天皇容認」の改正後世論調査
だが、改正の議論が進められていくなかで、養子案については、「女性天皇や女系天皇を阻止」することを目的としたものではないか、という疑惑が高まった。
実際、この間、「愛子天皇」待望論は高まりを見せてきた。
国会で皇室典範改正の法案が成立した後に行われた共同通信社の世論調査では、「女性天皇容認に賛成」が81%にのぼった。日本経済新聞の調査になると、なんと84%である(日本経済新聞7月27日付)。
一方で、後者の調査では、養子を適切だとする人が42%だったのに対して、適切ではないが45%と、養子賛成を上回った。
このように、世論は依然として女性天皇を支持し、待望している。かえってその声は法案成立後に高まっており、今後もこの傾向が続くものと思われる。国民の多くは、麻生副総裁が“偉大な成果をあげた”とは考えていないのだ。
そうした状況のなか、麻生副総裁の姪になる三笠宮家の当主、彬子女王のことが改めて注目されることとなった。
拙著『日本人にとって皇室とは何か』(プレジデント社)で詳しく述べたことだが、彬子女王はオックスフォード大学の留学記がベストセラーになり、一躍「時の人」となった。
ところが、今回は一転して、その評価は急落してしまった。いったい何が起こったのだろうか。
副総裁と類似する14年前の彬子女王発言
再注目されたのは、2012年1月7日に毎日新聞に掲載された彬子女王のインタビュー記事である。2012年といえば、民主党の野田佳彦政権の下で、「女性宮家」創設の議論が行われていた時期である。
彬子女王は、女性宮家には違和感があると述べ、むしろ旧宮家の人たちに皇族に復帰してもらうか、養子という形で継承していくといった選択肢を評価していた。
つまり、彬子女王は、今から14年も前に、今回の改正につながるような発言をしていたのである。
皇族が皇室のことについて発言することは珍しい。ただ、彬子女王の父であり、亡くなった寛仁親王は、そうした発言を積極的に行ったことで知られ、男系での皇位継承をゆるがせにしてはならないと発言した。彬子女王は、父親を深く敬愛しており、その意志を受け継ぐような発言を行ったことになる。
しかも、彬子女王の発言は、伯父である麻生副総裁の考えそのままである。そこで、彬子女王の過去の発言が、改めて注目されることになったのだ。
ただし、それだけなら、さして大きな問題ではないかもしれない。彬子女王が、養子案の発案者というわけではないし、その実現を積極的に推し進めてきたわけではないからだ。
ところが、今回の改正によって、彬子女王に支給される「皇族費」は1067万5000円から2135万円に増額される、つまり倍増するわけである。
批判された彬子女王の皇族費急増
皇族費の財源は国民の税金である。したがって、国民は彬子女王の皇族費が倍増されることに強い関心を抱く。実際、SNS上では、これを批判する声が多数上がっている。
しかも、彬子女王をめぐっては複雑な事情があった。彬子女王の母は、麻生副総裁の実の妹である信子妃である。
ところが、寛仁親王の癌やアルコール中毒をめぐる問題で、夫婦間に亀裂が生まれ、それが、母親と娘との関係に大きく影響した。要するに、信子妃と彬子女王の間に強い軋轢が生まれたのだ。
皇族である以上、ふたりが同じ席に連なることはある。しかし、そうした席で母娘が会話を交わすことはない。目を合わせることさえしないとも報じられている。
三笠宮家は、昭和天皇の末弟である崇仁親王が創設した宮家である。崇仁親王が亡くなり、百合子妃も亡くなったことで、三笠宮家には当主がいなくなった。本来なら、信子妃が当主になるわけだが、娘との確執があるため、当主は彬子女王になり、信子妃は新たに三笠宮寬仁親王妃家を創設した。
これは従来なかったことで、女性を当主とする宮家が一気に2つ誕生した。その際に、彬子女王に割り当てられる皇族費は、当主ということで、640万5000円から1067万5000円に増額されていた。それは、昨年の9月末のことである。
つまり、彬子女王の皇族費は、2025年9月まで640万5000円だった。それがわずか1年の間に2135万円にも増えたことになる。実に、約3.3倍である。皇室典範の改正案の施行は今年の10月24日なので、現時点では増額されていないが、すぐにでもそれが実現される。
「なぜここまで麻生氏親族が得をするのか」
皇室の経済を規定している法律が「皇室経済法」である。これは戦後の1947年に定められたもので、皇族費は、天皇家や上皇家以外の皇族が、その品位を保つために使われる資金である。
今回、皇室典範とともに皇室経済法も改正された。改正前の皇室経済法では、親王と内親王、王と女王で皇族費に差が設けられていたが、その差は解消された。
彬子女王の皇族費が増額されたのは、そのためであるが、信子妃の場合には、三笠宮寬仁親王妃家を創設したときに、すでに3050万円に増額されていた。そこには親王妃と女王の差がまだあり、彬子女王の皇族費は信子妃の70%である。ただ、麻生副総裁の妹と姪である2人の皇族費を合わせれば、総額5185万円になった。一般の国民が「世帯分離」をしても、それで収入が増えるわけではない。
なぜ、麻生副総裁の親族がこんなにも得をするのか。そうした声が上がるようになり、その点が俄然、注目されるようになったのだ。
皇族費の増額については、当初から「立法府の総意」に盛り込まれていた。ところが、世間の関心は女性天皇や養子案ばかりに向かい、その点が注目されることはなかった。
ところが、彬子女王の過去の発言が掘り起こされることで、結果的に国民の目は「金の問題」に向けられることとなった。
この点を、麻生副総裁などは想定していなかったかもしれない。そうであれば、これも「大誤算」である。こうした金の問題は、今後くり返し蒸し返されるであろうから。
「麻生百年史」に滲む権力への固執
旧宮家から養子に入る人間には皇位継承の資格は与えられない。だが、そこに生まれた男児には与えられる。
三笠宮寬仁親王妃家や三笠宮家が養親となれば、その孫が将来において天皇に即位する可能性が出てきた。そうなれば、麻生副総裁は天皇の親族になる。
「麻生太郎氏がそうした野望を抱いているのではないか」。そんなこともくり返し言われるようになってきた。
ただ、麻生氏も9月20日には86歳になる。彼と血のつながった天皇が誕生するとしても、それは相当に先のことである。麻生副総裁が、それを目にする可能性はほとんどない。
となれば、なぜ、そこまで皇室典範の改正にこだわったのか。それが理解できないと言う人たちも少なくない。
そう思われる方はネット上で公開されている、麻生副総裁の出身母体である麻生グループの「麻生百年史」を見ていただきたい。そこには、次のように記されている。
今回皇室典範の改正が進められるなかで、麻生副総裁を摂関政治の全盛時代を築いた藤原道長にたとえるむきもあったが、それは現実だったのだ。
「女性・女系天皇阻止」という執念の源
ただし、その前の部分では、「麻生家は今では菩提寺の川島正恩寺が消失し、過去帳なども灰に帰したためその記録も残っていないのが残念だが」とも記されている。
つまり、根拠となる史料がないのである。その点では、麻生太郎氏が藤原一族の流れをくむのは、今流行りの「フェイク」である可能性も高い。
しかし、重要なのは、麻生家でそのように伝えられてきたことである。麻生副総裁のなかに、「藤原一族」としての意識が植えつけられている可能性があるわけだ。しかも、これは調べてみると面白いのだが、麻生家が実際に藤原一族に連なる系譜も無きにしも非ずなのだ。
藤原一族は、娘を天皇に嫁がせ、その子どもを天皇に即位させることで権力を保持し、そのシステムに都合の悪い女性天皇を排除した。その結果、飛鳥・奈良時代には多く生まれた女性天皇が、平安時代以降には、江戸時代まで生まれなくなった。
麻生副総裁の考えは、藤原一族の思想と重なる。かつての藤原一族がそうであったように、彼にとって、女性天皇や女系天皇はあってはならない存在なのだ。
そこに、麻生太郎氏の情熱の源があったのだ。
しかし、はっきりと述べておこう。今は、藤原一族の世の中ではない。麻生副総裁の野望は国民から見透かされ、国民からの強い批判を生んだ。さらには「愛子天皇」待望論をかえって高める、という大誤算も生んだ。致命的な、読み違えである。
どうやら麻生太郎氏には、道長の巧みな政治操作の技術は、備わっていないようである。