7月17日に改正皇室典範が成立した。神道学者で皇室研究家の高森明勅さんは「今回の皇室典範の改正は、皇室が現在直面している危機をさらに深める結果になるか、皇室の聖域性を危うくし、これまでと“異質な存在”へと塗り替えてしまうかのどちらかであり、どちらに転んでも最悪だ。しかし、皇室の将来に希望は残されている」という――。

天皇陛下のおことばを裏切った皇室典範改正

去る7月17日、高市政権のもとで、皇室典範が制定されてから実質的にはじめての改正が、ゴリ押しに近い形で実現した。このことについて、天皇陛下をはじめ皇室の方々はどのように受け止められただろうか。

天皇皇后両陛下がオランダ、ベルギーご歴訪へ出発される前の記者会見(6月11日)で、天皇陛下から異例のおことばがあった。

「皇室の在り方や活動の基本は、国民の幸福を常に願い、国民と苦楽を共にすることだと考えており、こうした皇族数の確保の在り方についての議論においても、国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」と。

これまでは、政治のプロセスに関与しかねないご発言は、控えてこられた。しかし今回は少し様子が違った。

陛下は皇室典範の改正をめぐる政府・国会の動きに対して、深い不安や危惧を抱いておられた。だからこそ、当事者でいらっしゃる皇室の長として、あえて踏み込まれたと受け取るほかないだろう。

だが残念ながら、陛下が危惧された通り、高市政権の無理押しによって「国民の理解」からかけ離れた結果になってしまった。

皇室典範は「特別な法律」

皇室典範は、法形式の点では一般の法律と変わりない。しかし、憲法上「国民の“総意”」に基づくべき「国民“統合”の象徴」の地位に関わる基本法だ。だから特別な性格をもつ。

ほかの法律のように、政争の具にしたり、「数の力」を頼んで少数派をねじ伏せたりするような乱暴な手法は、厳重に慎まなければならない。そうでなければ、公正中立であるべき皇室への敬意を欠くことになる。さらに幅広い国民の皇室への敬愛の気持ちを損なうことにもつながりかねない。

上皇陛下のご退位を可能にした皇室典範特例法の制定プロセスも、もちろん百点満点ではない。しかし、ひとまず成功例と見てよいだろう。なぜなら党派を超えて丁寧な合意形成に努めたからだ。その結果、衆院でも参院でも自民党から共産党までが賛成して、ほぼ「全会一致」に近い形で可決できた。

2017年12月23日、皇居で天皇(現上皇)の84歳の誕生日を祝う人だかり
2017年12月23日、皇居で天皇(現上皇)の84歳の誕生日を祝う人だかり(写真=Artanisen/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

内閣による普通の法律なら、与党による事前審査があり、与党だけの了承を得て法案を閣議決定し、国会に提出する。しかし皇室典範の場合は違う。

政治に分断を持ち込み、与野党が激突する法案を作るわけにはいかない。だから法案を固める前に、全会一致を目指して熟議を重ね、全党派による合意を基礎に法案を作る、という手順が望ましい。そのため、今回も特例法の時と同じように、衆参両院の正副議長が全政党・会派に呼びかける形でわざわざ「全体会議」が設けられた。

数の力で押し切った

ところが、何のために全体会議が行われたのか、理解できていない政治家もいたようだ。失礼ながら、高市早苗首相自身もその一人ではあるまいか。全党派に呼びかける立場にあった森英介衆院議長からして、全会一致に水を差すような発言が見られた。5月15日の記者会見で「全党の賛同を得るのは不可能」などと先回りして述べていた。

結局、全13党派が集まった中で、議長らの取りまとめ案に賛成したのは7党派にとどまる惨状を呈した。およそ「立法府の総意」からほど遠い。

しかも政府は、その「議長らの取りまとめ」では合意が得られず、あえて保留していた事項について、内親王・女王の配偶者やお子さまを国民にするとか、養子の子に皇位継承資格を認めるなどと、勝手に書き込んだ改正案を作った。野党の一部からは「騙し討ち」とまで非難された。その結果、衆院でも参院でも、皇室典範という特別な法律の改正にふさわしくない、「全会一致」とはかけ離れた、数の力だけに頼った単なる多数決(少数派の切り捨て)に堕してしまった。

参議院では、立憲民主党の長浜博行議員が「良識の府と言われた参院で、80年の歴史をもつ皇室典範がわずか数時間の審議で改悪されることを想像すると、断腸の思いだ」と懸念を表明した。投票総数241のうち反対が57にも達した。

政府のゴリ押しによって、皇室を規律する典範それ自体の法的権威が大きく損なわれたのは、残念だ。

高市早苗首相。2026年2月18日撮影
高市早苗首相。2026年2月18日撮影(写真=首相官邸/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

旧宮家子孫は“赤の他人”の民間人

今回の皇室典範の改正をどう評価するか。

まったく無駄な空振りに終わるか、それとも現実を致命的に悪い方向に変えるか。そのどちらかだろう。

前者なら、次世代の皇位継承資格者がお一方だけという皇室が直面する危機を、さらに深める結果になる。後者なら、皇室をこれまでと“異質な存在”へと塗り替えてしまう。どちらに転んでも最悪だ。

今回の改正によって、いわゆる旧宮家系の民間男性を皇族との養子縁組で「養子皇族男子」とする、皇室の「聖域」性を危うくしかねない、まったく前例のない制度を採用した。これが現実的に機能するか、どうか。

この養子縁組が成り立つには、当たり前ながら「養子」になろうとする民間人と、その民間人を皇室に迎えようとする、つまり「養親」になられる皇族との、両者の意思が合致する必要がある。

改正典範では旧宮家系の未婚で15歳以上の男子が養子の候補とされた。その対象者は、天皇陛下から男系の血縁が36親等〜38親等も離れた元皇族の、さらに孫や曾孫にあたる。だから血縁はさらに2〜3親等もより遠くなる。まさしく「赤の他人」だ。

しかも被占領下の事情に関係なく、もともと大正9年(1920年)に制定された皇室の内規「皇族の降下に関する準則」を当てはめると、過去の天皇からの血縁の遠さゆえに、生まれた時から一般国民の人たちだ。

「愛子さまのお相手」デマが出回った賀陽家

具体的には賀陽かや家、久邇くに家、東久邇家、竹田家の男子たちだ。しかし率直に言って、どの家もそれぞれ難しい事情を抱えているように見える。

まず賀陽家についてはどうか。賀陽正憲氏に2人の男子がいる。一部の週刊誌などで敬宮としのみや(愛子内親王)殿下の「お相手」候補として取りざたされたこともあった。しかし、宮内庁の西村泰彦長官(当時)が実際に調査をさせて「あれ、嘘だよ」と否定していた(「文藝春秋」令和5年[2023年]9月号)。

私自身もこうしたデマが出回る怪しげな背景について分析したことがある(プレジデントオンライン令和5年[2023年]4月6日配信)。

正憲氏が民間企業から宮内庁に転職しながら長く外務省に出向した経緯について、天皇陛下との間に齟齬が生じていたとの情報もあった。

また別に、正憲氏が知らないところで、賀陽家の「養子の養子」として議員会館の高市早苗事務所などを訪れていた人物がいる(「週刊文春」令和7年[2025年]4月3日号)。旧宮家の周辺には、実際に法律上の“養子”になっているケースを含め、さまざまな人間が近づいている可能性がある。

拒否反応が強い久邇家

次に久邇家はどうか。朝融王の長男で元皇族だった邦昭氏は、自著『少年皇族の見た戦争』(平成27年[2015年]、PHP研究所)の中で旧宮家復帰案について、次のように明言していた。

「今さら、皇籍に復して国民の貴重な税金をいただくのには拒否反応がある」と。

さらに三男の朝宏氏も、新聞やテレビなどさまざまなメディアで、養子案への反対論を繰り広げている。

「ひたすら一般人として生きてきた私からすれば現実味に乏しいし、国民の理解が得られるか疑問だ」(時事通信、令和8年[2026年]7月1日配信)と。

朝宏氏は、むしろ次代に「愛子天皇」を望んでいるという。「私は、愛子さま以外に天皇になる方が思い浮かびません。たとえ女子であっても、皇位は天皇皇后両陛下のお子さまが継がれるのが正当だと思います」(「女性自身」令和8年[2026年]7月21日号)と。

おそらく久邇家からの養子は難しいだろう。

東久邇家と竹田家の場合

東久邇家は、女系(昭和天皇の第1皇女・照宮成子内親王と盛厚王が結婚)を介して、旧宮家の中では現在の皇室と最も血縁が近い。同家をめぐっては、昔の出来事として故・稔彦なるひこ氏が「ひがしくに教」の立教を企てたが宗教法人として認められなかったことや、旧麻布御殿や旧高輪南町御用邸などの所有問題で国を相手取って2度も訴訟を起こした、などの話題がある。

東久邇稔彦氏
東久邇稔彦氏(写真=内閣制度百年史編纂委員会『内閣百年の歩み』(1985年)/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

現在、民間の団体によって「東久邇宮」を冠した表彰が(受賞者が一定の費用を支払って)なされている。その表彰状には、今も「名誉総裁 東久邇盛厚」と故人の名前が記されているようだ(押印もあり)。同家との関係はどうなっているのだろうか。

竹田家の場合は、同じく女系を介して明治天皇につながる(第6皇女・常宮昌子内親王が恒久王と結婚)。しかし、関係者の中には大麻取締法違反で逮捕され有罪判決を受けた人物とか、オリンピック招致をめぐる疑惑からJOC会長の退任を余儀なくされた人物、あるいは過激な政治的発言を繰り返し、裁判で「まさに『差別主義者』との評価を受ける余地がある」と認定された人物などがいる。

養親にも疑問符

一方で、養親についてもリアリティの点で疑問符がつく。候補になり得るのは常陸宮家、三笠宮寛仁親王妃家、三笠宮家、高円宮家の4宮家だ。

しかし、常陸宮家は常陸宮殿下が90歳で華子妃殿下が86歳というご高齢なので、常識的に考えて難しい。

寛仁親王妃家の信子殿下は、よく知られているように、養子案の強力な推進者である麻生太郎自民党副総裁の実の妹であられる。よって、養親になられるには「政治色」が強すぎる。

麻生太郎自民党副総裁。令和7年12月22日内閣制度創始140周年記念式典及び祝賀会にて
麻生太郎自民党副総裁。令和7年12月22日内閣制度創始140周年記念式典及び祝賀会にて(写真=首相官邸/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

三笠宮家の彬子女王殿下、瑶子女王殿下はともに独身でいらっしゃる。今のご年齢であえて養子を迎えるのは不自然だろう。また、同じく麻生氏の姪にあたられるので政治色をぬぐえない。

とくに彬子殿下は京都にも生活拠点をおもちだ。そのため、養親のハードルはより高いだろう。信子妃殿下とのご関係が思わしくないのも障害になる。

高円宮家には独身の承子女王殿下がおられる。承子殿下は、身分保持を可能とする典範改正後に、ご結婚も視野に入っているとの情報がある。その場合、独立した生計を営まれることになる。

そうした展開になれば、高円宮家は一見、養子を受け入れやすくなるようにも思われる。だが、女性天皇に好意的とされる久子妃殿下が、果たして養親になられるかどうか。

そもそも、養子案に対して天皇陛下も上皇陛下もネガティブな捉え方をされていることが、すでに知られている(「文藝春秋」7月号、「読売新聞」7月18日付ほか)。そうした中で養親になることは、皇室に分断を持ち込みかねず、また自ら孤立することにもなりかねない。

「皇族と国民で一つの家族」という無理

養子案についてリアルに見ると、養子側と養親側の双方とも困難な問題が横たわっている。

しかし、今回の典範改正では恒久制度化が図られた。「例外的」と断りながら、立法府の取りまとめでは特例法を予想していたはずなのに、わざわざ本則に「第6章」を付け加えた。

この制度が政府の思惑通りの結果につながった場合、皇室はどうなるか。頭の体操として、一応の未来図を描いておくことも無駄ではないだろう。

その際、考慮すべきは、先に述べたように内親王・女王の配偶者やお子さまの身分が、政府有識者会議報告書の通り無理やり国民という制度設計になっている事実だ。これに連動して、すでに皇統譜(天皇及び皇族の身分に関する事項を記載する公文書)に登録されている内親王・女王が、重ねて「住民登録」も義務付けられる前代未聞の制度になった。

日本人同士なら「家族は同じ身分」という近代以来の原則が、内親王・女王方だけに限って破られる。

憲法第1章(天皇)が優先的に適用される内親王・女王と第3章(国民の権利及び義務)が全面的に適用される配偶者やお子さまが“一つの家族”を構成することは、無理がありすぎる。

皇統を途絶えさせてしまう制度

天皇皇后両陛下の直系の皇女でいらっしゃる敬宮殿下さえも、ただ“女性だから”というだけの理由で、家族は皆さま一般国民とされる。一方、つい昨日まで民間人だった養子は“男性だから”というだけの理由でその家族はみな皇族とされ、その子が男子なら皇位継承資格も認める。逆転現象がひどすぎる。ばかりか、この制度が速やかに是正されない限り、天皇陛下が受け継いでこられた直系の血筋は、敬宮殿下までで途絶える(ちなみに女系でも皇統を継承できることは政府見解であり学界の通説)。

一夫一婦制で少子化という条件下では無理な「男系男子」限定ルールがそのまま維持されたせいで、悠仁親王殿下が男子出産への重圧によってご結婚の機会を逃されたり、男子に恵まれなかったりすれば、これまでの皇室の血筋そのものがそこで途絶える結果になる。幸い男子に恵まれても、先に述べたように無理な条件下なので、悠仁殿下お一方だけの血筋が長く受け継がれる可能性は低い。

つまり早晩、これまでの皇統は途絶える制度になっている。

那須御用邸内を散策し、記者の質問に答えられる天皇、皇后両陛下と愛子さま=2026年7月15日午後、栃木県那須町(代表撮影)
写真提供=共同通信社
那須御用邸内を散策し、記者の質問に答えられる天皇、皇后両陛下と愛子さま=2026年7月15日午後、栃木県那須町(代表撮影)

養子はエンドレスに続く

一方、養子については、制度上、複数の養子も可能であり、養子案の推進者たちは「最低でも4人ぐらいは養子になっていただき……」という目論みだ(百地章氏「朝日新聞」7月18日付)。

恒久制度であり、血縁の遠さも問わない。よって、元民間人の養子が民間から養子を取ることも、世代を超えて無限に可能だ。

女性皇族はどなたも1代限りで、悠仁殿下の系統も男系男子限定だから、失礼ながら長く続くことは難しいだろう。それにひきかえ、養子の系統は男子がいなくても、結婚できなくても、新しく養子を取ればよい。なので、エンドレスに続く。

国民の誰も望まない未来図

「30年ごとに見直しが行われる」規定(改正附則第6条第2項)もある。養子縁組の対象を旧宮家系に限らず、皇別摂家とか桓武平氏や清和源氏の子孫など、民間に実在する生物学的に皇統につながる人々にどんどん拡げて対処することも可能だ。

ほかに皇族がいなければ、元民間人の養子にそのまま皇位継承資格を認める制度変更もあり得る。

こうして今回の皇室典範の改正が空振りに終わらず、現実的に機能した場合、“皇統に属する男系男子”とされる民間人が、これまで皇室が大切に受け継ぎ、築き上げてこられた「国民と苦楽を共にする」高貴な精神や気風と無縁な形で、養子縁組という簡便な方法によって次々と皇族(?)になり、天皇(?)にもなるという、国民の誰も望まない未来図を想定しなければならない。

日本の皇族、2021年
日本の皇族、2021年(写真=外務省/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

リベンジを諦めていない政治家も

では皇室の将来に希望はないのだろうか。もちろんそんなことはない。いくつか具体的な理由を述べておこう。

まず衆院でも参院でも、理不尽な典範改正への明確な反対が見られた。とくに参院ではそれが顕著だった。野党第一党の立憲民主党がきっぱりと反対に回ったことの意味は大きい。腰砕けになって賛成の方針を決めていた中道改革連合でも、有力な議員らがそれに背いた。自民党ですら賛成しなかった議員が複数いた。これらの事実は軽視できない。

これまで、民意との乖離が激しすぎると批判されてきた永田町でも、皇位継承問題を正しく理解している政治家がいて、この問題と真剣に向き合おうしていることが伝わる。

政府・与党が可決を急がざるを得なかった理由の一つは、改正内容のデタラメさが国会内にも広く知れ渡ることを恐れたためだろう。

とりわけ心強いのは、良識ある政治家たちが皇室典範の“改悪”を阻止できなかったことに敗北感を抱きながら、それでも決してリベンジを諦めていないことだ。

次に、メディアの論調は総じて健全だった。「読売新聞」をはじめ「朝日新聞」「日経新聞」「毎日新聞」など、全国紙はそろって養子案に疑問を呈し、多くの国民が支持する「女性天皇」という選択肢を議論の俎上に載せようとしない全体会議の姿勢を批判した。ブロック紙や地方紙も同様だ。例外は部数が限られる「産経新聞」と「世界日報」ぐらいか。テレビの扱い方もおおむねまともだった。

集中的に行われた報道を通じて、一般の関心も高まり、理解も深まった。

改正典範には「次の改正」が織り込まれている

それらに加えて、改正典範の附則にわざわざ見直し規定(第6条)が入れられた事実がある。「30年ごとの見直し」(同条第2項)という部分だけが注目されて、あたかも30年間手つかずのまま放置されるかのような誤解がある。しかし、その前項に次の規定がある(同条第1項)。

「施行の状況を踏まえて所要の検討が加えられ、必要があると認められるときは、その結果に基づいて所要の措置が講ぜられるものとする」

極めて曖昧な条文だ。だからほとんど無意味な空文と錯覚してしまうかもしれない。だがそうではない。むしろ立法府が真に国民の負託に応える覚悟をもつならば、活用次第でこれまで述べてきたあらゆる弊害を是正できる、万能の条文になり得る。

しかも「必要があると認められるときは」とある。「30年ごと」とは別に、いつでも「所要の措置」をとることができる規定になっている。

これは、附帯決議に「必要があると認められるときは、適時適切な措置が講ぜられるものとする」とあるのと、対応している。欠陥典範を「適時適切」に是正するたしかな足がかりが、すでに与えられている事実を見逃してはならない。

さらに政府側の国会答弁でも、「(改正典範の規定は)立法府における将来の検討を先取りしたり、縛ったりする趣旨のものではない」(7月10日の衆院議院運営委員会での木原稔内閣官房長官の答弁)という発言が、繰り返されている。

「附則―附帯決議―政府答弁」のつながりによって、改正典範は成立のはじめから次の改正(改悪の是正)を織り込んでいる、珍しい法律であることが分かる。

「安定的な皇位継承」が確保されていない

その上、附帯決議には次の項目もある。

「安定的な皇位継承を確保するための方策について、引き続き、検討するものとする」

これは、養子案を恒久制度化しても「安定的な皇位継承」が必ずしも「確保」“されない”ことが、国会自身によって確認されたことを意味する。ならば安定的な皇位継承の確保策は、消去法によって一つしかないことになろう。

一夫一婦制で少子化なのに伝統でもない「男系男子」限定という、皇室典範が今回の改正後も抱え続ける構造的な欠陥を解消すること。すなわち女性天皇、女系天皇を可能にすることだ。

「愛子天皇」排除の決めゼリフはない

さらに興味深い事実がある。政府有識者会議の報告書でも衆参正副議長らによる全体会議の取りまとめでも、同じような趣旨の表現が繰り返されていた。それが附帯決議から外されている。

消えたのは、「今上陛下から秋篠宮皇嗣殿下、次世代の悠仁親王殿下という皇位継承の流れをゆるがせにしてはならない」という、(即位を望まれていない秋篠宮殿下や悠仁殿下にとっても迷惑な)「愛子天皇」の可能性を排除するための決めゼリフだ。

もちろん、附帯決議に法的拘束力はない。だが、このような表現が附帯決議でも繰り返された場合、「報告書→取りまとめ→附帯決議」の三者がリンクして、“心理的なバリヤー”になるのは避けにくい。

上記の三者の中で最も重い位置にある附帯決議に、その表現が入っていない。これは歓迎すべきだ。

「愛子天皇」という未来への希望

敬宮殿下は8月1日から2日にかけて、伊勢神宮の二十年ごとの式年遷宮に向けた伝統行事である「お木曳きひき」をご覧になるため、三重県にお出ましになる。また11月には、昨年のラオスに続く海外公務として、シンガポールを公式訪問されるご予定だ。

今後、そのように敬宮殿下がさまざまな機会を通じて人々の注目を集めるたびに、ご幼少の頃から天皇皇后両陛下のご薫陶をうけて育ってこられた直系の皇女として、その精神的な魅力がますます輝く。国民の期待と共感がより高まるのは、親=子の継承を基軸とすべき「世襲制」の必然だ。

その「国民の総意」をうけて、「安定的な皇位継承を確保」するために女性天皇、女系天皇を可能にする皇室典範の改正が「適時適切」になされたら、どうなるか。皇室典範がすでに採用している「直系長子優先」の原則(第2条)が、“男子限定”というゆがみを取り除き、しかも現在の欠陥ルールによる皇位継承順序を固定化することなく、そのまま適用される。

それによって、敬宮殿下がまさに「次代の天皇」として、皇太子になられる。その可能性は決して失われていない。

「愛子天皇」という未来への希望は、今回の最悪そうに見える典範改正それ自体の内部に埋め込まれている。