家計にもっともおトクな働き方は何か。税理士の板倉京さんは「“妻が扶養をはずれると損”という考え方が根強くある。しかし、年金を含む家庭の生涯年収を試算した結果から見えるのは、まったく別の答えだ」という――。

※本稿は、板倉京『女税理士が教える 女性のための自分の資産のつくり方』(BOW BOOKS)の一部を抜粋・再編集したものです。

通帳と照らし合わせ、考えている夫婦
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです

「扶養から外れると損をする」のか

あと少し働くと、年収の壁を超えてしまう。だから今月は、早めにシフトを切り上げる。せっかく仕事を頼まれたけど、断る。「損したくないから」―――そんな経験をした人もいるのではないでしょうか。

野村総合研究所の調査によると、パートで働く既婚女性の56.7%が「年収の壁を意識して働き方を調整している」と回答しています。また、同研究所の2025年1~2月の調査では、その調整をしている人の67.4%が「本当はもっと働きたい」とも答えています。

働きたいのに、働かない。

「扶養から外れると損をする」という、強烈なイメージが、女性たちにブレーキをかけているのです。

でもその「損」、具体的にいくらか、考えたことありますか?

とある夫婦のある日の会話

具体的な数字の話に入る前に、ある夫婦の話をさせてください。

妻は正社員として働き、家計の大黒柱。夫は個人事業をしながら、家事全般を担っています。夫は料理が得意で、掃除も洗濯も完璧。妻は仕事が好きで、責任あるポジションで働いている。ふたりは納得して役割を分担し、うまくやっているように見えました。

そんなある日、夫が嬉しそうに言いました。

「最近仕事の依頼が増えてきてさ。もう少し頑張れば、収入も増えそうなんだよね」

ところが、妻の反応は意外なものでした。

「あんまり頑張らなくていいよ。だって、あなたが稼ぎすぎると扶養から外れちゃうでしょ?」

夫は驚きました。「でも稼げるなら稼いだほうがよくない?」

妻は首を横に振ります。

「扶養を外れたら、社会保険料を払うことになるし、私の手取りが減るじゃない。私の会社から出る配偶者手当ももらえなくなっちゃう。だから、今のままでいいの。家事もちゃんとやってほしいし。無理しなくていいよ」

夫は困惑します。

「いや、無理とかじゃなくて、せっかく仕事が増えてきたから、ちゃんとやりたいだけなんだけど……」

妻はきっぱりと言いました。

「ううん、扶養の範囲にしておいて。そのほうがトクだから」

「扶養のトク」か「キャリア」か

どう思いましたか?

「稼げるなら稼がせてあげればいいじゃない」
「伸びようとしているのに、ブレーキかけなくても」
「目先の扶養のトクより、夫の将来のキャリアのほうが大事でしょ」

そう感じた人、多いのではないでしょうか。

実はこれ、私の友人の話です。

個人事業をしているのは夫ではなく、私の女友だち。「扶養の範囲にしておいて」と言ったのは、彼女の夫でした。友人はもっと働きたかった。仕事が増えてきて、収入も伸ばせるタイミングだった。でも夫に言われて、仕事を抑えていたのです。

男女を逆にすると、違和感がはっきりわかりますね。

男性に向けられたら変に聞こえる言葉が、女性には普通に向けられてきたのです。

このエピソードは、もうひとつ大事なことを教えてくれます。

扶養という制度は、働き方を制限し、キャリアの芽を摘んでしまう制度だ、ということです。

男性が働き方を制限されたら「もったいない」「目先の扶養より、やりがいと将来が大事だろ」と思うのなら、女性も同じではないでしょうか。

2つの大きな「扶養」制度

扶養とひとことでいっても、制度は2つに分かれています。「税金の扶養」と、「社会保険の扶養」です。

【税金の扶養】

配偶者(たいていは妻)の年収が一定以下の場合に、扶養する側(たいていは夫)の税負担が軽くなる制度です(扶養する側の年収要件あり)。実際に安くなる金額は年間5万~11万円程度。

「え、それだけ?」と感じた方、正しい感覚です。思っていたより少ない、というのが多くの人の感想です。

2025年度の税制改正で、配偶者控除の対象となる妻の年収が103万円から123万円に引き上げられました。配偶者特別控除も含めれば、年収160万円までは満額の控除が受けられます。「税金の壁」は実質的にかなり広がったことになります。

【社会保険の扶養】

インパクトが大きいのは、こちらのほうです。「壁」と呼ばれてきたのは、おもに2つ。「106万円の壁」と「130万円の壁」です。

ただし、この「106万円の壁」は2026年10月で撤廃される予定です。撤廃の背景には、「もっと多くの人に社会保険料を払ってもらいたい」「自分の厚生年金を持ってもらいたい」という国の思惑があります(詳しく知りたい読者は本書を手に取ってみてください)。

加入ルールはどう変わったのか

では、どう変わるのか。改正後の社会保険の加入ルールは、こうなります。

改正後(2026年10月以降予定)の新しいルール
一定規模以上の事業所で週20時間以上働く場合は、年収にかかわらず社会保険に加入する(学生でないこと、2カ月超の雇用見込みの場合)。

これまで「106万円」という年収で判断していたものを「週20時間」という働く時間で判断されることになります。

「年収の壁」が「時間の壁」に変わった、ということ。

壁を超えて社会保険に加入することになると、年収にもよりますが、年間16万円程度以上の社会保険料が自己負担になります(収入が増えれば負担も増えます)。

▽130万円の壁(これはそのまま残ります)

規模の小さい事業所や個人事業で働く場合、また週の労働時間が20時間未満の場合は、年収130万円(60歳以上は180万円)を超えると夫の社会保険の扶養から外れます。自分で国民健康保険と国民年金に加入すると、年収130万円で、約32万円(年)の負担(40歳以上の場合)が発生します(収入が増えれば負担も増えます)。

なお、「うっかり残業で130万円を超えそう」という心配を減らすため、2026年4月から判定方法が変わりました。労働契約上の年収が130万円未満であれば、繁忙期の残業などで一時的にその年収を超えても扶養から外れない扱いになります。

整理すると、改正後の「壁」はこうなります。

・週20時間以上、一定規模の会社で働く
 →年収にかかわらず社会保険加入

・週20時間未満、または小規模事業所・個人事業で働く
 →年収130万円が壁

改正後も、扶養から外れると、年間約16万円以上(国保・国民年金なら約32万円)の社会保険料の負担が発生するという事実は変わりません。

でも、それって、月に換算すると、1~2万円強です。

この金額のために、多くの女性がシフトを切り上げ、仕事を断り、昇進を避けているとしたら、これって本当にオトクなんでしょうか?

月1~2万円のために失っているもの

月1~2万円強を守るために、何を失っているのか。

東京都「東京くらし方会議」が発表した試算を見て、私も正直驚きました。

左の表をご覧ください。この試算は、妻の働き方パターン別に、世帯の生涯収入(給与+年金、89歳までの累計)を比較したものです。前提は、以下の通り。

夫の年収・年齢の条件はすべて同じ。妻は31歳まで夫と同じ年収で働き、31歳で出産したと仮定。

①の「フルタイムで継続して働いていた妻」と④の「出産後専業主婦」の世帯の生涯年収の差は、約1.9億円。

①と③の「パート勤務」の差は約1.6億円。

【図表】世帯の生涯収入(妻の働き方パターン別)
出所=「東京くらし方会議」資料をもとに著者作成

扶養に入ることで払わなくてすむ社会保険料の金額を、仮に35年分で計算すると約560万~1120万円。

板倉京『女税理士が教える 女性のための自分の資産のつくり方』(BOW BOOKS)
板倉京『女税理士が教える 女性のための自分の資産のつくり方』(BOW BOOKS)

扶養にこだわるということは、この金額と引き換えに、2億円近い将来の収入を手放していることといえます。

夫の条件はどのパターンでも同じ。ということは、この収入差は、妻の働き方だけによって生まれる差です。失っている2億円近い金額は、妻自身が稼げたはずの金額なのです。

「扶養がトク」というイメージが、いかに数字とかけ離れているかがわかります。

そもそも社会保険料を払うのは本当に損なのか、働き損にならない年収はいくらなのか。詳しくは本書に譲りますが、まずはこの数字を知ることが、「なんとなく損らしい」ではなく、自分の意思で働き方を選ぶ第一歩になります。