自民党の中曽根弘文・憲法改正実現本部長は28日、富山県高岡市での講演で、皇族数確保策をめぐる議論に触れ、天皇陛下の長女・愛子さまによる皇位継承について「あり得ない」と述べた。翌29日、「言葉が適切でなかった点があった。反省している」と党本部で釈明するに至る。皇室史に詳しい島田裕巳さんは「これは、悠仁親王とその配偶者の女性は『男子を産まないといけないという、すごいプレッシャーがある』と言うに等しい発言だ」という――。
講演する自民党の中曽根弘文憲法改正実現本部長=2026年6月28日午後、富山県高岡市
写真=時事通信フォト
講演する自民党の中曽根弘文憲法改正実現本部長=2026年6月28日午後、富山県高岡市

中曽根氏「男児プレッシャー」発言の顛末

自民党の中曽根弘文憲法改正実現本部長が富山県高岡市で行った講演の内容が物議をかもしている。

中曽根氏は、自民党の参議院議員で、かつての首相、中曽根康弘氏の子息である。康弘氏のほうは衆議院議員だったので、選挙区が異なり、厳密には「世襲議員」とは言えない。だが、康弘氏が首相だったときに初めて参議院に出馬しており、その威光を背景にしていることは間違いない。

中曽根弘文氏は、講演で愛子内親王が天皇に即位することは「あり得ない」とまっこうから否定した上、「愛子さまが天皇になったら、結婚する人もいない」と述べ、さらには、天皇になった愛子内親王には、「男子を産まないといけないという、すごいプレッシャーがある」と指摘した。

現在、国会では皇族数の確保をめぐる議論が進められ、皇室典範の改正へむかっている。ただ、高市首相の国会運営をめぐって野党からの反発は強く、与野党対立は激化している。今国会の会期は7月17日までしかない。

皇室典範の改正をめぐっては、当初、「静謐な環境」のもとで審議を進めるとされていた。だが、今や、とてもその状況ではなくなっている。与野党のなかに改正案そのものに対する反対意見も少なくない。

しかも、審議が進めば進むほど、国民の間では、女性天皇や女系天皇を認めない改正の動きに対して批判が強く唱えられるようになり、「愛子天皇」待望論は、かつてないほど高まっている。

国民を相当バカにした発言

中曽根氏は、そうした想定外の現状に危機感を抱き、なんとか“待望論”を鎮静化させようと、そうした発言を行ったのかもしれない。

その後、中曽根氏は、党本部で記者団に対して「言葉が適切でなかった点があった。反省している」と述べたものの、国民はそこに、皇室典範の改正に邁進している自民党の議員の「焦り」を見いだしたはずである。

講演のなかで中曽根氏は、今の国会での議論で女性天皇のことが議題に挙げられていないにもかかわらず、それに触れ、「人気投票ではない。国家の天皇陛下を決める皇位継承をどうするかの議論であり、冷静に法律にのっとって論議しないといけない」と強調した上で、「まず法律をしっかり国民に知っていただかないとおかしな方向に議論が行ってしまう」と語っていた。

つまり、「愛子天皇」待望論は、国民の法律に対する「無知」にもとづいているというのだ。その発言自体、国民を相当にバカにしたものである。

皇室典範改正の推進論者のなかには、国民の多くは女性天皇と女系天皇の区別ができていないと発言することが多い。これも、国民をバカにしたものである。

これだけ長く論議が行われ、それが注目されているわけだから、国民はその違いをはっきりと認識している。その上で、女性天皇だけではなく、女系天皇を容認しているのだ。むしろ、政治家には都合が悪いかもしれないが、女系での継承を望んでいるのかもしれないのである。

「悠仁さまが天皇になったら」もまた然り

中曽根氏を含めた保守派は、秋篠宮家の悠仁親王まで皇位が継承されていくことをゆるがせにしてはならないと、それを前提としている。

ところが、逆にそれは、悠仁親王のさらに先を危うくしている面がある。それが可能になるには、まず悠仁親王が結婚し、子どもをつくらなければならない。しかも、男の子が生まれなければ、男系での皇位継承はそこで途切れてしまう。

そうした状況にある悠仁親王と結婚する女性は果たして現れるものなのだろうか。「悠仁さまが天皇になったら、結婚する人もいない」かもしれないのだ。

そして、悠仁親王とその配偶者の女性は、「男子を産まないといけないという、すごいプレッシャーがある」ことになる。このプレッシャーは、雅子皇后を長年にわたって苦しめてきたことでもあった。

血による継承にこだわれば、どうしてもそうした考えに行き着く。これが、皇室にさまざまな問題を生む根源にもなっているものだが、中曽根氏は改めて、そのプレッシャーを皇室の人々にかけたことになる。

“後だしジャンケン”の男系継承ルート

政治家が考えていることは、とにかく男系での継承であり、その点で、皇室の人々をそのための道具としてしか見ていないところがある。

そのことは、ここまでの国会での議論に如実に示されている。

とくに、その点で注目されるのが、木原稔官房長官が、最後の最後になって、旧宮家から養子に入った男性に男の子が生まれた場合、その子どもは「皇位継承の資格を持つ」との認識を示したことである。

自民党の木原稔氏
自民党の木原稔氏(2023年)(写真=防衛省・自衛隊ホームページ/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

これについては、報道では言われてきたが、国会での議論では明確には示されていなかった。問題は、そのことが「後出しジャンケン」のような形で出てきたことである。とかくそこに、皇室典範の改正を推し進めようとする「本心」が示されているものである。

その点で、政府・自民党は周到な準備を行った上で、最後にこれを持ち出してきたのではないだろうか。その養子の子孫の男子に将来は皇位を継承させ、天皇に即位してもらいたい。それが本当の狙いかもしれないのだ。

そこまで準備が行われてきたのだとすれば、すでにその先も用意されている可能性が考えられる。

麻生太郎氏と皇室の近すぎる関係

宮内庁などは、皇室典範の改正が行われ、旧宮家からの養子が実際に可能にならなければ、該当する家や個人に対してアプローチすることはないとしている。

該当する男子がどれだけいるのか。また、養子に入る意思があるのかどうか、宮内庁は、改正後になってその作業に着手するというのである。

たしかに、宮内庁としてはそうした方針で臨んでいるのかもしれない。だが、宮内庁以外の政府関係者や政治家が、すでにアプローチしている可能性はいくらでも考えられる。報道のなかでも、養子になる意思を持っている男性がいると伝えられてきた。

それは、改正を是が非でも推し進めようとする人々の願望なのかもしれないが、実際にアプローチが行われ、好感触を得ている可能性があることも否定できない。

なにしろ、皇室典範の改正に最も熱心な麻生太郎氏の実の妹は、三笠宮寬仁親王妃家の信子妃である。信子妃と、生前の寛仁親王との仲は最後、かなり険悪なものになっていたとされる。それで、信子妃と、実の娘であり、今は三笠宮家の当主となっている彬子女王との関係が断絶状態になっているものの、彬子女王やその妹、瑶子女王が、麻生氏の姪であることは間違いない。

最近では、もし養子が現れた場合、三笠宮寬仁親王妃家に入ることになるのではないかと言われる。三笠宮家ももちろん考えられるが、ほかの常陸宮家や高円宮家となると、こちらは麻生氏とは直接の関係はないであろう。

自民党の麻生太郎氏
自民党の麻生太郎氏(2016年)(写真=Pollyanna1919/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

「旧宮家養子案」のその先の絵図

こうした流れで話が進んできた以上、すでに養子として入る旧宮家の人間は決定済みなのではないだろうか。

しかも、その男性は成人していて、結婚相手も決まっているのかもしれない。養子になるには未婚でなければならないが、養子に入れば、結婚できる。

養子が現れ、養家が決まり、さらにその後には養子男性が結婚する。そこまで、話が進んでいたとしても何ら不思議ではない。

逆に、そこまで準備が進んでいなければ、いくら皇室典範を改正し、旧宮家からの養子が認められるようになっても、いっこうにその候補者が現れない可能性がある。というのも、今回の改正のなかでは、皇族をこれまで以上に皇室に縛る方向性が示されているからである。

それは、養子になって皇族の一員となった男性は、二度と皇室を離れられないと規定されているからである。養子に入った男性は、天皇直系の孫までにはならないため、「親王」にはならず、「王」である。現在の皇室典範では、その第11条で、「年齢十五年以上の内親王、王及び女王は、その意思に基き、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる」と定められている。ここでは親王ははっきりと除外されている。

つまり、王なら、自分の意思で皇室から離れることができるのだが、改正案では、それができなくなる。それは、養子に入ることの壁をより厚いものにしている。

また、改正案では、女性の皇族について、結婚後も皇族の身分を保持するとされている。現在の内親王や女王についてはその例外とされているが、これから生まれてくる内親王や女王は、たとえ自分の意思があっても、生涯皇室を離れられないのだ。

たしかに、皇族数を確保するには、男女を問わず、皇室を離れてもらっては困るわけで、そうした規定が改正案に盛り込まれたのであろう。

それは相当に恐ろしいことではないか。

「格子なき牢獄」への皇室典範改正

戦後、皇室のあり方が戦前とは大きく変わったことを踏まえ、昭和天皇の末弟である三笠宮崇仁たかひと親王は、著書のなかで、「それまでの不自然きわまる皇室制度――もしも率直に言わしていただけるなら、『格子なき牢獄』――から解放された」と書いていた。

三笠宮崇仁親王
三笠宮崇仁親王(1915~2016)(写真=Brazilian National Archives/PD Brazil Government/Wikimedia Commons

崇仁親王は学者肌で、戦後はその方面で大いに活躍することになるが、戦前は軍人として活動することを強いられ、しかも、その身分は秘密にされ、「若杉参謀」という偽名で任務に就いていた。

そうしたことを踏まえての発言だが、今回の皇室典範改正案は、皇室をふたたび「格子なき牢獄」に逆戻りさせるものではないだろうか。崇仁親王は満100歳で亡くなってしまったが、今も存命なら、そうした苦言を呈したことであろう。

「格子なき牢獄」を作ってまで、養子案を推し進めようとしているのは、すでに、すべてが準備されているからではないだろうか。「格子なき牢獄」が出来上がった後に、養子を募集しても、誰も応じるはずはない。

なんとも恐ろしい動きが、あまりにも拙速に進められている。