天皇、皇后両陛下は6月13日から26日まで、国賓としてオランダとベルギーを公式訪問している。皇室史に詳しい島田裕巳さんは「それに先立つ11日の記者会見において、皇族数確保策について異例の発言をされたが、そこに今上天皇の『怒り』があるといわれている」という――。
即位礼正殿の儀(2019年10月22日)
即位礼正殿の儀(2019年10月22日)(写真=首相官邸/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

今上天皇の静かな「怒り」の原因

「天皇がお怒りになった」

6月11日、天皇はオランダとベルギーへの公式訪問を前に記者会見に臨んだ。その際、国会で行われている皇族数確保の問題について記者から問われ、そうした議論が「国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」と述べた。ここに、天皇の「怒り」が含まれるのではないかと各方面から指摘されている。

今進行中の議論に、天皇が自らの考えを表明するのは異例のことである。

わざわざ「国民の理解が得られるもの」と求めたことは、天皇の認識として、議論はその方向にむかっていないということになる。間接的な形ではあるが、国会での議論に異議を申し立てているのである。

静かな、怒りである。

その原因は国民の側で推測するしかない。だが、皇室典範の改正をめざす人間たちが、「男系男子による継承」という血統のみを重視し、天皇や皇族の在り方や行動についてまったく関心を持っていないことが、天皇に問題視されているはずだ。

その証拠に、この記者会見において、天皇は皇室外交の意義を強調した。それもとくに、訪問先となるオランダとの戦後における関係が複雑だからである。それを今日のような友好的なものにする上で、皇室の果たした役割は相当に重要である。

日本とオランダの悲喜こもごもの国交

オランダに到着した天皇皇后は、王室の別邸であるヘット・アウデ・ロー城に滞在し、そこで、ウィレム・アレキサンダー国王夫妻とともにサッカーのFIFAワールドカップ、日本対オランダ戦をテレビ観戦した。

その際に、どちらもそれぞれの国を象徴するタオルを首にかけ、4人で写真におさまったものが公開されたが、アレキサンダー国王は天皇との自撮り写真まで王室の公式インスタグラムに投稿している。

これで、両国の関係がいかに良好なものであるかが強調されたものの、そこに至るまでの過程は決して平坦なものではなかった。

というのも、第2次世界大戦において、日本軍は、オランダ領東インド(現在のインドネシアにあたる地域)に侵攻し、そこを占領したからである。しかも、日本軍はオランダ人を強制収容所に収容し、その数は軍人と民間人を合わせ約13万人におよび、多くの死者も出た。

ワールドカップを仲良く観戦している光景からは想像もできないが、日本はオランダの人々を深く傷つけたわけで、天皇はそのことに記者会見でも、オランダでの17日(日本時間18日)の晩餐会でも言及した。

そうした過去があったため、1971年に昭和天皇がオランダに立ち寄った際には、日の丸が焼かれるなどの抗議活動まであったのだ。そこから物語がはじまる。

皇室が外交に果たす役割の大きさ

そうした両国の関係を変える上で決定的に重要な役割を果たしたのが、現在の上皇夫妻が天皇皇后として2000年にオランダを訪れたことだった。夫妻は、戦没者記念慰霊塔に献花し、その際に1分間にわたって黙祷を捧げた。この光景はオランダ全土にテレビ放送され、新聞でも一面トップで扱われた。

上皇后は、このときのことを「慰霊碑は白夜に立てり君が花抗議者の花ともに置かれて」と歌に詠んでいる。その場には、抗議活動をするオランダの人々がいて、夫妻が献花した後、それに続いたのである(井上亮『比翼の象徴 明仁・美智子伝〈下巻 平成の革命〉』/岩波書店)。

こうしたことがあり、オランダの人々の反日感情は次第に鎮静化し、現在では両国の関係はかなり良好なものになっている。

オランダ王室の側も、2006年に、当時の雅子皇太子妃の療養のために、愛子内親王を含めた皇太子一家をオランダに招いている。その療養先が、今回滞在しているヘット・アウデ・ロー城である。しかも、天皇とオランダ国王は「水」の問題について関心を共有している。天皇は、先日台風6号が上陸する2日前に、東京・荒川の岩淵水門を視察している。オランダでも、国王とともに水関係の研究所を訪れている。

滞在先のオランダで、王室馬車庫を見て回り笑顔の皇太子ご一家。左はベアトリックス女王=2006年8月18日、アペルドールン
写真提供=共同通信社
滞在先のオランダで、王室馬車庫を見て回り笑顔の皇太子ご一家。左はベアトリックス女王=2006年8月18日、アペルドールン

もしこうした経緯がなければ、サッカーの強豪国であるオランダが、格下の日本と引き分けたことで、騒ぎが持ち上がっていたかもしれない。皇室が外交という場面において果たす役割は、極めて大きいのだ。

旧宮家の養子案が生む「皇族予備軍」

11日の記者会見において、皇族数の確保についての議論に対する天皇の見解が求められたのは、最後の場面だった。

もちろん、天皇がそれに直接答えることは難しい。だから、制度に関わることについては、自分から「言及することは控えたい」と前置きしているわけだが、その発言に至る前段では、国際親善を含め、皇室の果たす役割の重要性が強調されていた。

天皇が、国民の理解ということを持ち出したのも、国会での議論において、そうした皇室の役割の重要性についての議論がまったく欠けているからである。

しかも、とくに保守派がその実現に力を入れている旧宮家の養子による皇族復帰の案は、あまりにも多くの問題を抱えており、とうてい皇族数の確保に結びつくようなものではない。そこに天皇も懸念を持っているはずだ。

どこが問題なのだろうか。

皇室典範が改正され、旧宮家からの養子が可能になると、そこに「皇族予備軍」が生まれる。それは将来において皇族になる可能性がある人々の集団である。そんな集団は、これまでまったく存在しなかった。

一般の養子の場合、養親より少しでも年齢が下であれば可能だ。夫婦でも養子に入ることができる。ということは、皇族予備軍には、旧宮家に属する人たちのほとんどが含まれるのだ。

恒久的な皇族予備軍が何をもたらすか

それは数十名にも及ぶ可能性がある。10代、20代の若い世代に絞ったとしても10名を超える。さらにこれから、新たにそうした家に子どもが生まれれば、数が増えていく可能性がある。

いったん皇室典範の改正がなされれば、それは恒久的なものになる。年月をおいて見直す可能性も言われているが、少なくとも、そのときまで皇族予備軍はそのまま存続する。そこから養子に入る人間が現れたとしても、次にまた現れる可能性があり、皇族予備軍がなくなることはない。

当然、皇族予備軍に対しては世間の関心がむく。各種のメディアは、養子になる意向があるのかどうかを取材するため殺到することであろう。世の中は、物事の決着がつくまでの間、未解決の問題には強い関心を持ち続けるものである。

しかも、養子になる年齢は、本人の意思が確認できる15歳以上になるとも言われている。となると今、2、3歳の幼児であれば、これから十数年にわたって皇室予備軍の有力候補として扱われる。世間の目は、そこにずっと注がれるはずだ。

2014年1月2日の新年一般参賀にて
写真=iStock.com/brize99
※写真はイメージです

「宮家の養子」になる人物に起きること

旧宮家の人々にしても、自分たちが承諾しないまま、いきなり皇室予備軍に加えられてしまうのだ。

それ自体が人権侵害ではないか。そうした声が上がる可能性がある。

また、そうした立場にある人間は、世間の嫌がらせを受けたり、さらにはテロの標的になる危険性もある。

かつて上皇夫妻が沖縄を訪れたときには、過激派から火炎瓶を投げつけられた。悠仁親王の学校の机に刃物が置かれていたこともある。誰かから危害を加えられることを、皇族予備軍は絶えず警戒しなければならない。

そうした状況に置かれることで、それならいっそ養子になったほうがいいと考える皇族予備軍も出てくるかもしれない。

ところが、養子を迎え入れる宮家は、そもそも数が限られている。

上皇家、天皇家、秋篠宮家は除外されるとも言われる。それも当然で、上皇家に養子に入れば、天皇と兄弟になる。天皇家なら、愛子内親王の弟になり、天皇の子どもになるわけだから、皇位継承権を与えないのはひどく不自然である。秋篠宮には悠仁親王がおり、その弟というのも立場としては難しい。

三笠宮家、三笠宮寛仁親王妃家、高円宮家だと、女性ばかりの宮家で、そこに若い独身の男性が養子に入るのは考えにくい。住居のことを考えれば、それは明らかだろう。まさか、10代後半の若者が、赤坂御用地で一人暮らしができるものではない。

となると、どうなるのか。

高市首相や麻生副総裁が強く嫌うこと

唯一、子どものいない常陸宮家だけが養子を迎える可能性がある。常陸宮家を継げるのは一人だから、旧宮家からの養子の定員は「一名」になる。

常陸宮家に複数の養子が入り、一番年齢が上の人物が宮家を継いだ後、ほかの養子が別の宮家を設立することもないわけではないが、それはまったく想定されていない。

それに、養子に入ったからといって、すぐに皇族として活動できるわけではない。それは、何代か前の先祖に歌舞伎俳優がいる人間が、いきなり歌舞伎界に入り、すぐに舞台に立てと言われるようなものである。

天皇が記者会見で、皇族の果たしてきた重要な役割を強調したのも、そうしたことを見据えてのことだったはずだ。だからこそ「国民の理解が得られるもの」を、と強調したのである。

誰が、旧宮家から養子に入るのか。

それに世間の関心が集中してしまえば、その分、天皇や皇族の活動についての関心は薄れていく。すでに〈麻生太郎は「愛子天皇」を心底怖れている…"悠仁さまの資質"問題を避け続ける政権に国民が抱く強烈な違和感〉で述べたように、高市首相や、皇室典範の改正論議で中心的な役割を果たしてきた麻生自民党副総裁は、むしろ、天皇や皇室の活動が目立つことを嫌っている。

まして、愛子内親王へ国民が強い関心を持ち、「愛子天皇」待望論が高まることを強く警戒している。

“本丸”を隠しての皇室典範改正議論

そもそも旧宮家の養子案は、「女性・女系天皇」を阻止するために持ち出されてきたもので、皇族数の確保は本当の目的ではない。だからこそ、養子にともなうさまざまな問題が議論されていないのである。

すでに週刊誌などの取材に対し、旧宮家の人々は皇族への復帰は望まない、それは難しいと答えている。女性天皇でいいのでは、という声さえある。

これから将来にわたって皇位継承を安定化させるとともに皇族数を確保することは難題で、正解があるわけではない。

しかし、万が一、天皇不在の状況が生まれれば、日本の国の在り方は危ういものになる。それを防ぐためにも、天皇や皇室の在り方について根本からの議論が必要である。その際には当然、女性天皇や女系天皇のことも論じなければならない。

皇室典範改正を急ぐ政治家は、そうした議論を避けるために、男系男子での継承に固執し、なんとしても養子案を実現しようとしている。本心を隠しての議論だから、問題は続出する。

天皇がそれに怒ったとしても、何ら不思議ではないのである。

FIFAワールドカップ2026のグループリーグ初戦をテレビ観戦した天皇皇后両陛下とオランダ国王王妃両陛下(出典=宮内庁Instagram[@kunaicho_jp])