心穏やかに老後を過ごすためには、どんなことに気を付けるべきか。介護・暮らしジャーナリストの太田差惠子さんは「自分らしい老後の姿を早くから考えておく方が安心。いつまでも、頼れる家族がいるとは限らないし、親子間で理想とすることも異なる」という。『ひとりでも大丈夫! 私らしく生きるための「自分介護」』(PHP研究所)の出版を機に、ライターの吉田潮さんが、太田さんに取材した――。(第1回)
太田差惠子さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
太田差惠子さん

「終活」よりもずっと大事な「自分介護」の準備

60代~70代に向けて、いわゆる終活本が流行っている。お墓やら葬式やら遺言やら生前整理をしておくという内容だ。つい手にとってしまいそうなものだが……。太田差惠子さんは「終活の前に、まず自分が介護される側になるという想定が抜け落ちています」と言う。

「認知症になる可能性もあれば、寝たきりのような状態が長く続く可能性もある。死ぬまでの何年間か、介護が必要になるかもしれないのに、そこをすっとばして、先に死後の心配をする人が多いです。確かに、財産やお墓のことで残された家族が困るケースもたくさん見てきましたが、いずれ自分自身の心身が弱っていくという現実からは目を背けないほうがよいと思います」(太田さん、以下すべて同)

太田さんは「頼れる人がいてもいなくても、できることは自分で準備しておく方が良い」という。さらに、自宅で介護サービスを受けたり、もしかしたら施設に入ることも想定し、家族と話し合っておくことも重要とも話す。

不本意な施設に入れさせられる

例えば、自分自身、あるいは親子、夫婦間で『ひとりでトイレに行けなくなったら施設ね』と決めておくのも良いだろう。

自分の希望や事務手続きに必要な事項は、先んじて書き出しておくとよいのかもしれない。

「『これ以上、在宅で支えるのはムリ』となると、子が(子のいないケースでは甥や姪など)、住み心地やその人らしさは二の次に、施設をさがしてとりあえず空いているところに決めるでしょう。それほど、家族に介護が必要となると、切羽詰まるのです。

でも、もし当人が事前に自分でちゃんと施設を調べて、見学もして、支払いも問題ないとわかったうえで希望を伝えておけば、家族や親族は、可能な範囲でそこに向かって動いてくれるでしょう。結局は『どうしたいのか』『何ができるか』を当人が明確にしておくこと。それが自分介護の基本です」

「家を売って施設に入れて」は簡単じゃない

自分が施設に入ることを想定しているなら、まずは資産状況を確認したいところだ。高齢者施設もさまざまな種類があり、月額利用料にもかなり幅がある。いざとなったら自宅を売って、と考えがちだが……。

「子どもがいる人は、よく『迷惑をかけたくない』とおっしゃるけれど、子どもがちょっとぐらい何かしてくれるのは当たり前と思っているふしもあります」

「しばしば聞くのが『自分に何かあったら家を売って施設に入れて、と子どもには言ってある』という言葉です。しかし、心身が弱り判断力が低下した場合、子とはいえ、親名義の家を売るのは容易なことではありません。準備なしには売却などできないのです。売却できなければ、介護費用は、誰が、どう工面することになるのでしょう」

確かに、家を売るには手間と時間がかかる。査定の依頼、業者や売却方法の選択、内見の立ち合いや値段交渉、事務手続きなどなど。そもそも、不動産を売却する権限は、その所有者にしかない。親が認知症になり、判断力が低下してしまった場合、子どもであっても代理での売却は原則できないのだ。本気で、売却を考えるなら、元気なうちに、任意後見制度や家族信託などの利用を検討する必要があるだろう。

一人分の食事
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親族の承認を得るだけで100万円

ここから、自分介護の観点がないまま「自分らしい老後」が難しくなってしまったケースを見てみよう。

ケース1 名義人が24人、承諾を得るために1年以上、100万円かかった

Kさん(60歳)は代々続いた家業を自分の代でたたんだ。80代の親の介護資金のためにも、店舗のあった土地を売却しようと考えた。ところが、名義人は顔も知らない遠い親戚を含めて24人もいたことが判明。売却するにはすべての名義人の承諾が必要で、素人には不可能。結局司法書士に依頼し、1年がかりで調査料含めて約100万円の出費に。「父がもっと前にきちんと処理してくれれば……」と恨み節のKさんだが、子どもに負担をかけずに済んだのでほっとしているという。

そう簡単に売れない“ワケアリ”物件があることも知っておいてほしい。家に関する諸問題はきっちり片付けておくことを勧める。子どもに負の遺産や“負”動産を残して一生恨まれないように!

老親にとって、もっとも避けたいこと

自宅か、施設か、自分らしく過ごせる終の棲家をどう想定するか。そこにもうひとつの選択肢、「子どもと同居」が浮上することも。子どもが親のためを思って提案してくれたものの、親にとっては「ありがた迷惑」なケースもあるという。

「子どもから『同居しよう』と言われて、断ることができずに同居した結果、自分らしい老後どころじゃなくなったという声は案外多いです。

愛着のある我が家に息子家族が住み始めて、いい部屋は孫たちに譲らざるをえなくなる。結果的には、自分の意志とは関係なく、日当たりの悪い北側の部屋を使うことになったり、老人ホームに入ることになったり。言葉は悪いですが、結果として、家も財産も息子一家にすべて乗っ取られたような人もいました」

撮影=プレジデントオンライン編集部
太田差惠子さん

ひとり暮らしにやや不安を感じてはいるものの、自分のペースで暮らせるなら……。やたら年寄り扱いされるのも腹が立つし、孫の面倒まで押しつけられたらたまったものではない。断ることはできないものなのか?

「老親にとって、もっとも避けたいことの1つは、子どもとの関係がこじれること。同居の提案は、長男意識の強い息子から老母に行われるケースが多いです。親とすれば、せっかく息子が親孝行な気持ちで同居を提案してくれるのに、無下に断れない。ある意味、子どもから同居を提案されることは『踏み絵』のようなものなのでしょう」

「何もしないで!」と怒鳴る娘

ケース2 家族と一緒でも孤独を感じる老後

地方に住む70代のYさん、足が弱ってきてはいるものの、自立した生活を送ってきた。都市部に住む40代の息子から同居を提案され、悩んだ挙句、同居することに。『今断ったら、具合が悪くなったときに二度と言ってもらえなくなる』と、多少の計算も働いたという。

息子夫妻は共働きで忙しく、中学生の孫も手が離れている。慣れ親しんだ土地を離れ、周囲に友達もいない。家族と暮らしていても孤独で寂しい。自分の居場所がない家で、泣きながら後悔する日々だと言う。

息子のケースと違って、母親と娘の場合はどうだろうか。嫁とはうまくいかなくても、実の娘ならば……と思いがちだが、逆にアタリがきつくなる可能性も高い。

夜にストレスを感じる女性
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ケース3 役立たず扱いされる苦悩

要介護1の母親(80代)に、娘(50代)が同居を提案。『少しでも役に立ちたい』と、家事を手伝おうとする母。ところが、皿洗いをしても油汚れがついたまま。洗濯物はシワシワのまま干し、娘からすれば二度手間に。『やらないで!』『じっとしてて!』『何もしないで!』と怒鳴る日々。

実の母娘だからこそ遠慮ない言葉をぶつけてしまう。母の動作がいちいち遅いことも、忙しい娘を苛立たせる。母は主婦で家事をすべてこなしてきただけに、プライドが傷つけられる。まるで役立たずと娘に罵られているようで、精神的に参ってしまったという。

別居の方が幸せだったかも

「結構多いんですよ、母と娘の同居では。たぶんこのケースで言えば、別居したままで、訪問なり通所なりの介護サービスをたくさん受けていたほうがお母さんは幸せだったというか、心穏やかに暮らせたかもしれませんね。年齢を重ね、子ども家族のペースに合わせて生活することはなかなか難しい。家族にとって“迷惑な人”になってしまうと、悲しいですね」

もちろん、親と子の同居がうまくいく場合もある。ただ、どちらかが自分らしさを失ったり、時間やお金の損失に不満を感じるような同居生活は、やがて破綻しかねない。別居・遠方のほうがうまく回るケースもたくさんあるという。

子どもとの同居は、「万が一の安心感」と「想定外の孤独やストレス、プライドの消失」を天秤にかけて、慎重に考えたほうがよさそうだ。そして、同居を選ばないとすれば、介護の必要度合いが高まれば、施設という選択肢は、より現実味をおびてくることになる。

100歳まで生きることを想定すべき

老後は思う以上に長い。亡くなる人がもっとも多い年齢は、厚生労働省の令和6年簡易生命表によれば、女性は92歳、男性は88歳だ。

太田差惠子『ひとりでも大丈夫! 私らしく生きるための「自分介護」』(PHP研究所)
太田差惠子『ひとりでも大丈夫! 私らしく生きるための「自分介護」』(PHP研究所)

「2050年には100歳以上の方が47万人にもなると予想されています。105歳くらいまで生きると想定して、自分らしさを失わずに生きるためにはどうすればいいかを考える必要があるでしょう。なるべく、介護を寄せ付けないからだを作るために、生活習慣を見直すとか、運動するとか。それでも、介護が必要になったら、最期まで自宅で過ごしたいのか、施設に入りたいのか。自宅ならあと数十年維持できる家かどうか。そのとき、誰にサポートしてもらうのか、など具体的に考えておきたいものです」

100歳ともなれば、子も、そろそろ後期高齢者だろう。いま、配偶者やパートナーがいても、また子がいても、そのとき頼れるとは限らない。