皇族女性と結婚する男性は現れるのか
今国会では、皇位継承の安定化、皇族数の確保をめぐって議論が本格化する気配を見せている。
有力な案として挙がっているのは、旧宮家の男子を養子とするというものと、女性宮家の創設である。
女性宮家の場合、現在皇室の一員となっている内親王や女王が結婚することが前提になる。現在の皇室典範の規定では、結婚した女性皇族は皇室から去ることになっている。それを改め、結婚後にも皇室にとどまってもらおうということである。
仮にこの方向で皇室典範が改正され、女性宮家の創設が可能になったとき、本人の意思が尊重されるのが大前提である。ただ、皇室の女性はこれまで皇族としてさまざまな役割を果たし、そこにやりがいも見いだしているであろう。その点では、女性宮家の創設には積極的に応じるのではないだろうか。
議論になっているのは、配偶者や子どもを「皇族」とするかどうかである。
こうした改正がなされるのか否か、それが確定しない間は、独身の皇族女性も結婚に踏み切るのは難しいであろう。議論にも影響を与える可能性があるからである。
その点でも、早急に議論をまとめる必要があるが、果たして皇族女性と結婚する男性が現れるのかどうか、それは国民誰もが気になるところである。
しかもそこには、秋篠宮家の眞子元内親王の結婚のときの問題が影を落としている。それは本人たちの責任というわけではないのだが、皇族女性の結婚にまつわる難しさが露呈したことは間違いない。
眞子元内親王と愛子内親王の違い
今回は内親王の結婚に話を絞ることにするが、戦後に結婚した内親王は全部で5人である。ほかに、昭和天皇の第1子である成子内親王は戦時中に結婚していた。相手は、東久邇宮家の盛厚王で、戦後に皇籍臣下している。
昭和天皇の娘としては祐子、和子、厚子、貴子の各氏がいるが、祐子内親王は夭折している。和子内親王は摂関家出身の鷹司平通氏と、厚子内親王は岡山県の旧藩主家の出である池田隆政氏と、貴子内親王は薩摩藩主の出である島津久永氏と結婚している。いずれも元華族の家である。
今上天皇の妹である清子内親王の結婚相手は黒田慶樹氏である。黒田氏は学習院は出ているものの、旧華族の家ではなかった。ただし、祖父は旧華族から妻を迎えているし、その長女も旧華族の家に嫁いでいる。
眞子元内親王の結婚相手である小室圭氏の場合、そうした背景はない。まったくの一般人である。そこに、2人が結婚することのそもそもの難しさがあったのかもしれない。
眞子元内親王が、旧華族とはいっさい関係のない男性と結婚するにあたっては、学習院以外で子どもたちを学ばせる秋篠宮家の教育方針が大きく影響したことだろう。小室氏は、国際基督教大学における眞子元内親王の同級生だった。
そこでは、幼稚園から大学までずっと学習院の愛子内親王とは経てきたルートが根本的に違う。
愛子さまに結婚相手を紹介できる人物とは
では、愛子内親王に結婚相手が現れるとして、それはどういった形をとることになるのだろうか。
今の若い世代は、マッチングアプリで交際相手を探し、恋愛結婚することが増えてきた。同じ学校、同じ職場ということもあるが、兄弟姉妹や友人からの紹介ということもある。清子内親王の場合、兄である秋篠宮文仁親王の紹介だった。黒田氏は、文仁親王の学習院初等科からの学友だった。
皇族女性に結婚相手が現れるとしたら、この清子内親王のようなケースがもっともあり得ることだろう。皇族の紹介ということが、もっとも好ましく、また一番問題が起こらないはずだ。
そうした観点で、愛子内親王に結婚相手を紹介する上でもっともふさわしい人物ということになると、三笠宮寛仁親王家の信子妃の名前が挙がるのではないだろうか。
最近、信子妃のことが話題になるとしたら、実の娘である彬子女王との確執についである。3月1日に札幌市で開かれた「宮様スキー大会国際競技会」において、彬子女王と妹の瑶子女王はモーグル競技を観戦したにもかかわらず、賜杯授与式に出席しなかった。プログラムに彬子女王の名前が載っていたにもかかわらずである。
それも、授与式には、今や“犬猿の仲”の信子妃が出席したからである。
話題になった2人が談笑する姿
確執は相当に深刻であり、それが、信子妃ではなく彬子女王が三笠宮家の当主となり、信子妃がそこから独立して三笠宮寛仁親王家を創設する原因ともなった。母と娘が対立することは一般の家庭でも少なからず起こるが、宮家となると、事態は相当に深刻である。
そのため、信子妃に対する世間の評価には厳しいものがあるのかもしれない。だが、愛子内親王との関係になると、意外なほど良好なのである。
昨年3月25日には、皇居の宮殿において、ブラジルのルラ大統領夫妻を招いて宮中晩餐会が開かれた。これは2019年のトランプ大統領を招いての天皇皇后主催の晩餐会以来のもので、愛子内親王にとっては宮中晩餐会デビューとなった。
その際、隣の席にすわったのが信子妃であり、2人が談笑する姿は話題にもなった。晩餐会での席次は、当然、周到に準備されたものであり、信子妃が愛子内親王と親しい関係にあることが前提になっていた。信子妃は、愛子内親王が勤務するようになった日本赤十字社の名誉副総裁でもある。
今年1月2日の一般参賀においても、その第2回において、信子妃が愛子内親王の隣に並び、談笑する光景が目撃されている。愛子内親王は信子妃のむかって右に立ち、彬子女王は左に立っていたのだが、彬子女王と信子妃との間には距離があり、まったく会話は交わしていなかった。
雅子皇后と信子妃の共通点
何より、信子妃が愛子内親王に強い親しみを感じていることは、2022年の歌会始に寄せた信子妃の、「成人を姫宮むかへ通学にかよふ車窓の姿まぶしむ」という歌に示されている。そこには、「寛仁親王妃信子殿下には、愛子内親王殿下を、ご幼少時より深い敬意と愛情を持って見守ってこられました」という説明が加えられていた。
信子妃は、愛子内親王の母親である雅子皇后とも良好な関係を持っている。それも、2000年代はじめのほぼ同時期に、2人がメディアからのバッシングを受け、心身に不調をきたしたことが背景にある。ともに、一般の社会から皇室に嫁いだわけで、共感するところは少なくないのである。
そうした信子妃の雅子皇后との関係が、愛子内親王を娘以上、あるいは娘とは違って敬愛する背景にあるようだ。
信子妃が、娘との確執についてどのように考えているのかはよくわからない。彬子女王は、母との関係について発言することはあるが、信子妃はまったくそれがないからである。
信子妃としては、愛子内親王が自分の娘であったらよかったという、そういう思いを抱いているかもしれない。2人が談笑する姿からはそうしたことが想像される。
となれば、信子妃には果たすべき重要な役割があるはずだ。
多種多彩な人間関係を持つ妃
それは、愛子内親王に結婚相手を紹介するという役割である。信子妃は、それを果たすことができる立場にあると言えるのである。
信子妃の実兄が、現在では皇室典範改正にむけての動きの中心にある麻生太郎元首相であることはよく知られている。
しかも、彼女の母親は、戦後の日本の復興において重要な役割を果たした吉田茂元首相の三女、和子である。和子の母親は、外務大臣などを歴任した牧野伸顕伯爵の令嬢であった雪子である。さらに牧野の父は、初代内務卿で、実質的に日本で最初の首相である大久保利通だった。
信子妃の係累をたどっていけば、近代日本社会の重要な人物が数多く登場する。だからこそ、彼女は皇室に嫁ぐことができたとも言える。
現在の女性皇族の中で、外から嫁いできたのは、信子妃以外に美智子上皇后、雅子皇后、秋篠宮家の紀子妃、常陸宮家の華子妃、高円宮家の久子妃がいる。
このうち、華子妃は旧華族で伯爵家の出身である。久子妃も子爵の曾孫である。しかし、信子妃ほど、多様な人間関係を結んでいるわけではない。このことが、愛子内親王の結婚相手を探す上でかなり重要なことになってくるはずである。
「愛子天皇」待望論が高まりを見せるなかで
となれば、信子妃こそが、愛子内親王の結婚相手を探す上でもっとも最適な人物ということになる。日本には1億2000万人を超える人間がいるわけだが、信子妃以上にそれに適している存在がいるとは思えない。
また、信子妃が知る人間のなかに、愛子内親王にふさわしい男性を見いだせないのであれば、ほかでは相当に難しいのではないだろうか。
信子妃には、そうした役割を果たす覚悟があり、気持ちもあるのかもしれない。それが、すでに述べたように、女性宮家の創設について議論が行われている状況では、具体的には動きにくいはずだ。
雅子皇后が、信子妃を信頼しているのであれば、その紹介を尊重するであろうし、それは、今上天皇についても言えることだろう。
このところ、「愛子天皇」待望論がかつてない高まりを見せており、その点では、愛子内親王にふさわしい男性が現れることはますます難しくなっている。
しかし、そこに突破口を開くことができる皇族がいるとしたら、それは信子妃以外には考えられない。愛子内親王も、親しい信子妃からの紹介となれば、心は動くのではないだろうか。