死体遺棄→殺人→傷害致死で起訴
1月27日、神戸北署が産後3日目の女性を逮捕した。「死体遺棄」容疑だった。10日後、「殺人」容疑で再逮捕。さらに20日後、女性は起訴された。二転三転した罪状は「傷害致死」と「死体遺棄」の罪に着地した。
殺人容疑での再逮捕時、兵庫県警は「法と根拠に基づき逮捕の必要性を適正に判断した」としていた。裏付けとしたのは司法解剖結果だった。解剖結果は赤ちゃんが生きて生まれ、その直後に死亡したと結論づけた。
それがわずか20日で罪状が変わる。しかも、軽いほうに。神戸地検は「殺意を認定する十分な証拠が得られなかった」とした(朝日新聞デジタル 2月28日)。
おかしな話だ。殺人罪で起訴しないのがおかしいのではなく、殺人容疑で再逮捕するという判断が軽率だったのではないかという意味だ。
「殺人犯」というレッテルはあまりに重い
殺人容疑で逮捕される、それは社会的な死に等しい。たとえ不起訴処分となっても植え付けられた悪印象は簡単に払拭できるものではない。
そもそも、出産直後の女性を長期にわたり留置施設に拘束する強権性は、産む性の尊厳を冒していないのか。
刑事手続において、被疑者や被告人が罪を否認または黙秘している場合に、自白を引き出す目的で不当に長く身柄を拘束するやり方を「人質司法」と呼ぶ。冤罪事件の元凶となる人質司法には批判が高まっている。本件の女性の処遇も、人質司法、さもなくば、「こらしめ司法」のように見える。
死体遺棄容疑での逮捕にも疑問が残る。類似した事件で最高裁が無罪判決を言い渡しているのだ。
警察・検察はなぜ迷走するのか。背景には、権力組織のプライドを刺激するトリガーがあった。
レジ袋に入れた遺体はクローゼットの中
経緯を振り返る。
事件は未受診女性の孤立出産だった。
女性は妊娠を同居家族にも話すことができておらず、家族が不在だった1月24日、自宅の浴室内で陣痛とともに赤ちゃんが出てきた。しかし、赤ちゃんは息をしていなかったという。
25日早朝、女性は病院の妊娠相談窓口に「死産した赤ちゃんの死亡届の出し方を調べていたら、だんだん心配になって」とメールを送った。件名は「助けてください」。
26日、メールと電話で対応した産婦人科医は、出産のプロセス、赤ちゃんの様子などを聞き取り、死産だった可能性が極めて高いと判断した。
医師は怖がる女性を説得し、女性に代わって地元の県警に状況説明をし、兵庫県警への連絡を依頼した。
ほどなく連絡を受けた神戸北署署員が女性宅で遺体を発見する。遺体は自室クローゼットの上段にレジ袋に入れて置かれていた。同日、女性は警察に連行され、数時間後の27日未明に死体遺棄容疑で逮捕された。
産婦人科医「機械的な逮捕だ」と批判
2日後、県警も想定していなかった事態が起き、展開はこじれ始める。
1月29日、通報した医師、蓮田健氏が兵庫県庁記者クラブで「死体遺棄容疑は該当しない」「ほぼ即日の逮捕は理不尽」と抗議の会見を行い、神戸北署に抗議書を持参したのだ。この会見について、地元テレビ・新聞は広く取り上げた。
抗議書の要旨は次の3点だ。
・証拠隠滅や逃亡可能性が低いにもかかわらず、出産直後の女性の身柄を拘束したこと
・女性は保護されるべきだったこと
蓮田氏は、女性が産婦人科未受診だったために、警察が機械的に逮捕したのではないかと指摘した。
蓮田氏は熊本市にある医療法人聖粒会慈恵病院の理事長を務める。同院は全国に先駆けて、赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご)と内密出産の受け入れを行ってきた。
孤立出産した女性や、孤立出産直前で来院する女性と多く接している。過去には、孤立死産した女性が即日逮捕され、実名報道されたのちに不起訴処分になるという不幸な事案に立ち会った。
出産直後で心神が弱っている女性を、簡単な聞き取りだけで逮捕する判断にも蓮田氏は不信感を持った。未受診で孤立死産した女性の事件は珍しくない。本件が「未受診+孤立死産→即逮捕」の悪しき先例となることを避けなくてはならない、と考えた。
「赤ちゃんは青白く、だらんとしていた」
対する神戸北署は「逮捕は適正だった」と述べ、新たな情報を出した。報道各社の取材に対し、「解剖の結果、生きて生まれ、死亡していた」「死亡時刻は生まれた時刻とほぼ同時刻」と明らかにしたのだ。
勾留期限の2月6日、兵庫県警は殺人容疑で再逮捕した。「頭部から出てきた赤ちゃんの首をつかんだ」ことで首をしめて殺害したと発表。だが、蓮田氏の見解は兵庫県警とは異なった。
蓮田氏は見解文で、女性から聞き取った出産時の状況を以下のように記した(抜粋)。
蓮田氏は、兵庫県警をこう批判した。
「今回の逮捕容疑は私が〓〓さん(※原文は逮捕された女性の実名)から聞いた状況と矛盾していますので、私は取り調べ自体に不信感を持っています。今後、警察には明確な証拠を提出していただくべきだと考えます」
なお、本人は殺人容疑については一貫して否認している。
分娩介助で「首をつかむ」のは一般的
神戸地検が傷害致死罪に「格下げ」して起訴したのは、殺人容疑での再逮捕から3週間後の2月27日。この3週間の間には、もうひとつの動きがあった。それを以下に記す。
2月12日、蓮田氏が神戸地方検察庁を訪ね、意見書を提出した。司法解剖結果と殺人容疑を結びつける根拠は乏しいとして、次のように指摘した。
・死亡から70時間以上経過した遺体の解剖で死亡時刻を特定することは不可能
・頭から生まれてくる赤ちゃんの首の部分を持って引っ張り出す行為は一般的な分娩介助
・肺などの浮遊試験(※)の正確性は疑わしい。死後3日が経過しており、腐敗が始まり内臓にガスが発生していた可能性があるから。
※生きて生まれた場合、赤ちゃんが呼吸したことで肺に空気が入るため、肺を水につけると浮くことを前提とした解剖試験
蓮田氏は意見書とともに、助産師の介助の状況を模型で示した画像を神戸地検に提出した。頭から出てくる赤ちゃんを首を持って引っ張り出すのは、ごく日常的に行われる介助行為であると示す図だ。
女性の行為は「遺体の隠匿」なのか?
女性は死体遺棄罪でも起訴された。
だが、孤立死産による死体遺棄罪の最高裁判例では、赤ちゃんの遺体をタオルで包み、段ボール箱に入れて自室に置いていた行為が「遺棄」ではないという結論が出ている。2020年に熊本県で起きたベトナム人技能実習生双子死産事件だ。一審、二審では死体遺棄罪で有罪判決だったところ、2023年に最高裁が逆転無罪の判決を言い渡し、確定した。
この事件で弁護団の主任弁護人を務めた石黒大貴氏は、兵庫県警の「死体遺棄」の解釈に疑問を呈した。
「死体遺棄罪は、判例上、死体を隠匿することについても処罰の対象としています。死体が隠されることにより、死者が弔われることのないことになれば、死者に対する敬けん感情が害されると考えられているからです。一方で、何をもって死者に対する弔いといえるのかについては一律で決まるものではありません。そのため、最高裁は、形式的には死体を隠す行為であっても、それが習俗上の埋葬と矛盾する行為といえるかによって、遺棄の判断を行うとしています」
「女性が死亡届について記述したメールを赤ちゃんの死後24時間足らずで慈恵病院に送信したことを踏まえると、女性には、死産を届け出て、埋葬するつもりがあったといえますから、隠匿とは言えないのではないでしょうか。遺体の体液の流出を防ぐレジ袋や暗室のクローゼットといった環境は、死者を弔う上で必ずしも矛盾するものではありません」
埋葬の意思が確認できる以上、赤ちゃんの死亡から遺体発見まで2日半かかったのは結果論であり、死体遺棄罪の検討要件に該当しないということだ。
病院を受診しなかった女性への「罰」
女性の長期間にわたる拘留についても、性と生殖に関する自己決定権(リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)の観点から問題があると石黒氏は指摘する。
「女性は出産直後で、さらに赤ちゃんの死亡により精神的ダメージを受けているにもかかわらず、受けるべき医療的ケアがなされない状況を警察によって強制的につくられました。未受診だった事実に対して警察が科したペナルティであることは間違いありません。妊娠を相談しなかったことに対する『罰』ではないかということです。この対応は出産したばかりの彼女の尊厳を脅かしています」
こうした孤立出産事件では、なぜ家族に相談しなかったのかと女性が批判されることは少なくない。
だが、周囲に相談したかどうかは、死体遺棄容疑での逮捕の妥当性を高めることにはならない。女性が妊娠を誰にも相談しないことは権利として守られているからだ。
いつも母親だけが矢面に立たされる
石黒氏は言う。
「憲法13条の幸福追求権に含まれるプライバシー権です。家族や友人に妊娠を知らせなかったことを咎める感情が社会に潜在意識としてあるとすれば、それは彼女のプライバシー権を無視したことになります。本来、自分の生殖に関する情報を誰に明かすかは本人が選択でき、妊娠・出産の事実を隠していたことを罪と捉えるべきではありません」
産婦人科を未受診だったことにペナルティを与える意識が逮捕の判断に加勢していたとしたら、感情論でしかない。石黒氏によれば、妊娠中に医療機関を受診しない女性を罰する法律はないからだ。
「未受診の女性には、匿名で安心して相談し、名前を伏せて出産することも選択できるなど、社会が提供するべき支援サービスが不足している、むしろ問題視すべきはこの点でしょう」
妊娠には男女二人の当事者がいるが、女性のみが絶望的な恐怖と痛みと罪を負わされる、それが孤立死産だ。当事者女性には被害者の側面が少なからずある。未受診による孤立死産女性は、罰せられるのではなく保護されるべき人たちだということだ。
事件がどのように動いても、出産直後の女性を長期間にわたり拘束し続けるという、産む性の尊厳が痛めつけられた事実は、赤ちゃんの死因とは関係なく残り続ける。
孤立出産を知らない人が法廷で証言
蓮田氏は孤立出産殺害遺棄事件の裁判支援に携わっている。4件について意見書を書き、12件について弁護側証人として法廷で証言した。私はそのうち7件の公判を傍聴した。
思い出される裁判がある。検察は検察側証人として、孤立出産症例について経験のない産婦人科医を呼んでいた。
赤ちゃんの遺体の司法解剖を行った鑑定医は死因を「不詳」とした。この判断からは、死後相当な時間が経過して腐敗の進んだ遺体から明らかにできる事実には限界があることがわかる。
ところが、検察側証人の医師は「生きて生まれたのちに死んだ=殺人」という検察のストーリーを成立させるために、考えられるさまざまなケースを挙げた。
データとエビデンスに基づいて判断をするはずの医療者が、こと未受診で孤立出産した女性が対象となると、「わからない」ことを「わからない」といわず、医学的根拠に欠ける不確かな証言を重ねたのだ。
孤立出産の加害者と被害者は一体誰か
産婦人科医でも孤立出産に関しては知らないことが多いのだ。同様に、殺人事件捜査の知見が豊富な警察組織が、必ずしも孤立出産関連の事件に精通しているわけではない。
本件では、起訴内容が殺人容疑から傷害致死罪に「格下げ」になった。それは、孤立出産の症例を数多く診てきた知見にのっとって書かれた蓮田氏の意見書を検討した結果、殺人罪では公判が維持できないと認めざるを得なかった、というのが実際のところではないか。
産む性の心身と孤立出産をめぐる繊細で複雑な背景について理解しないまま、未受診女性への加罰意識が作動して機械的に事件化した警察組織に対し、「事実を見る目をアップデートせよ」と反論した、産婦人科医。
ざっくりと、本件の構図はこのようにまとめることができる。
警察・検察は女性を加罰することで誰を救おうとしているのか。