報道各社の世論調査で、女性天皇を容認する意見は多数派を占める。なぜ“愛子天皇”はこれほど支持されるのか。コラムニストの矢部万紀子さんは、愛子さまが戦争アニメ映画『ペリリュー』を鑑賞されたことに注目し、そこに国民が支持する理由の一端があると見る――。
北極域研究船(砕氷船)みらいIIの進水式にて、支綱切断をする愛子内親王
北極域研究船(砕氷船)みらいIIの進水式にて、支綱切断をする愛子内親王(写真=文部科学省/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

戦争映画を通じた“記憶の継承”

アニメ映画『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』を2月になってやっと見た。去年(2025年)の12月5日公開だから遅ればせながらになってしまったが、とてもよかった。「天皇制における愛子さまの役割」を確認できた。順を追って書いていきたい。

(参考:朝日新聞「愛子さま『同世代として刺激』 映画『ペリリュー』鑑賞し俳優と懇談」)

この映画には同名の原作漫画がある。作者の武田一義さんは1975年生まれ。太平洋戦争の激戦地・ペリリュー島のことは知らなかったが、上皇さまと美智子さまが島を訪れたことがきっかけで描き始めた。映画の公開に先立ちチャリティー上映会があり、愛子さまが出席する――。

と教えてくれたのは、ある皇室担当記者だった。上皇さまと美智子さまがペリリュー島を訪ねたのは2015年4月で、お二人が続けていた「慰霊の旅」の一つだった。1万人もの日本兵が亡くなったペリリュー島を、戦争を知らない世代が描いた。それが映画になり、愛子さまが鑑賞する。祖父母の思いを愛子さまが追体験する、つまり記憶の継承であり、若い世代が戦争というものを知り、考えるきっかけとなる。とても意義あることだ。記者はそう評価していた。

映画『ペリリュー 楽園のゲルニカ』のチャリティー上映会に出席された愛子さま。(左から)俳優の中村倫也さん、板垣李光人さんら=2025年11月27日、東京都千代田区(代表撮影)
写真提供=共同通信社
映画『ペリリュー 楽園のゲルニカ』のチャリティー上映会に出席された愛子さま。(左から)俳優の中村倫也さん、板垣李光人さんら=2025年11月27日、東京都千代田区(代表撮影)

「かなり残酷な描写がある」映画

11月28日に愛子さまが上映会に出席したというニュースは、いくつか読んだ。主人公の初年兵・田丸の声を担当した俳優の板垣李光人さんが愛子さまと同じ学年だったので、「同級生トーク」などと報じられていた。ほほえましいぞ、と思っていた。「記憶の継承」+「ほほえましい」=「賢く愛らしい(いつもの)愛子さま」、と捉えていた。

間もなく、それだけではないと思うようになった。映画を見た友人(映画担当の長い記者だ)がSNS上で、「かなり残酷な描写があった」と書いていたのを見たからだ。残酷とはつまり、飢えか、戦闘シーンか。いずれにせよリアルに戦争を描いているのだろう。調べるとこの映画、PG12指定になっていた。「12歳未満の鑑賞には保護者の助言、指導が必要」な戦争映画を、愛子さまがご覧になったのか。と、思うようになった。

皇族の映画鑑賞といえば、興味関心のある分野の「明るい」映画を見る、が定番だ。2015年、8歳だった悠仁さまとご両親が鑑賞したのが、『アリのままでいたい』という昆虫ドキュメンタリー。愛子さまがご両親と鑑賞した映画を並べると、2009年(愛子さま6歳)の『HACHI 約束の犬』以後、『エヴェレスト 神々の山嶺』(2016年)、『旅猫リポート』(2018年)、『CATS』(2020年)、『Dr.コトー診療所』(2022年)。動物、山、医療。ご一家らしいラインナップだ。

終戦後に“徹底抗戦”した34人のストーリー

実は2019年、天皇ご一家は『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を鑑賞している。戦争映画ではあるが、描いたのは「銃後」の日常だ。戦線を描いた『ペリリュー』とはだいぶ距離がある。しかも今回は、愛子さまによる初の単独映画鑑賞だ。というわけで、やっと「天皇制における愛子さまの役割」の話だ。

『ペリリュー』は登場人物が三頭身にデフォルメされているが、それ以外はとてもリアルだ。剣で相手の首を突くシーンも何度も描かれ、その都度、血が吹き出し、突いた側の顔に血が吹きかかる。1万人以上の犠牲になった日本兵のうち、生還した34人にフォーカスする。終戦から2年近く、洞窟で“徹底抗戦”をした34人。史実に沿ったストーリーだ。

海兵隊の公式写真。ペリリューの戦い
海兵隊の公式写真。ペリリューの戦い〔写真=From the Frederick R. Findtner Collection(COLL/3890)/USMC Archives/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

彼らは終戦の情報を得ていた。戦争終結や連合軍に進駐された日本を報じるアメリカの雑誌などを、米軍キャンプのゴミ捨て場から拾っていた。英語が読める兵隊が1人いて、「日本が負けた」ことが書かれていると言う。

本当なのか、どうなのか、彼らは意見を言い合う。キャンプで映画を見ただろう、という話になる。彼らは食糧などを盗みにキャンプに出入りしていて、映画上映を目にする場面がある(たぶん『キングコング』だ)。あれは作り物のジャングルだ、この写真も作り物だ、日本軍が負けるわけはない。そういう結論になる。

昭和天皇の戦争責任を想起させる

アメリカ兵たちの会話も描かれるが、日本兵の目線なのだろう、字幕は入らない。英語が苦手な私は、彼らが何を話しているのかわからなかった。が、唯一はっきりわかったシーンがあった。主人公の田丸と相棒・吉敷(声優は中村倫也)の投降シーンだ。

まず吉敷が「生きて帰るため」に投降を決意、田丸も同意する。端折るが、2人の投降をめぐり日本軍同士で撃ち合いになる。複数の死者が出て、吉敷も瀕死の重傷を負う。田丸と吉敷が米軍キャンプにたどり着き、田丸が取り調べに応じる。

敗戦を伝える雑誌や新聞を見せれば、全員が投降するのではという意見に対し、田丸が「それなら僕たちも見てますよ。でも全部ウソの、作り物だと思っていました」というふうに話す。それを聞いた1人の米兵が「crazy」と言う。はっきりと聞き取れた。

日本兵たちの「crazy」をさかのぼっていくと、昭和天皇にたどり着く。軍部が暴走し、国民が後押しした、といった視点は承知の上だが、とはいえたどれば行き着く先は昭和天皇という存在だ。『ペリリュー』で兵士たちがたてこもっていた洞窟には、大きな日の丸がかかっていた。米軍キャンプから食糧も煙草も盗んでいた彼らが、盗んだ布で作ったのだ。日の丸を見た上司が、「背筋がまっすぐになるな」というようなことを言っていた。その向こうにいるのは天皇だろう。

愛子さま“しか”鑑賞できない

そんな映画を愛子さまが鑑賞した。すごいことだ。はっきりと書いてしまうが、『ペリリュー』は天皇の戦争責任を想起させる。そして思う。それを鑑賞できるのは皇室広しと言えども、愛子さまだけだ。

天皇と雅子さまが鑑賞するのは、ありえない。と、こんな私でさえ思うのだ。お二人もそう思われるだろうし、宮内庁だって思うに違いない。では、秋篠宮家の誰かが、となると、それもどうだろう。このような重大なテーマをはらんだ映画だ。仮に「天皇家の次男」である秋篠宮さまが鑑賞すれば、兄を差し置いて「引き受ける」感じになってしまい、ハレーションが起きるのではないだろうか。

上皇さまと美智子さまの「慰霊の旅」は戦後50年の前年、1994年の硫黄島から始まり、戦後70年のパラオ、翌年1月のフィリピンで終わった。パラオでお二人は海上保安庁の巡視船に宿泊している。ペリリュー島に行く現地の交通手段が限られていたからで、巡視船に泊まり、搭載されているヘリコプターで行くことにしたのだ。当時、81歳の上皇さまがそこまでして成し遂げた「慰霊」は、昭和への「贖罪」だったはずだ。その思いを引き継ぐのは、「天皇家の長男」以外ないだろう。

天皇制の“タフさ”の体現

上皇さまと美智子さまの旅を、愛子さまのご両親が「皇太子」「皇太子妃」という立場で見続けた。それを共有したのが、「天皇家の長女」の愛子さまだ。慰霊、贖罪が心の中にある。ごく自然なことだと思う。

そして、もう一つ思ったのは、愛子さまが女性だったから『ペリリュー』を鑑賞できたということだ。「天皇になる人」が「天皇」という立場が深く関わる戦争を描く映画を見に行くのは、やはり難しいだろう。その点、「男系男子による継承」が決められた世界で、愛子さまは天皇になれない。だから、試写会に足を運べた。皇室典範の不思議を感じる。

思い出したのが1975年、アメリカから帰国直後に開かれた昭和天皇と香淳皇后の記者会見だ。ホワイトハウスでの晩餐会で昭和天皇は、「私が深く悲しみとするあの不幸な戦争」と述べた。英紙『ザ・タイムズ(The Times)』の記者が、「この言葉は戦争に対して責任を感じていると理解してよいか」「戦争責任についてどう考えているか」と質問した。

「そういう言葉のあやについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしてないので、よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えができかねます」。それが答えだった。愛子さまの映画鑑賞が重なったのは、天皇制のタフさを思ったからだ。戦争責任を「文学方面」と捉えてしまえるタフさだ。

正装姿の昭和天皇。1956年11月
正装姿の昭和天皇。1956年11月(写真=宮内庁/「天皇家の生活」毎日新聞社/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

愛子さまは天皇制の「本丸」ではない。だから、「戦争責任」を想起させる映画にも行ける。行かせられる。そういうタフさが天皇制にはあり、それを体現したのが愛子さまだった。

国民が無意識に感じ取っている「天皇家のバトン」

最後に少し、「愛子天皇待望論」のことを考えてみる。

林真理子さんが週刊文春の連載コラムで、「天覧相撲」を書いていた(2026年2月5日号)。1月18日、陛下と雅子さま、愛子さまが初場所を観戦した日、林さんも国技館にいたという。ご一家入場のアナウンスが流れた途端、場内に「ゴーッという大音響がとどろいた」と林さん。一緒に行った友人2人は立ち上がり、「愛子さまー!」と叫んだと、書いていた。

国民は愛子さまという存在を、理詰めで考えてはいないと思う。だが、天皇家というものを受け継ぎ、支えていることを、無意識のうちに感じ取っている。それが林さんの友人をはじめ、全国で巻き起こる「愛子さまー!」になるのだろう。

二重橋
写真=iStock.com/Iuliia Leonteva
※写真はイメージです

『ペリリュー』の試写会後、俳優や監督らが取材を受けていて、その様子がホームページに載っている。原作者の武田さんは記者たちにこう語ったそうだ。

「戦後80年で孫の愛子様が本作を観たというのは、愛子様ご自身も感じるところがあったようで、そのことについてもお話をさせていただきました。そして心に残った作品、この物語は残していくべきだとの感想をいただきました」