興行収入50億円を超える映画のヒット作が次々に生まれた2025年。ライターの武井保之さんは「まさに邦画の当たり年。『国宝』など100億円超えのヒット4本が東宝配給作品だった。しかし、一社一強状態には望ましくない面もある」という――。

「果てスカ」最終興収は10億円台か

いくつもの大ヒット作が生まれ、映画が世の中的な話題になるとともに、シネコンなども大いに賑わった2025年。近年稀に見る好景気に沸いた映画業界だが、その最後を締めくくる11月後半に、これまでの好調な流れとは別世界をいくような孤高のアニメーション映画が飛び出した。

第82回ヴェネツィア国際映画祭に参加した『果てしなきスカーレット』の細田守監督と芦田愛菜、岡田将生、関係者たち。2025年9月4日
写真=Sipa USA/時事通信フォト
第82回ヴェネツィア国際映画祭に参加した『果てしなきスカーレット』の細田守監督と芦田愛菜、岡田将生、関係者たち。2025年9月4日

すでにファンやメディアの間でさまざまな批評や意見が飛び交っている、細田守監督最新作『果てしなきスカーレット』だ。11月21日に公開されると、初週末4日間(月曜祝含む)の興行収入は2億7000万円となり、週末映画動員ランキング(興行通信社調べ)では、公開3週目の『爆弾』の後塵を拝する3位。翌週にはランキングTOP10から早くも姿を消した。

細田作品といえば、2011年以降のオリジナル作品は『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)が42.2億円、『バケモノの子』(2015年)が58.5億円、『未来のミライ』(2018年)が28.8億円、前作『竜とそばかすの姫』(2021年)は細田作品最大興収の66億円を記録。そんな日本を代表するヒットクリエイターのひとりとしてのポジションを確立している細田監督の最新作『果てしなきスカーレット』には、高い期待が集まっていた。

ところが、公開直後からSNSは辛辣なコメントやガラガラの映画館の画像がポストされて紛糾し、前作の3分の1に届かなかった初週の興収が明らかになると、大コケの烙印を押された。

50億円ヒットを見込んでいた?

『果てしなきスカーレット』共同事業体(製作)である日本テレビ、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、KADOKAWA、東宝、スタジオ地図は、これまでの細田監督の実績から、今作の最終興収を40〜50億円ほどは見込んでいただろう。この先の年末年始興行が大きな稼ぎ時になるため、最終興収はまだ見通せないが、現時点の流れが続けば10億円台にとどまると見られる。映画関係者の期待値としても、これまでの実績からしても、とてつもなく厳しい結果になった。

ただ、10億円台の興収は、年間1100本以上(昨年は1190本)公開される作品のなかの1作としては悪い数字ではない。コロナ禍以降、自宅でNetflixなどのオンデマンド配信サービスを楽しむ人が増え、映画館離れが進み、作品ごとの興収も一部大作のヒット規模も縮小している。そうした市況のなか、10億円台はヒット作の部類に入り、日本映画製作者連盟(映連)は毎年興収10億円以上の作品を「日本映画産業統計」にて発表している。

大コケがあっても東宝は過去最高益

かつては、テレビ局製作による大量メディア露出で話題作りをするドラマの劇場版や、人気シリーズ続編などのハリウッド大作は50億円を超えるヒットが当たり前だったが、いまやそこに到達する作品こそ稀になり、10〜20億円でヒットのくくりに入る。大手以外の独立系映画会社の小規模な予算の作品は、アニメも実写もさらに厳しい。数億円いけばいいほうだろう。

そんな市場の1作として見れば『果てしなきスカーレット』もヒット作になる。『果てしなきスカーレット』は、東宝とソニー・ピクチャーズ エンタテインメントにより共同配給された。両社にとって想定外の事態となり、年間の収支計画への影響の懸念もあることだろう。

しかし、業界最大手の東宝は、10月の中間決算発表で、2026年2月期決算における2年ぶりの最高益見込みを発表している。その背景には、同作の不振を消化してあまりあるヒット作を、その時点ですでに生み出していることがある。

異例のヒット『鬼滅の刃』『国宝』

振り返ると、今年の東宝作品の興行はとにかく破格だった。それを象徴するのが『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』と『国宝』の2作だ。

前者は、コロナ禍に公開された前作『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(407.5億円、2020年)が歴代最高興収をたたき出す前代未聞のメガヒットとなり、その後、テレビアニメ4本と、そのシリーズ前後をつないだ劇場版2本を挟んだ、5年ぶりのシリーズ新作劇場版。

もともと大ヒットへのポテンシャルは高く、世の中の期待値も高まっていた。前作並みのヒットは難しいのではないかと懸念する声も一部にはあったが、封切り直後からのロケットスタートでそんな空気を霧散させた。

すでに公開から150日以上が過ぎているが、現在も興収を伸ばしており、最終では390~400億円ほどになると見られる。近年稀に見る歴史的な興行になった。

後者の『国宝』は、歌舞伎を題材にした約3時間の超大作。公開後、口コミで動員を増やし続け、日を追うごとに右肩上がりで興収を伸ばす異例の興行になった。作品に宿った熱い志が、歌舞伎ファンや若い世代に広く伝播し、歌舞伎ブームを巻き起こす社会現象的な人気になっている。そして、海外でも評価され、アメリカのアカデミー賞に2部門で候補になるという快挙を果たした。

映画「国宝」のワンシーン
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025 映画「国宝」製作委員会
【図表】邦画歴代興収ベスト20
出典=興行通信社「歴代興収ベスト100」などより編集部作成。2025年12月14日現在。赤字の作品は公開中。緑のマーカーは東宝ではない配給作品。★印のほかはすべてアニメーション

22年ぶりに記録を塗り替えた「国宝」

数字で見ても、公開3週目でランキング1位に上り詰め、その後、4週連続1位をキープ。以降も21週連続でTOP10内を推移し、圏外となってからも再ランクインするなど、他に類を見ない息の長い興行となった。そして、公開から172日で邦画実写歴代興収1位に輝き、22年ぶりに記録を塗り替えた。

映画『国宝』のワンシーン
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025 映画「国宝」製作委員会

本作は製作形態も注目された。配給は東宝だが、製作はアニプレックスの子会社のミリアゴンスタジオ。昨今の市場では、テレビ局が製作委員会に入る大量メディア露出が約束された作品や、人気漫画などファン層の下地がありヒットが見込める原作ものでないと、製作費が集まらない。

そうしたなか、ミリアゴンスタジオを中心にする製作委員会は、李相日監督を信じて時間も予算も注ぎ込んで大作を製作し、見事に結果につなげた。コロナ禍以降のヒットスケールの縮小に苦しむ多くの独立系映画会社にとって一筋の光明になる結果だろう。それだけ映画業界にとって意義のある作品になった。

全体の興収の半分が東宝1社

そのほかにも今年の東宝作品には、『名探偵コナン 隻眼の残像』(147億円)、劇場版『チェンソーマン レゼ篇(※興行中:100億円以上見込み)、『劇場版TOKYO MER 走る緊急救命室 南海ミッション』(52.7億円)、『8番出口』(51.5億円)、『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』(46億円)、映画『グランメゾン・パリ』(42億円:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントと共同配給)などの大ヒット作がならぶ。

2025年の興収ランキングは映連により来年1月下旬〜2月上旬に発表されるが、確かなのは今年の100億円超えは、『国宝』『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』『名探偵コナン 隻眼の残像』劇場版『チェンソーマン レゼ篇』の4本となり、すべて東宝作品であること。また、邦画TOP5は、ワーナー・ブラザースの『はたらく細胞』(63.5億円)を除き、この4作を東宝が占めそうだ。

これが示しているのは、今年の映画業界の隆盛=東宝の好業績ということ。東宝は、2025年1~11月のグループ配給作品の累計興収が過去最高の1382億円と発表している。昨年の業界全体の年間興行収入は2069.8億円であり、コロナ前の2010年代後半の同年間興収の平均は2300億円台になる。

今年の業界全体の年間興収は、11月までの数字からは、歴代最高の2019年(2611.8億円)を上回る可能性が高くなっている。もちろん年末年始興行次第にはなるが、400億円と200億円のメガヒット作を出している東宝のシェアは、例年より高くなることが予想される。

【図表】東宝の映画興行収入・2025年1~11月累計
出典=東宝「2025年11月映画営業部門 興行成績速報」より編集部作成

なぜ強い? 東宝1社勝ちの背景

もともと東宝のシェアは高かった。日本の映画業界は、製作から配給、興行までをグループ会社で一気通貫で担うメジャー3社(東宝、東映、松竹)のコングロマリットによる寡占状態になっているが、そのなかで東宝は例年の年間興収で東映、松竹に2〜3倍の差をつけている。業界全体で見ても、年によって3〜5割ほどのシェアを維持していたなか、今年はよりその割合を伸ばし、半分を優に超えるとの見立てもある。それはまさに東宝によって市場が成り立っている状態になる。

では、なぜ東宝がそこまで強いのか。

興行は作品次第であり、エンターテインメント大作はもちろん、アート的な作品であっても、映画会社はどこも商業的な成功を念頭において、より良い作品を作ろうとする。そのなかで、東宝は不特定多数の一般層に好まれる作品企画、製作、宣伝の手法に、どこよりも長けていることがある。

1990年代後半から2000年代前半は、邦画冬の時代であり、観客にとって映画といえばハリウッド映画だった。邦画と洋画の比率は、現在とは真逆の邦画が3割前後。そんな苦境から流れを変えたのが、『国宝』に抜かれるまで邦画実写歴代記録を22年維持した、東宝とフジテレビによる『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(173.5億円、2003年)だ。

ドラマを映画化することで、そのファンを観客に取り込み、さらにテレビ局の大量メディア露出による話題作りから世の中的な盛り上がりを喚起し、一般層を映画館に足を向けさせた。そこから邦画人気が高まり、それがすっかり定着して現在に至る。

東宝は、テレビ局とのタッグで映画による世の中的なブームを生み出し、時代を変えた。そして、その手法からヒットを連発することで、いい企画がどんどん集まる。そんな流れが続き、もともと新しいことに意欲的で柔軟な発想を持っていた東宝は、気づけば他社の追随を許さない大帝国を築いていた。

有楽町マリオン
写真=iStock.com/y-studio
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寡占化が進む市場の負の側面

しかし、その状況は、産業としても文化としても好ましくないだろう。本来映画は多様性が求められる文化だ。現状はそれに反して、シネコンではエンターテインメント大作ばかりが上映され、小規模な社会性の高い作品やさまざまな国の文化を映す洋画などの上映機会はどんどん奪われている。

そこでは、大手映画会社の一部の大作だけがヒットし、その他の大多数の作品はリクープさえ難しい。そんな二極化が進み、インディペンデントの映画製作は厳しい局面に立たされている。

それがこれまで以上に顕著に表れたのが、今年ということになる。映画業界が大盛況を呈した一方、東宝1社による寡占化が進む市場にとっての負の側面も浮き彫りになった。

大盛況の一方、関係者には危機感

ただ、映画を選んでいるのは観客だ。日本人の国民性にも現況の要因がある。年間に映画を1〜2本観に行く大多数の一般層は、人気アニメタイトルや今年の『国宝』のような世の中的な話題作=イベントムービーに足を運ぶ。そこでは、映画が外食や旅行のようなレジャーのひとつとして楽しまれている。

一方、世界の現実を映したり、多様な文化を感じる作品やシリアスな社会派作品などを自ら探して観に行く映画ファンは、どんどん数が減っている。その背景には、そういった作品がシネコンでは上映されず、ミニシアターは閉鎖が続いて、観る場所がなくなっていることがある。映画館に行ってもエンターテインメント大作ばかりしかなく、本来観たい作品は配信サービスのほうが充実している。そんな要素が複合的に重なり、年配層を中心にした映画ファンの足が映画館からどんどん遠のいている。

それでもコロナ禍以降の興行が回復しているのは、一部のイベントムービーをレジャーの一環として観に行く人たちが増えているからだ。とくに2020年の『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』以降のアニメファンの裾野が広がりが大きく影響しているだろう。人気タイトルのアニメの大ヒットが、毎年の興行を下支えしている。

『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章』配給:東宝・アニプレックス
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章』配給:東宝・アニプレックス

しかし、彼らは年に何本かのイベントムービーしか映画館に観に行かない。このままの状況が続けば、興行は盛況の一方、多様性を失いつつある映画文化は先細りしていく。独立系の映画会社関係者をはじめ、多くの映画人は危機感を抱いている。

世界的不振のなか日本は好調

2020年代以降は、多くの国で映画興行は苦戦を強いられている。若い世代をはじめ映画が娯楽のひとつとして定着していた韓国は今年深刻な不振に陥っており、欧米の多くの国でも市場は回復傾向にあるものの、コロナ前の規模には達していない。

その最大の要因には、コロナ禍の動画配信サービスの台頭で人々のライフスタイルが変わったことが挙げられている。映像作品の視聴メディアの主役は、映画館(興行)から配信へ移り変わりつつあり、映画業界は過渡期を迎えている。

そうしたなか、映画興行がいち早く回復の兆しを見せていた日本は、今年はいよいよコロナ前の歴代最高興収を超える年間興収を記録しようとしている。その背景には、前述のように映画をレジャーとして楽しむことが、若い世代をはじめとした幅広い層の生活のなかに定着していることがあるだろう。単に映像作品を楽しむだけでなく、その行動に加わる付加要素に価値が生まれている。

ただし、そんな日本市場は世界でも特殊と言われる。その特徴のひとつが、一般層が選ぶ映画がドメスティックに大きく偏っていることだ。昨年は興収の邦洋比で洋画が3割を切り、深刻な洋画離れが叫ばれていたが、今年はさらにその差が開くかもしれない。

TOHOシネマズ 新宿
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2026年は厳しい年になるか

最後に、2026年の興行はどうなるか。

それはまったくわからない。今年が良かったからといって、来年も良いとは限らない。繰り返しになるが、映画は作品次第であり、いい作品が出てきても、そのときの社会の流れや運でヒットしないこともある。どんな風が吹くかはコントロールできない。興行は水ものだ。

ただ、今年のようなメガヒットは、何年も連続で生まれるものではない。すでに発表されている2026年公開作品には、大ヒットが期待できる作品も多いが、今年の数字を上回るのはかなり難しいだろう。もし大逆転があるとすれば、『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第二章』だ。公開時期は未発表だが、2026年に公開されれば、再びのメガヒットが十分期待できる。

『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章』配給:東宝・アニプレックス
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章』配給:東宝・アニプレックス

逆に、不安定要素としてあるのは、Netflixによるワーナー・ブラザースの買収だ。それによる日本への影響は大きい。現時点では買収が成立するか不透明だが、もしそうなれば、ワーナー・ブラザースの洋画の東和ピクチャーズによる日本配給もこの先どうなるかわからない。

ワーナー・ブラザースの邦画は、山田裕貴と佐藤二朗共演によるサスペンス『爆弾』がヒット中だが、これまでにも『るろうに剣心』シリーズなどヒット作を多く送り出していた。2026年も契約済みの作品は残っているが、それ以降はなくなる見通しだ。邦画市場へのインパクトは大きい。

©呉勝浩/講談社 ©2025映画『爆弾』製作委員会
映画『爆弾』(上映中)

2025年の歴史的な興行が残すもの

そうしたなか市場に望まれるのは、今年はメガヒットが連発し、とくに下半期はいくつもの作品が社会的な話題になったことで、イベントムービーだけでなく、さまざまな映画に関心を持つ層が増えることだ。

全体の興収は、メガヒットが何本生まれるかに影響されることが多い。それはどうなるかわからない。ただ、興行の下支えとなる映画人口が、映画業界にとって歴史的な1年になった今年の興行を経て、少しでも上振れることが期待される。それが来年の興行を下支えするだろう。