家の外ではおとなしそうにしているのに、家族には暴言を吐きモラハラをする人がいる。離婚や男女問題に詳しい弁護士の堀井亜生さんは「家族からモラハラを指摘される人は、その自覚がないことが多い。まずは相手が傷ついていることを受け入れる必要があるが、それが非常に難しい」という――。
※本原稿で挙げる事例は、実際にあった事例を守秘義務とプライバシーに配慮して修正したものです。
スーツケースを手に、ドアから出ていこうとしている女性
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「全く心当たりがない」途方に暮れる夫

私の事務所に、A夫さん(45歳・会社員)から相談希望の電話がありました。落ち着いた、どちらかというとおとなしそうな声の男性でした。

「妻と中学生の長男に突然出て行かれてしまって、弁護士から離婚したいという書面が来ました。でも私には全く心当たりがなくて……」と、途方に暮れている様子です。

予約を取り、後日事務所に来ていただくことになりました。

実際に会ってみると、A夫さんは、電話の印象そのままの、痩せたおとなしそうな男性でした。

開口一番、「妻の弁護士から書面が来たんですが、事実無根のことばかりで……」と言いながら、書面を差し出しました。

そこには、「長年にわたるA夫さんのモラハラで、妻と長男は限界になって家を出た。婚姻費用(別居中の生活費)と離婚を求める」という内容が書かれていました。

LINEの暴言に「こんなのは冗談」

A夫さんは最初に自分で弁護士に連絡して、「モラハラは断固していない」と抗議をしたそうです。すると弁護士から、さらにモラハラの証拠が送られてきていました。

その証拠は、LINEのやりとりでした。風邪を引いて家で寝込んでいるという妻に、A夫さんは、

「風邪を引くのは自己管理ができていない証拠ですね」
「家事を休んで妻失格だと思わないのですか?」

という文面を送り、「風邪を引く人の特徴10選 怠惰・無気力・頭が悪い・気の緩み……」といった怪しげなまとめサイトのリンクまで送っていました。

さらに、長男とのLINEでは、高校受験の志望校を相談されて、

「そんな高校に行ったら将来ホームレス確定だ」
「うちの家系の恥だ、今すぐ出て行ってほしい」

と、強く否定する文面を大量に送っていました。

私が「このLINEはあなたが送ったもので間違いないんですか?」と聞くと、A夫さんは「はい」と答えます。

そこで私が率直に、「これはきつい言い方ですね。奥さんにモラハラと言われても仕方ないですよ」と伝えると、A夫さんはポカンとして、「え、こんなの冗談じゃないですか。家族でそんなこと真に受けるなんておかしいですよ」と言うのです。

「冗談だとして、こういうことを言った時に奥さんや息子さんは笑っていましたか?」と聞くと、A夫さんは黙ります。

修復したいが「妻の悪いところを証明したい」

A夫さんはどうしてもやり直したい、家に戻ってきてほしいというので、私は、修復を求めるのであればA夫さんの言動で妻と長男が傷ついて出て行ったことに向き合う必要があること、戻ってきてほしいなら態度を改めて謝るところから始めないといけないことを伝えました。

するとA夫さんはしおらしくなり、修復したいので依頼したいと言いました。

ところがその後すぐ、A夫さんから長文かつ大量のメールが送られてきました。どうしても伝えておきたいことがある、妻の作る夕食の品数が少なかった、風呂掃除を忘れたことがある、洗濯した靴下を裏返したままタンスに入れたことがある……など、妻のささいな至らない点を延々と列挙した文章です。

これは何ですかと聞くと、「妻にも悪いところがあったとぜひ証明したい」という返事が来ました。

修復したいのであれば、いったんはそれはやめましょうと伝えても、その後も同じように、妻や長男を批判するメールが何通も届きました。時には、電話をかけてきて、「そういえば長男がこんなに悪い点を取ったことがある、これは妻の監督責任違反ではありませんか」と怒ってきたこともあります。

そのたびに、修復の方針であれば相手のあら探しはやめた方がいいですよと注意をすると、そういったメールや電話は減っていきました。

数々の証拠を見てようやく自覚

まもなく妻から離婚調停が申し立てられ、私は調停の依頼も受けました。

A夫さんは相変わらず、「妻の家事の問題を指摘すれば帰ってくるのでは」などと言っていましたが、そのたびに、「修復したいのなら、そういうことを言うのは逆効果ですよ」と注意しました。するとA夫さんははっとした様子で、「あ、そうでしたね」と言うのです。

調停では妻から、さらにモラハラの証拠として、たくさんの録音が提出されました。妻に「出来の悪い嫁をもらって一生の恥だ」「俺を誰だと思っているんだ」と怒鳴りつけたり、長男には「お前なんて俺の子どもじゃない」と怒鳴っています。

2人が少しでも言い返したり泣き出したりすると、A夫さんはさらに激高して、「離婚だ」「勘当だ」と怒鳴っています。

こういった複数の録音が書き起こしとともに提出され、さらに主張書面には、A夫さんの暴言の影響で2人の心身が不調になり、長男が学校に行けなくなったことや、別居によってようやく精神が安定して学校に通えるようになったことが書いてありました。

妻から提出されたこれらの証拠を見て、A夫さんは絶句しました。しばらく沈黙したA夫さんがようやく口にしたのは、「私はこんなにひどいことをしていたんですね」という言葉でした。

録音と書き起こしを見てようやく、自分が思った以上にひどいことを口にしていたこと、ただの冗談とか、妻の家事のことを言えばいいとか、そういう次元の話ではないことに気づいたようです。

スマートフォンのボイスレコーダーが録音中になっている
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反省を口にするようになった夫

調停委員が言うには、妻は「A夫さんは昔は穏やかだったが、35歳を過ぎて仕事が忙しくなった頃から、だんだん暴言が増えてきた」と言っているそうです。そして口を開けば暴言、LINEでも暴言という状態になり、長男が精神的に限界になって、家を出ることにしたそうです。

その日を境に、A夫さんは妻や長男の欠点を言おうとしなくなり、代わりにカウンセリングに通い始めました。

A夫さんは、「もう妻と長男に何と言ったらいいか……」と言うようになりました。思えば、2人から「怒鳴らないでほしい」と何度も言われていたし、家の中が殺伐としているのもわかっていたけど、見ないようにしていた……。そんな反省を口にするようになりました。

うずくまって頭を抱えている男性
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夫の言葉で妻の態度が変化

それ以降の調停では、A夫さんの希望で、妻と長男への謝罪を伝えました。

すぐに変わることは難しいけれど、家族を傷つけたことを深く反省して、変わる努力をし続ける。長男の受験も応援するし、生活が困らないように何でもする……。と、反省の気持ちを伝え続けました。

すると妻の態度が変わってきました。「すぐに離婚とは言わず、このまま別居を継続して様子を見てもいい」と言うようになったのです。

結局離婚調停は不成立になりましたが、その後離婚の裁判はされず、A夫さんは今も別居を続けています。

しかし、調停が終わってしばらく経ち、長男からは直接LINEが来るようになり、2人で会うようになったようです。高校に入った長男から学校生活の相談を聞いているものの、否定することは言わないように気をつけているそうです。長男が笑顔で話してくれる日も増えたようです。

モラハラの自覚なく自分の行動を正当化

A夫さんのように、家族から「モラハラをしている」と言われた人は、自覚がないことがほとんどです。むしろ、ひどいモラハラをしている人ほど、「自分は悪いことをしていない」と、頑なに正当化する傾向が強いです。

なぜ無自覚なのかというと、相手に非があり、自分は正しい事を言っていると考えているからです。また、日常的に言っているうちにエスカレートし、Aさんのように自分が暴言を言っている自覚がなくなっている人もいます。

しかし、言われた側はそうではありません。精神的なダメージが蓄積して、心身に影響が出てしまうこともあります。そして、一緒にいられないと考えて、離婚を切り出すのです。

相手が傷ついていることを受け入れる

私は、男性であれ女性であれ、無自覚な暴言で配偶者から離婚を求められた人から相談を受けた時は、まずは相手の主張や証拠、そして本人の言い分を確認します。

その上で、修復の方針か否かにかかわらず、「まずは相手が傷ついていることを受け入れましょう」とアドバイスしています。

ただ、それが非常に難しいのです。

この事例のように、最初は全く心当たりがないと言い、「ただの冗談だったのに」「真に受ける方がおかしい」と言ったり、時には「誰か不倫相手がいるのではないか」「親族に離婚をそそのかされているのではないか」と疑ったりします。自分が暴言で家族を傷つけたことを受け入れられなくて、何とかして他の原因を探そうとするのです。

交渉や調停で修復を求めながら、こういった態度を次々とあらわにしてしまう人がいます。そうなると、家族はますます傷つき、気持ちが離婚に向かってしまいます。

修復をしたいなら、まずは事実を受け入れて、治す努力をすることが先決です。相手を責めて、事実が違うと反論すれば修復できるということはありません。

A夫さんは調停を通してようやく自覚し、反省することができました。それでも壊れてしまった夫婦関係はすぐには戻りません。

無自覚に暴言を言ってしまっていた人がそのことを自覚して、反省して、その気持ちを率直に相手に伝えるのは、非常に長い道のりになります。

大切なのは、「相手が傷ついている」という事実から目をそらさず、そこから逃げないことです。