「グローバルな子どもに育てたい」と、高額な英語教材を次々購入して早期教育に熱を入れ、虐待に近い指導を続けた結果、夫と離婚……。離婚や男女問題に詳しい弁護士の堀井亜生さんは「以前紹介した『スパルタ教育パパ』タイプのモラハラ夫とは違い、妻の側が子どもの早期教育に過剰に入れ込んだことがきっかけで離婚に至ることも多い。こうしたタイプの妻には、ある共通点がある」という――。
※本原稿で挙げる事例は、実際にあった事例を守秘義務とプライバシーに配慮して修正したものです。
夜に自宅にラップトップを備えたオンラインホームスクーリング
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「グローバルな子に」と数百万円の英語教材をローンで購入

会社員のA夫さん(35歳)は、職場の5年後輩の女性と交際して結婚しました。

妻は結婚後に妊娠を機に退職。娘が生まれると、妻は「グローバルな子に育てたい」と言い出して、教育について熱心にSNSで調べるようになりました。

ある日、A夫さんに「これ買わない?」と、英語教材のホームページを見せてきました。この教材を使っていればネーティブ並みの英語力が身につき、天才児が育つという触れ込みの教材でした。見ると、総額は数百万円にもなります。

「こんなものは買えないよ」と言いましたが、それでも妻の熱意は止まりません。「これで天才を育てた親がたくさんいる」と、天才児の育児中だというSNSアカウントを見せてきます。そこには幼いころに英検1級に受かったという子ども、IQが高い子どもの日常風景や勉強をしている様子の投稿が並んでいます。

「英語教育は大事だと思うが、さすがに高額すぎる。娘がもう少し大きくなってから、この子に合う教育の方法を考えよう……」。A夫さんはそんな話をしましたが、妻は毎晩のように教材を買う話をしては怒り出すので、根負けしてローンを組んで教材を購入することにしました。

「高額なわりに効果がないのでは」

妻は毎日教材を使って娘に英語を教えました。また、SNSのアカウントを作り、教材を使う娘の姿を毎日アップするようになりました。

娘は成長して言葉を話し始めましたが、「アップル食べたい」「キャットかわいい」など、日本語の中に簡単な英単語が交ざるだけで、妻が期待するような流暢りゅうちょうな英語は話しません。

A夫さんがうっかり「高額なわりに効果がないんじゃないか」と言ってしまうと、妻は「続けていれば必ず効果が出るから」と怒ります。時には「あなたが英語が話せないのが悪い」などと、理不尽に責められることもあります。

妻は他にもさまざまな教材を買っては娘に与えています。どうやら、SNSで有名アカウントが紹介する教材にすぐ飛びついているようです。

SNSに“キラキラ生活”を投稿

教材以外にも浪費が多いことも気がかりでした。妻はブランドものの子ども服を買いたがり、娘にそれを着せてSNSに投稿するのです。また、SNSでつながったママ友と高級ホテルのランチに行くこともあります。

妻はこうして一見キラキラした生活をSNSに投稿していました。英才教育、早期教育などのアカウントを大量にフォローして、感化されたのか、「日本の教育は間違っている」「これからは英語教育の時代」といった投稿もしています。

それでも妻が満足して、娘の英語が上達していたらいいのですが、実生活はSNSのキラキラとは徐々にかけ離れていきました。

子どもを怒鳴りつけ、ご飯をあげないことも

妻は毎日つきっきりで娘に英語をはじめとする勉強を教えていますが、一向に英語が上達しないばかりか、娘は幼稚園に上がる年齢になり、自分の気持ちが言えるようになると「やりたくない」と言って逃げ出すようになりました。妻はそのたびにイライラして娘を怒鳴りつけます。

仕事を終えたA夫さんが帰宅すると、娘が泣いていて、妻が「教材をやりたがらないからご飯をあげなかった」と怒っていることもあります。そもそも、教材を使って教えている側の妻も、英語は上達していません。

見かねて夫婦で話をしても、妻の態度は変わりません。A夫さんが「そんなに嫌がってるんだから無理せず辞めたらどうか」と言うと、妻は「あなたは何もわかってない、この子がグローバル社会に取り残されてもいいのか」と火がついたように怒ります。

夫の両親まで批判、離婚調停を申し立て

そんな日々が続いた頃、妻が娘の進学について話をしてきました。公立の小学校ではなく、インターナショナルスクールに行かせたいというのです。妻が出してきた資料を見ると、学費は年数百万円。「さすがにこんな学費は出せない、そもそも昔買った教材もいくらやっても効果がないじゃないか。やっとローンが終わったのに」とA夫さんが言うと、妻は激怒しました。

「子どもの頃から英語を勉強させないと今の時代生きていけない」「お金さえあれば○○さんの家のように天才児に育てられるのに」「娘が勉強ができないのはあなたの家系のせい」……。そしてA夫さんや両親の学歴、職業、収入を、延々となじってきたのです。

A夫さんや両親はごく標準的な学歴です。理不尽に批判をされてA夫さんは傷つきましたが、それでも「さすがにうちの収入ではこんなに高額な学校には行かせられない、地に足のついた教育を与えたい」と断りました。

すると妻は娘を連れて実家に帰り、弁護士に依頼して離婚調停を申し立ててきました。

A夫さんは困り果てて、私の法律事務所に相談にいらっしゃいました。

離婚は成立、高額な学費は認められず

依頼を受けて離婚調停を進めると、妻は財産分与や養育費に加えて、インターナショナルスクールの学費、年間数百万円を請求してきました。A夫さんは、「妻とはやっていける気がしないので離婚はやむを得ない」という気持ちでした。しかし、高額な学費はとても負担できないし、娘のことは心配なので、せめて頻繁に会えるようにしたいという要望がありました。

もちろん離婚をしても、養育費とは別に将来の学費の負担を求めることはできます。しかし、両親の学歴と対応した範囲での、適正額での負担になります。そのため、妻の側がいくらインターナショナルスクールの学費まで請求しても、調停や裁判でその金額が認められることはありません。

結局、将来の学費は適正額で支払うということで合意できました。A夫さんは離婚して、娘とは定期的に面会交流をするようになりました。

こうしてA夫さん夫妻は離婚しました。

離婚または別れたカップルのお金のイメージ
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高額教材にハマる妻の背景にあるコンプレックス

妻が幼児教育にはまりこみ、高額な教材を買うという事例は、離婚の相談によくあります。

昔は百科事典、子ども用パソコン、知育セット、今は英語教材、早期英才教育……。その時代ごとに教材の流行はありますが、妻が幼児教育に大金をつぎ込み、夫婦げんかになるというのは、実は近年に限らず、普遍的な夫婦問題なのです。

こういった妻の心理として大きいのは、自分の学歴や地位へのコンプレックスです。特に、努力して勉強をした経験のない人が、子どもが生まれた時に漠然と「頭のいい子に育てたい」と考えて、のめりこんでしまう傾向があります。

しかし、頭が良い子に育てたいと思っていても、自分が熱心に勉強をしたことがないので、子どもにどんな勉強をさせたらよいのか、妻自身もよくわかっていません。そのため、「日々努力する」という地道な方法に思い至らず、SNSなどで見かけた「これを使えば簡単に賢くなる」という話に飛びついてしまいます。また、優秀な人の能力は努力のたまものであるということがわからず、何かすることでいきなり天才児が育つという考えも持っています。

「教育ママ」というよりも「教材ママ」

こういった妻は、幼児の頃から学習塾に通わせたり、高度な小学校を受験させたりすることに没頭する「お受験ママ」とはまたタイプが違います。こちらは、「詰め込まない」「簡単に賢くなる」「早期天才児教育」という触れ込みに魅力を感じて、効果がわからない教材に手を出してしまうので、いわば「教材ママ」と言えるかもしれません。

とはいえ、妻自身が効果をわからないままやみくもに子どもに教材を与えているため、残念ながら満足な効果は上がりません。妻自身も、どこかで自分の教える能力に限界を感じます。そのため妻は焦り、子どもに感情的に当たり散らしたり、さらに高価な教材を買い与えようとしたりすることもあります。

このような問題が起きる夫婦は、妻が専業主婦であるなど、子育てのメインを妻が担っていることが多いです。もちろん夫は妻の教育方針に疑問を持ちますが、妻の方が子に接する時間も多いため、関与するにも限界があります。

教育に対する意見の違いが離婚のもとに

そして、多くのケースでは、子どもが小さいうちは習い事の感覚で片づけられるのですが、小学校に上がる頃に、夫婦の認識のずれが表面化します。

例えば、妻がインターナショナルスクールに行かせたい、海外の小学校に留学させたいと言い出すのに対し、夫が反対し、トラブルになるのです。A夫さんのように、夫婦の意見がどうしても合わないと、別居や離婚に至ってしまいます。時にはお互いの実家も巻き込んでの大げんかになることもあります。

子どもの教育は子育ての大きなトピックです。そこには自分が育ってきた環境や価値観が色濃く反映されます。できれば結婚前に子どもの教育観についても話し合い、相手をよく知ってから結婚することをおすすめします。結婚後も、また子どもが生まれてからも、夫婦で継続的に意見をすり合わせておくのがよいでしょう。