仕事を続ける以上は、責任のあるポジションで働きたい。そう思ってきた山崎さんにとって、最初の大きな挫折は昇格試験に落ちたこと。自信満々だったのになぜ? 念願かなって管理職になった後も外国人部下を泣かせてしまうなど、試練は数知れず……。

なぜトヨタから日産、ポルシェへ転職したのか?

「やはり生え抜きでないとダメなのかと思い、会社を辞めることも頭をよぎりました」

ポルシェ ジャパン 執行役員 マーケティング部長 山崎香織さん

日産自動車にいたころ、管理職昇格試験に落ちて、激しく落ち込んだことがある。

大卒で入社したトヨタ自動車での、欧州市場を相手にしたマーケティングや営業の仕事は面白かった。だが、大学時代にフランス語を学んだこともあり、ルノーとの提携がはじまっていた日産で、もっとグローバルに活躍したくて転職した。トヨタ時代から「マネジメントを目指す」という強い気持ちがあったし、日産での昇格試験でも他の候補者に引けを取っているとは思わなかった。それだけに挫折感が強かった。

「自分に対して過大評価していたんでしょうね。若い部下たちを見てわかるんです。人間って自分が思っているほどにはできていません。そう気付くには、ある程度年齢を重ねてこないとね」

加えて、管理職に昇格する条件は仕事の実力だけではない。タイミングも大事だし、社内のネットワークや力学も作用する。上に立てばそれがはっきりと見えてくる。

「そのころの私には我慢が足りませんでした。たとえ成果を上げていても、世の中には思い通りにいかないこともある。そのことを学びました」

フランス駐在中「現地の女性部下が泣いた」ワケ

昇格試験に落ちて退職を考えるほどだったが、2006年に欧州市場を統括する日産ヨーロッパ(在フランス)へ、営業企画セクションのマネジャーとして赴任が決まると、やる気はぐっと高まった。現地ではさまざまな国の同僚に囲まれ、タフに渡り合うことが求められた。

(上)カー・オブ・ザ・イヤー受賞(中)パリで、息子と(下)日産時代に受賞した盾と経産省時代の公用パスポート

「日本だと真っ向から反対意見を唱えることはあまりないと思いますが、あちらではそれがふつう。みんなが自分の主張をまくし立てる中に割って入るタイミングとか、ネイティブに負けない英語の語彙(ごい)とスピードが欠かせません」

苦労はあれども丁々発止のやり取りが結構楽しかった。新しいプロジェクトを成功させ、その功績を認められて賞をもらったこともある。ただ、文化の違いから、うまくいかないこともあった。部下との関係だ。

日産ヨーロッパで管理職として、初めて外国人女性の部下を持った。あるとき、その女性に仕事のやり方や業務態度を注意した。日本なら上司として当然の姿。ところが女性は泣きだし、それから3カ月ほど仕事を放棄してしまったのだ。

「フランスでは会社でも『人は人』という意識があって、たとえ上司でも自分の仕事のやり方に干渉してほしくないという気持ちが強いんです。そのあたりの文化の違いがわかっていなかった」

結局、その部下は子会社に異動していった。それからは部下や同僚の文化的背景に気をつかうようになった。

社内フロアをジグザグに歩いてメンバーと話す

日産を辞めることになったのは11年のこと。「30代の頭に1度諦めたMBAをどうしても取りたくて」と、エグゼクティブMBA(EMBA)取得のため、パリへ。

日本に戻り、「自動車はもうやめよう。ファッションなどの女性商品を扱う業界に行きたい」と思っていたとき、アメリカの通販大手の日本法人、QVCジャパンから声がかかった。

「ファッション、コスメ、ジュエリーなど、女性商品の分野でマーケッターとして挑戦する仕事なので、面白いことができそうだと思いました」

実際、自ら人を採用し新しいチームをつくる経験は新鮮だったし、日本の事業を見ながらグローバルベースで組織改革するというダイナミックな仕事にもかかわることができて、仕事の醍醐味(だいごみ)を存分に味わえた。

ただし、ここでもマネジメントで苦労する場面があった。自動車会社の実績やEMBAを引っ提げて入社しても、前からこの業界にいる同僚にしてみれば“新参者”でしかない。ベテランかつ、成功体験のある他部署の同僚を巻き込み、新しい取り組みにチャレンジしていくことの難しさ。自分より年上の部下のコーチングは初めての経験だった。

「直属のアメリカ人上司は私に革新的なことを求めていたのですが、社員みんながそう思っているわけではありません」

ギャップを埋めるため、とにかく同僚や部下の話を聞いて回った。

「今でもよくやるのですが、フロアをジグザグに歩いては関係部署のメンバーと話していました。とくに、ITの施策は理解をしてもらうのに時間がかかりましたが、ちょっと苦手な人でも自分から食事に誘うなどして話を聞き、根気よく会話しましたね」

趣味は「シャンパンを飲みながらネットショッピング」

ネットワークを築きながら「数字を出す」ことにも心血を注いだ。

「結果を出せば、周りも私の話を聞いてくれますから」

Favorite Item●愛車
今、乗っているのはパナメーラ4Eハイブリッド。元々運転が好きで、通勤も車。(山崎さん)

今また自動車業界に戻り、「仕事を楽しんでいる」。管理職への昇格失敗やマネジメントのつまずきを力に変えて成長し、視野と権限がぐっと広がったからこそ仕事を楽しめているのだろう。だからこそ、と山崎さんは言う。

「ステップアップを目指している人は、諦めることなく挑戦し続けてもらいたい。社内外問わず、心から応援しています」

▼役員の素顔に迫るQ&A
Q.好きな言葉
なせば成る
Q.趣味
シャンパンを飲みながらネットショッピング
Q.ストレス発散
通勤の車中で音楽を聴く
Q.愛読書
『世界一やさしい問題解決の授業』(渡辺健介著)
山崎香織(やまざき・かおり)
ポルシェ ジャパン 執行役員 マーケティング部長
1995年、トヨタ自動車に入社、欧州市場を担当。2002年、日産自動車に転職し、北米と欧州市場のセールス&マーケティング担当。フランス赴任を経て帰国後は経済産業省に出向。12年、EMBA取得。13年QVCジャパンを経て、15年より現職。