良好な人間関係を保つにはどうするべきなのか。作家のキム・ダスルさんは「できるときに誠実であるべきなのだ。ちょっと気に掛けてあげるだけでいい。その“ちょっと”さえできなかったときに相手の心は枯れる」という――。

※本稿は、キム・ダスル 著/岡崎暢子 訳『人生は「気分」が10割 最高の一日が一生続く106の習慣』(ダイヤモンド社)の一部を再編集したものです。

努力をすれば人との距離は近づくのか

努力しても何の進展もない関係は放っておくに限る。人と人の関係には、努力すればするほど近づけるものと、そうじゃないものがある。

努力して近づける関係とは、相手にもその気があるとか、すごく馬が合う場合に限られる。お互いに望んでいるからその距離は縮まるしかない。人脈であれモノであれ愛であれ、近づける関係というのは、偶然が重なって何度も出会うとか、出会ったばかりなのに昔からの知り合いのような気がするといった、言葉では言い表せない不思議さをまとっているもの。

一方、努力しても近づけない関係とは、そもそも相手がこちらに興味がないとか、よく考えてみたら自分もそれほど興味がないケースだ。なぜかこの人とは会話がみ合わないとか、妙にモヤっとするような人との関係が当てはまる。

こちらから何度働きかけてもリアクションが薄い相手は特にわかりやすい。こういう相手とはそれ以上努力してもムダ。価値の生まれない関係だ。何より、こちらの努力にだって限界がある。

すべての関係をうまくやらなきゃって思う必要もない。無理するだけ時間のムダだし「感情労働」みたいになってしまうから。何度努力してもらちが明かない相手なら、迷わずスパッとあきらめてしまって構わない。潔い人間関係は、自分の心のためでもある。

握手をする二人
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親しい人とも“ちょっぴり”離れる

お互いの距離が近づきすぎると、気遣いもあいまいになる。気楽な関係であればあるほど、遠慮なく何でもポンポン言ってしまう。ぞんざいな言葉には配慮が足りないから、ついつい相手を傷つける結果になる。

結論ばかり急いで、途中の段取りをはぶいてしまうことも多い。相手が察してくれるはずと完全に甘えてしまっているやり方だ。やはり人と人というのは、適度な距離があってこそ礼儀もわきまえ、相手のことも尊重するらしい。

近づきすぎると相手へのおかしな依存心も生まれる。相手のことを優先しすぎるあまり、自分を犠牲にするようになるのだ。

つまり依存が過ぎると、それだけ相手に振り回されやすくもなるってことだ。

最終的には、相手ににくしみの感情を抱くようになる。自分を傷つけ、思い通りにならない相手が憎い。良好だった関係を粉々にしてしまうのは、こうしたいびつな憎しみの感情からだ。憎しみを感じるたびに、自分も相手も不幸になっていく。

人は思っている以上に他人の影響を強く受けるもの。適度な距離が保てないと自分が自分でいられなくなるのは、そういうことだ。

人間関係というのは、ちょっぴり離れているくらいが一番美しいバランスなのかもしれない。だから、どんなに近づきたい相手がいても一定の距離でセーブすべき。それでこそ自分も相手も守ることができる。お互いの関係を長く続けていきたいなら、距離感をとにかく大事にすべきだ。