11代社長・豊田章男は「一代一業」の伝統に反抗したのか

実は、豊田家はトヨタ自動車の株をそんなに持っていない。たとえば、豊田章男が社長に就任する前年(2008年)、所有するトヨタ自動車株は450万株、たったの0.13%だった。資産家という意味ではかなりの株を持っているのだが、トヨタ自動車にとっては大株主とはいえない。それでも社長になれるのは、オーナー一族というグループの象徴という意味だからだろう。

初代・豊田佐吉は自動織機、2代・豊田喜一郎は自動車の企業創設で名を成したので、一代一業を実践するため、豊田家の第3世代である章一郎は住宅産業(トヨタホーム)に進出したらしい。

これに対し、第4世代である章男は一代一業ということばを気にすることなく、とにかく「誰よりも自動車が好きだ」という姿勢を前面に出して、本業回帰を強調しているかのようだ。実は、バブル景気の頃、「HONDAの社員はみんな自動車が好きだが、トヨタはそうでもない」という冗談とも本気とも取れるような話が聞かれた。HONDAマンは自動車の会社だから入社したが、トヨタマンは超優良会社に入ったら、たまたま自動車会社だったという見方である。豊田章男のスタンスは、そうした風評を払拭する意味でも効果があったのだろう。

現在は生え抜き社員の佐藤恒治に社長職を譲り、会長となった章男だが、章男の息子もトヨタ自動車に入社している。果たして、彼は社長になるのだろうか。そして、その時、どんなパフォーマンスを見せてくれるのだろうか。

菊地 浩之(きくち・ひろゆき)
経営史学者・系図研究者

1963年北海道生まれ。國學院大學経済学部を卒業後、ソフトウェア会社に入社。勤務の傍ら、論文・著作を発表。専門は企業集団、企業系列の研究。2005~06年、明治学院大学経済学部非常勤講師を兼務。06年、國學院大學博士(経済学)号を取得。著書に『企業集団の形成と解体』(日本経済評論社)、『日本の地方財閥30家』(平凡社新書)、『最新版 日本の15大財閥』『織田家臣団の系図』『豊臣家臣団の系図』『徳川家臣団の系図』(角川新書)、『三菱グループの研究』(洋泉社歴史新書)など多数。