D4DR社長/コンサルタント 藤元健太郎(ふじもと・けんたろう)●1967年東京都生まれ。1991年電気通信大学電気通信学部卒。野村総合研究所在職中の1994年からインターネットビジネスのコンサルティングをスタート。日本発のeビジネス共同実験サイトサイバービジネスパークを立ち上げる。2002年よりコンサルティング会社D4DRの代表に就任。日本初のCGMサイト関心空間社取締役、経済産業省産業構造審議会情報経済分科会委員、青山学院大学ExectiveMBA非常勤講師などを歴任。

情報によってわざわざ行くお店

今夏にローソンがAR(拡張現実)技術を利用して有名なアニメのキャラクターのCGが自分のスマートフォンの中に登場するというキャンペーンを実施した。このキャンペーンの特徴は、店舗に設置されたWifiでしか利用できないため実際にスマホを持って店舗に行かないと体験することができないというところである。

ローソン「映画けいおんフェア」平沢唯AR企画
http://www.j-cast.com/kaisha/2012/07/23140236.html?p=all

同様のサービスはマクドナルドでも以前から実施されている。店舗に設置されたWifiから任天堂DSのポケモンキャラクターがゲットできるというキャンペーンで、サービス初日はDSを持った少年達が店舗に押し寄せるというようなことも起きている。これらのサービスの特徴は店舗に来てもらうためのコンテンツの価値を利用しているというところである。ファーストフードやコンビニは来店する顧客はかなりの確率で商品を購入することになるため、店舗に来させる仕掛けさえ提供できればよい。

どちらもリアルな店舗の価値をアニメのキャラクターというコンテンツの価値によって作っているところが特徴だ。これまでネット上のサービスなどはリアルな制約を超える価値を求めるために「いつでも、どこでも、誰とでも」というユニバーサルな価値を追求してきたわけだが、ここではリアル側がもう一度「今だけ、ここだけ、あなただけ」という価値を作ることで生活者がわざわざ店舗に行かなければ手に入れることができない価値を構築したと言える。

このように店舗に行く必然性が特に無い状況でわざわざ行きたくなる価値は、人によって異なる。コンテンツの場合、対象のアニメのファンなどにとってはとても大きい魅力が、興味無い人には全然動機にならない。その大きさは「わざわざ」のレベルにも関係してくる。これまでのマーケティングで「AIDMA」と呼ばれるモデルの場合、I(興味)、D(欲求)を起こさせてM(記憶)させるということになる。つまりこれまでは自宅や会社などにいる人に4マス(テレビ、ラジオ、雑誌、新聞)により興味を持たせて記憶させるということが必要であり、強力な動機であれば強い記憶としてA(行動)の機会をどこかで伺うということになる。

しかし、スマホの登場はM(記憶)させることの必然性を小さくしつつある。移動中に情報の接触した場合、そのまますぐ次の行動に移させることが容易であるからである。上記のローソンのキャンペーンであれば、I(興味)を持った段階でそのまま近くのローソンにとりあえず行くことが可能である。このようにスマホの登場は「移動中」という人々に情報を与えることで行動を変えさせるという携帯電話が少しずつ創り出していた新しいターゲットを「移動者マーケティング」というひとつのカテゴリーにまで広げ始めていると言えるだろう。

移動者マーケティング
http://www.jeki.co.jp/idousha/

つまり移動中の人はすでに「動いている」という慣性モーメントがあるため、近くのビルの上の階など次の場所に移動させやすいが、自宅や会社にいる人をわざわざ自宅からビルまで動かすにはよほど大きいエネルギー(魅力的なコンテンツ)を与えないと動かすことは難しいとも言えるだろう。

逆に言えば移動中の人であれば、そこまで大きな魅力でなくてもちょっとした情報(割引き、おまけなど)にも反応してくれる可能性がある。それは距離と価値の相関などもあるかも知れない。目の前のお店の100円引きは魅力に感じるが、10km離れているお店に100円引きではたとえ移動中でも行く気持ちは生まれないかも知れない、ただ30%オフであれば10kmでも行くかも知れない。普段降りている駅の次の駅に人を降ろすためにはいくらのクーポンなら可能か?など、距離とインセンティブの法則なども移動者マーケティングとしてこれから分析、研究されていくだろう興味深いテーマである。