「かわいい」だけでは産めない…少子化の本当の理由

妊娠は、それをまだしていない女性の人生にまで大きな圧力を加えます。

「出産適齢期」という言葉が重くのしかかるからです。

女性の多くは20代後半になるとこの言葉に重みを感じ始め、30歳になると不安、35歳になると焦り、そして40歳になると絶望を感じます。

そこへ、親族友人が「まだか」と圧力をかける。最近では言葉にこそしなくなりましたが、それでも、周囲の視線には悩まされ続けるでしょう。

昨今では、その圧力が「政策」という錦の御旗となり、早く嫁げ、早く産め、と国を挙げて、騒ぎ立てています。

令和の世に入り、ようやく親や上司などが「まだか?」という言葉をハラスメントだと、認識するようになりました。ところが、代わって国策という名で不特定多数が、未婚女性にハラスメントを加えています。

こうした妊娠にまつわるつらさの、そのほとんどが女性のみに負わされているのです。

これでは、女性が子どもを産まなくなるのも、むべなるかな、でしょう。ここまでのハンデと引き換えに手に入れられる対価は、「かわいい」という感情が、ほぼその全てです。この「かわいい」という感情を「女の悦び」として、社会は女性に押し付けてきました。

20世紀終盤から女性たちは、こうした永年の圧迫テーゼが、それに見合うほど得るものがないと目が覚めた。それが、少子化の本当の理由なのではないでしょうか。

自宅で過ごす若い女性
写真=iStock.com/byryo
※写真はイメージです

産むのは当たり前ではなく、そうするしかなかったから

ではなぜ、過去の女性は子どもを産んだのでしょう?

その理由は「そうするしかない」ように、社会ができていたからでしょう。

何も日本ばかりではありません。

産業界を男が牛耳り、女性が生きていくためには男の稼ぎに頼って家に入るしかなかった。こうしてできた性別役割分担が、女性の社会進出に伴い、音を立てて崩れた。そこから自ずと、少子化が頭をもたげたわけです。

にもかかわらず、「女は子どもを産んで当たり前」という雑駁ざっぱくな常識がまだ世間に渦巻いています。現状の少子化対策は、貧困、子育て支援の不足、結婚相手と出会う機会の乏しさなど、「お金と確率」の問題が重視されがちで、心の方はないがしろにされてきました。そのため女性たちは、既婚・未婚とわず、圧力を感じ、諸手を挙げて歓迎する気持ちにはなれないところがあったのではないでしょうか。

少子化対策を叫ぶ前に、私たちは、妊娠と女性の生涯の軋轢をまずはしっかり受け止めるべきです。

そして、社会の隅々まで見渡し、どこを変えれば、再び女性は子どもを前向きに考えたくなるのか。

それをこの連載で考えていくことにいたしましょう。

海老原 嗣生(えびはら・つぐお)
雇用ジャーナリスト

1964年生まれ。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)入社。広告制作、新規事業企画、人事制度設計などに携わった後、リクルートワークス研究所へ出向、「Works」編集長に。専門は、人材マネジメント、経営マネジメント論など。2008年に、HRコンサルティング会社、ニッチモを立ち上げ、 代表取締役に就任。リクルートエージェント社フェローとして、同社発行の人事・経営誌「HRmics」の編集長を務める。週刊「モーニング」(講談社)に連載され、ドラマ化もされた(テレビ朝日系)漫画、『エンゼルバンク』の“カリスマ転職代理人、海老沢康生”のモデル。著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』、『面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと』(ともにプレジデント社)、『学歴の耐えられない軽さ』『課長になったらクビにはならない』(ともに朝日新聞出版)、『「若者はかわいそう」論のウソ』(扶桑社新書)などがある。